決勝戦の結末
土嚢で周囲を固めたトラヴィス達は決勝戦の始まりの合図を待った。暫くして開始の角笛の音が音響魔法で響き渡り、オーウェン達がフィールドに全員入った事を知らせた。トラヴィス達は微動だにせず、オーウェン達が罠にかかるのを待つ。しかし、10分経っても森に仕掛けた罠が発動する事は無かった。
(おかしいですね、試合が始まって10分も経つのに何の反応もないというのは…。試合を諦めたのでしょうか。)
〜〜〜ちなみに時間内で戦闘が全く起こらなかった場合は生存者の数でポイントが決まるため、当然兵士の数が少ないオーウェン達の敗北となる。これは戦場に立つ者にとって、寡兵(兵が少ない)で勝つことに価値は有っても、寡兵でその戦いを生き残ったという事は取り立てて評価されるものではないということを示していた。〜〜〜
すると生徒の1人が何気ない様子で言った。
「変だな。今日は木々が全く揺れていない」
その言葉を聞いて、トラヴィスは土嚢の囲いから外側に手を出してみる。土嚢のせいで今まで気付かなかったが、全くの無風である。それに少し肌寒い。
「この時期にこんなに冷えることってあったっけ?」などと皆が話をする中、そのうちの1人が森の方をを指して言った。
「…なぁ。前の試合の時、あれほど霧がかかっていたか?」
トラヴィス達が霧を見ている間に、霧が森の方から草原へと徐々に流れてくる。霧は瞬く間に濃くなり、終いには隣にいる者の輪郭が辛うじて見えるほどに深くなった。生徒達が慌て出す中、トラヴィスが声をかける。
「落ち着きなさい!探知魔法を使えば、霧が深くても索敵は可能です」
生徒達のパニックが収まらないうちに今度は遠くの方からドドド、ドドドと何やら地響きが聞こえてくる。探知魔法をつかっていた生徒が大声で叫んだ。
「敵がこちらに向かってきますッ、…もの凄い速さです!」
周囲の生徒達がその報告を聞いてパニックになる。
「深い霧のせいで敵影が見えないぞ!」
「落ち着けよ!それは向こうも同じ事だろ!」
「それよりもこの音は…馬か!?」
と生徒達の話を聞いて、トラヴィスは顔を強張らせた。
(試合に馬を出してくるとは…。…いや、…まさか馬が使える草原を私が主戦場に選んでしまうように…これまでの試合をあのような戦い方をしてきたのでは…ッ?)
などとトラヴィスが考えている間に馬の蹄が直ぐそこまで近づく。トラヴィス達は気付かれないように声を潜め、オーウェン達がこちらの動向を探るために馬の速度を緩めるのを待った。
(…速度の出ていない騎馬は囲んでしまえば良い的ですよ)
しかしトラヴィスの思惑と違い、馬はスピードを緩める事なくトラヴィス達の陣の側を通り過ぎていく。
(…良かった、彼らにもこちらの位置が掴めていないようですね)
と安堵したのも束の間、陣に向かって何かが放り込まれる。それを目の端に捉えたトラヴィスが生徒達に叫ぶ。
「爆薬です!全員、陣の外に出なさい!」
トラヴィスと15人くらいの生徒達が陣から飛び出したと同時に閃光と轟音が響き渡る。中に取り残された生徒達は気絶し、一瞬で無力化された。霧の中に飛び出た生徒達も方向感覚を失い、あらぬ方向に走り去ったりしてパニックになる。しばらく生徒達が呼びあう声が聞こえていたがヒュヒュと矢が放たれる音がすると、やがてその声も聞こえなくなってしまった。
(…いったい何が起こっているんですッ!?あんなに速い馬上から索敵魔法を使っているのでしょうか、確実にこちらの動きが読まれています!)
トラヴィスと幾人かの生徒がかろうじて土嚢の側に身を寄せていると、不可解なスピードで霧が晴れてくる。この時初めて、霧さえもオーウェン達の罠であったことにトラヴィスは気付いた。周囲を見渡すと残された生徒はたった3人だけである。トラヴィスが生徒の側に身を寄せると、生徒達はガタガタと身体を震わせていた。これまでの試合とは比べ物にならないほどの戦の恐怖を与えられ、最早戦意を保てる生徒はいなかった。ナサニエル達が馬で周囲を囲み、オーウェンを乗せた馬がトラヴィスの前に進み出てくる。トラヴィスはため息混じりの声で言った。
「…まさかここまで上手くやられるとは思いませんでした…強いですね、君達は」
「有り難うございます」
「…あの霧はどうやったんですか?」
「森とこの草原に、泥濘まない程度に水を撒いて冷却しておきました。後は、近くの湖から暖かく湿った風を送り込んだだけです」
「気象条件を整え、それを罠に使ったのですか…霧の中で我々を見つけられたのは何故です?走る馬での索敵魔法は極端に精度が落ちるはずですが」
「超音波ですよ」
「なるほど、障害物の無い草原で音の反響を利用して我々を…見事です、恐れ入りました」
そう言って手を伸ばし握手を求めるトラヴィスに対し、オーウェンはその手を取らず一歩後ろに引いて言った。
「…まだです」
「…」
「この種目は殲滅戦です。これまでの試合、時間内に生き残りがいる状況で止められた事はありません」
「…これほど優位な状況に立っても油断しないとは…流石ですね」
トラヴィスはそう言うと後ろ手に隠していた短剣を地面に落とした。
「久々に騎士をしていた頃の感覚を思い出せました、貴方達と戦えた事は私達にとって非常に有意義なものとなりました。…感謝しますよ」
トラヴィスはそう言うと腰に下げていた降伏の角笛を吹いた。ちなみに中等学院の歴史の中で降伏の角笛が吹かれた事は一度もない。それほど、今回のオーウェン達の戦いは圧倒的だったという事が示された瞬間だった。程なくして試合終了を知らせる角笛が鳴り響いた。
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オーウェン達は歴代最高得点で1位の座に堂々と輝いた。表彰式では聖アールヴズ連合国でも指折りの高級リゾート地の宿泊券と王都にあるテーマパークの年間パスポート、そして資料館や公文書館等の利用費の無料化などがオーウェン達に授与された。さらにオーウェンには賞与に加えて資料館や公文書館での閲覧権の拡充を保証するバッジが与えられた。ケイト達はリゾート地への宿泊の話題で大いに盛り上がっていたが、オーウェンが興味を持ったのは閲覧権の拡充の方であった。バッジを授与する際に学長がオーウェンの耳元で囁く。
「…このバッジは陛下からの贈り物だ。陛下のご期待に添えるよう今後も精進なさい」
(陛下が閲覧出来る者を選んでいるのか…、このバッジ、かなり重要なものかもしれんな)
などと考えながら、オーウェンは深々と頭を下げる。
しかしオーウェンが思っているよりも閲覧バッジの評価はとても高く、その授与は多くの者にとって衝撃的な出来事となった。公爵家でも一部にしか所持が許されていないバッジを一介の教師が持たされた事もそうだが、何よりそれを渡すという事はオーウェン自身がヴィルヘルム陛下から多大な信頼を寄せられている事に他ならなかったからである。これまでアウグストの息子として評価が高まっているのだろう程度に考えていた者達も、今回のバッジの授与を受けてその認識を改めざるを得なかった。




