訓練の成果
ナサニエル達は互いの距離が近付き過ぎず、離れ過ぎないようにしながら不明な魔法の範囲に入らないように巧みに逃げ回っていた。エラは何処でこの魔法が構成されているのか逆探知魔法をかけているが、逃げ回りながら解析しているせいか、なかなか把握出来ない様子だった。精霊から情報を得たコリンが急いでナサニエルに伝える。
「近くに敵影は無し、ここから100mほど離れた所で魔法が使用されているって。場所は…えっと、あっちだ!」
と鍛錬場の奥を指差す。それとほぼ同時にエラも解析の内容をナサニエルに伝えてきた。
「コリンの情報と一致するわ。その方角で魔法が構成されているみたい」
ナサニエルはそれを聞くと、少しホッとしたような表情になった。
「敵の位置は掴んだ!コリンとエラは敵が移動しないか引き続き警戒を続けてくれ!全員で急襲をかけるぞ!」
『オウッ!』
ナサニエル達がコリンの指差した方へ全速力で向かうと、少し開けた所に3人のエルフのシルエットが見えてくる。
「居たぞ!」
とナサニエルが叫ぶと、ダリアとフレッドが飛び掛かる。しかし2人の目前でシルエットはまたもや陽炎のように消えていく。それと同時に強い閃光と爆音が放たれ、ダリアとフレッドはそのまま卒倒した。後方にいたナサニエル達は、辛うじてそれを凌ぐ。
「…くそッ、罠か?状況はどうだ…コリン!?エラ!?」
そう言ってナサニエルが振り返ると、後ろには先程まで一緒にいたはずのコリンやエラの姿が見当たらなかった。ケイトやオードリー、グレンが警戒を強めてナサニエルの側に戻ってくる。
「コリンやエラが見当たらないぞ!?」
「さっき目眩しされた時に捕まったみたいね…アニーは何処?」
とケイト達が周囲を見渡すとアニーは10mほど離れた所で手を振り回していた。アニーと呼びかけても反応する様子はない。どうやら閃光と爆音の影響からまだ立ち直れていないようだった。「しょうがないなぁ」と言いながら、オードリーがアニーを助けようと近づく。次の瞬間、木の上から音もなくオーウェンが現れオードリーの鼻と口を布で覆って気絶させ、片手で抱えて一瞬で森の中へ消え去った。
「なッ!?」
「オードリー!」
ナサニエル達がオーウェンの走り去る姿に気を取られている間に、いつの間にかアニーの姿も見えなくなっていた。ケイトとナサニエルとグレンが背中を互いに預けるように立ち周囲を警戒する。
「人数を削られたわ…あと何分残ってる?」
「10分くらいだ」
「…まだそんなにあるのかよ」
などと話しながら不安になった3人が無意識に身体を寄せ合っていく。すると3人の肩が触れ合うかという距離まで近づいた瞬間、身につけている鎧同士にジジッと静電気が走った。「!?ヤッベ…離れろ!」とグレンが叫ぶのも虚しく3人に雷魔法の範囲攻撃が直撃する。こうして20分程でナサニエル達は全員戦闘不能となった。
ーーーーーー
しばらくして、ナサニエルが目を覚ますとコリンやオードリー、ダリア達が見守っていた。
「…あれ?…どうなっちまったんだ?」
とナサニエルが言うと先に気がついていたケイトが近寄って来て言った。
「気がついた?」
「あぁ。…それより何が起こったんだ?」
「完敗よ、完敗。アタシ達は翻弄されて20分しかもたなかったのよ」
「…マジかよ」
ナサニエルが周囲を見渡す。ベアトリスはアニーを、シャルロッテ達はダリアとフレッドの介抱をしていた。
(…マジで負けたのかよ、俺達…)
ナサニエルは決して驕った気持ちは持っていなかった。出来る限りの情報を収集し、最大限に警戒しながら着実にオーウェン達を追い詰めたつもりだった。だが、結果はこのザマである。たった4ヶ月しか訓練しなかったシャルロッテ達にあっさり負けてしまったのだ。悔しさと不甲斐なさ、無力感や自虐的な感情が入り混じるとナサニエルの頬を涙がボロボロとこぼれ落ちる。
「チクショォッ!!」
ナサニエルが地面をバンと叩く。ベアトリスが心配そうな顔をして遠くから見守っていると、オーウェンがナサニエルに近づいていった。
「ナサニエル、どう感じた?」
「…わかんねぇ。俺は出来る限りの事をしたはずなんだ。…でも、負けたッ!…意味わかんねぇ…俺がやってきた事は無駄だったのかよ?…俺は何処を間違えたんだよ?教えろよ、オーウェン!」
オーウェンが一息つくとナサニエルに言った。
「お前の行動は正しく間違っていた」
「…どういう意味だよ?」
「そのままの意味だ。皆にも話がある、集まってくれ」
オーウェンがそう言うと、ナサニエルの周りにケイト達が集まって座る。皆が座るのを待ってナサニエルが口を開いた。
「説明しろよ、オーウェン」
「あぁ。まずは最初に俺が言った言葉を覚えているか?」
「…確か、30分以内にオーウェン達4人の内うち誰かを確保出来るか、あるいは俺達9人の内うちで1人でも無事でいられたら俺達の勝ち…だろ?」
「あぁ、そうだ。何故、お前達はこの鍛錬場から逃げなかった?」
「…は?だって勝負って言ったろ?」
「9人のうち1人でも無事ならお前達の勝ちだった。逃げることが合理的と考えなかったのは何故だ?」
「…」
「まぁいい、次の質問だ。密集陣形を取った後、木霊と魔力探知を使ったな。その後どうした?」
「…3人1組で範囲魔法から逃げながら索敵をして。木霊がオーウェン達を見つけたから…」
「違うぞ」
「…何が?」
「お前達が見つけたのはシャル様達だけだ」
「え?でも、コリンは確かに…」
「コリンが周囲に敵影無しと言った時、俺はお前達の側で寝転がって様子を窺っていた」
コリンが動揺しながら言った。
「え…じゃあ、木霊達が間違えたって言うの?」
「いや、木霊は間違えていない。間違えたのはコリンの質問の方だ。コリンは敵影があるかと聞いたんだろうが木霊達にとっては武器を持たず、寝そべってる俺は敵に見えなかったというわけだ」
「…そんな」
「お前達は、俺がシャル様達から離れるなんて有り得ないと思っていたんじゃないのか?」
「…あぁ」
「その思い込みが後ろの警戒を怠ることに繋がり、コリンとエラを失った」
「…」
「その後はもうわかるだろう。シャル様達を確保しようとして3人1組を崩した所で視覚と聴覚を奪われ、仲間が次々と姿を消した事から無意識に孤立を恐れて1カ所に集まった。その結果、最初に警戒していたはずの範囲攻撃魔法に引っかかり一網打尽となったわけだ。正しく間違ったというのは、お前達が『不慣れな戦場で敵戦力が不明なまま、訓練通りの行動を取った』という事だ」
「…」
ナサニエル達の落ち込んだ顔を見てベアトリスが言った。
「…そんなに追い詰めないであげてよ。オーウェンの言いたい事は、もう皆に伝わってるし」
シャルロッテ達もベアトリスに加勢する。
「ビーさんの言う通りです…今日のオーウェン様は…なんか意地悪ですわ」
「修練祭まであと1ヶ月なんですからぁ、落ち込む雰囲気は良くないですぅ」
オーウェンが黙っているとナサニエルが「…そうじゃない」と呟いた。
ベアトリスがオーウェンからナサニエルに目を向ける。
「…ナサニエル?」
「そうじゃないんだ…オーウェンが言いたかった事は…」
ナサニエルが俯いてそれ以上話せなくなる。
ベアトリスが訳もわからず、オーウェンに聞き返す。
「…どう言う事?」
オーウェンは一息つくと皆に向けて言った。
「模擬戦は単なる訓練だ。訓練は振り返りが出来る。だが今のが実戦だったら、ナサニエル達は今頃何故敗れたのかも分からないまま死んでいた」
「!!」
「模擬戦は実戦では無いが、実戦を想定したものだ。訓練をしっかり受けた者でも、戦場であっさり死んでしまうのは今みたいな事があるからだが…。とは言え、少しやり過ぎたようだ…すまなかったな」
「…」
「ブリーフィングは明日へ延期する、今日は各自好きにしていい」
そう言い残すと、オーウェンは踵を返して鍛錬場から出て行った。




