自衛の術
修練祭までは、まだ5ヶ月程の猶予がある。しかし、ドミニクとの一件でオーウェン達のクラスでは既に修練祭に向けて皆が話し合うようになっていた。特にシャルロッテとイザベルは修練祭に参加できることをとても喜んでいた。
〜〜〜本来、特別教室は王女殿下達のみであれば規定人数に達しないため競技不参加のはずだったが、今回のナサニエル達の飛び級で規定人数に達したことから競技への参加が可能となってしまったのである。〜〜〜
「修練祭の競技には参加出来ないと思っていたので、とても嬉しいですわ」とシャルロッテ。
「去年はぁ、私とシャル姉様だけだったのでぇ、参加出来なかったんですぅ」
とイザベルが言うと、そう言えば去年の修練祭ってどんな感じだったっけなどと皆が話し始める。
「ウチらは総合成績が18位くらいだったかも…ナサニエルの所はどうだった?」
「俺達は16位だったよ。クラスが皆、鳳雛隊のメンツだったらもうちょい上の順位狙えたかもだけどな」
「確かに。技能種目でどんなに1位取っても競走種目の点数の方がでかいもんなぁ」
と皆が思い思いに話をする。
「てかさ、シャルちゃんやベルちゃんはどんな競技に出たいとか考えてるの?」
ケイトが聞くと、シャルロッテとイザベルは少し言い出しにくそうにしながら、ゆっくり口を開いた。
「競技の事はよく知らないですけど…とにかく、1位になりたいですわ!」
「…それって、競走種目やるって言ってるのと同じなんだけど…大丈夫なの?」
「頑張りたいなぁってぇ、思ってるんですけどぉ…」
などとケイト達が話しているとオーウェンが教室に入ってくる。ケイトはオーウェンの顔を見て、ふと疑問に思った。
「ねぇ、オーウェン!オーウェンはさ、去年の修練祭は何をしていたの?」
「俺は生徒でも講師でも無かったからな。1人で鍛錬していた」
「うわぁ、可哀想ッ!…じゃあ今年はシャルちゃん達みたいに参加したかったんじゃない?」
「俺は講師だから参加出来る競技は競走種目に限られている。だが、シャル様やベル様、ビーちゃんが参加するとなれば競走種目は避けた方がいいとだろう、戦闘訓練を受けていないんだからな」
〜〜〜王女や公爵家の令嬢は、全教育課程を通して戦闘訓練を受けることはない。それは彼女達が実際の戦場に出ない事が前提となっているからである。修練祭で評価点が高くなる競走種目は、全てと言って良いほど戦闘が起こる可能性がある。40名ほどのクラスであれば、公爵家の令嬢達は自分のクラスの参加者を応援するのが当然である。しかし特別教室はオーウェンを含めても13人であるため、競走種目に参加する場合は全員の参加が必要となるのだった。〜〜〜
シャルロッテやイザベルが少し暗い表情になる。
「私達は…足手まといでしょうか?」
「違いますよ、シャル様。そもそもシャル様達を危険な目に合わせてまで取る1位というものに、私は価値を感じません。それにナサニエル達の技量があれば技能種目だけでもある程度の順位を得られるでしょう」
オーウェンはしっかりとフォローしたつもりだったが、シャルロッテとイザベルの表情は以前として曇ったままであった。すると、側で黙って聞いていたベアトリスがふぅっと溜息を吐きながら言う。
「オーウェン…シャル様やベル様が1位を取りたいのは、貴方をドミニクお兄様に負けさせたくないからなのよ。それを自分達が足を引っ張るだけじゃなく、期待もされていないって言われたら傷つくのは当然じゃない?」
「…そういうつもりではなかったんだが」
「つもりじゃなくても、そういうふうに聞こえるのよ」
ベアトリスがそういうと、ケイト達がウンウンと頭を振ってみせる。
「…そうか。これは、失礼を致しました」
とオーウェンが素直に謝ると、シャルロッテ達が首を振りながら言った。
「いえ、私達が戦えないのがそもそもの原因なので…。オーウェン様は謝らなくていいんですわ」
「頑張りたいって気持ちだけはぁ、あるんですけどぉ…」
「…」
皆が気まずくなって黙っているなか、ナサニエルが突然話し始めた。
「シャル様達にも何か出来る訓練ってねぇのか、オーウェン?」
「戦闘訓練はあまり意味をなさないだろう。ナサニエル達も単純に体力や筋力の面では中等学院の1年次には敵わないはずだ。技能や連携を身につけたことで、それらを補えているがな」
「…確かにな、俺らは初等学院訓練用の弓クラスしか引けないからな。巨大熊の時だってたくさん射ったけど、数本しか刺さらなかったし」
軽くナサニエルが落ち込んだ表情になったのを見て、オーウェンがフォローする。
「言っただろう、筋力の低さは技能と連携力でカバー出来ていると。お前の矢があの巨大熊の目を貫いた事で、一瞬とは言え動きを止める事が出来た。それにケイト達の連携が無ければシャル様達を助けることは出来なかったからな」
ケイト達が照れてニヤけている中、ナサニエルも嬉しそうに笑いながら言う。
「ハハ、照れるなぁ…でもやっぱり、俺らが頑張れたのはオーウェンがいてくれたからだと思うんだよな。なんっつーか…いつも必ず何処かで見守ってくれてるって感じがするからさ」
ナサニエルの言葉を聞いてオーウェンがピクッと反応する。
「…そうか、その手があったか…」
「どした、オーウェン?」
「…シャル様達に適した訓練を思い付いた」
「本当ですの!?オーウェン様!」
シャルロッテが嬉しそうに身を乗り出し、皆が固唾を飲んで見守るなかオーウェンがゆっくりと口を開いた。
「暗殺訓練だ」
ーーーーーー
訓練が始まって4ヶ月後、ナサニエル達の姿は野外の鍛錬場にあった。1ヶ月後に迫った修練祭に向けてのブリーフィングとして呼び出されたが、オーウェンやシャルロッテ達の姿は見えない。周囲を見渡してグレンが言った。
「隊長殿やシャル様達が居ないな、時間に遅れるなんて滅多にないぞ。何かあったのか?」
「…やっぱりシャル様達の訓練が上手くいってないんじゃない?あんなお淑やかな方達に暗殺訓練とか、オーウェンには本当ビックリさせられるわ。シャル様は凍りついてたし、ベル様は卒倒してたもんね」
ダリアが心配そうにしていると、ナサニエルが言った。
「まぁ、そっちはオーウェンを信じるしか無ぇよ。心配なのはわかるが、俺らだって余裕があるわけじゃ無いしな」
すると、鍛錬場の入り口の方から「ナサニエルの言う通りだ」と言う言葉と共にオーウェンが現れた。
「オーウェン、遅れるなんて珍しいわね。シャル様達はどうしたの?」
とケイトが聴くと、オーウェンが不敵に笑ってみせる。
「遅れてなどいない。俺は、ずっとここで待っていた。そしてシャル様達もな」
オーウェンがそう言うと、その背後が僅かにボヤけてシャルロッテ達の姿が現れる。
「!?」
「どうなってんだ、オーウェン!?」
「シャル様達は何処から出て来たの!?」
皆が困惑している中、シャルロッテ達が再び陽炎のように姿を消す。
驚いて動揺するナサニエル達に向かってオーウェンが言う。
「ブリーフィングの前に一勝負といこう。30分以内に俺達4人の内誰かを確保出来るか、あるいは30分間、お前達9人の内で1人でも無事でいられたらお前達の勝ちだ。さぁ訓練用の剣を取れ、俺が姿を消したら試合開始だ」
そう言うと、オーウェンの姿がゆらゆらと揺れだし陽炎のように消えていく。ナサニエル達はまだ多少動揺していたが、それでも数秒かからず真剣な表情になった。皆が急いで訓練用の剣を取るとナサニエルが指示を出す。
「密集陣形!敵に背を取られないようにしろ!頭上にも注意だ!」
『オウッ!!』
「コリン!近くに木霊は居るか?」
「今呼んでる!」
「急げ、異変が有れば直ぐに知らせろ!エラ、魔力探知に反応は?」
エラは既に魔力探知を始めていたが、その結果に納得がいかないという表情だった。
「…あ、あるんだけどおかしいの!」
「何がだ!?」
「私達全体が既に魔法領域に覆われているわ!魔法の種類は…ダメ、わからない」
「…範囲はどのくらいだ?」
「私達を中心に半径10m程度の円状よ」
「範囲攻撃魔法かもしれないな。3人1組で範囲を絞られないように移動する!互いのチームの目が届かない距離には行くな!30分間、1人でも残れば俺達の勝ちだ。気を抜くなよ!」
『オウッ!』
鍛錬場にナサニエル達の声が大きく響いた。




