野外授業
叙勲式までは5日の余裕があり、オーウェン達は王都の主要な観光地や博物館等を周りながら、聖アールヴズ連合国の歴史について学ぶ。特に博物館ではオーウェンの歴史の講義が非常にわかりやすく、学芸員達もいつの間にか後を付き従って講義を楽しむ程だった。
「…といったことから、アールヴズ諸国は聖アールヴズ連合国として現在の形を取ったわけだが…どうした、ナサニエル?」
「いや…なんつーかさ。すっげーわかりやすい授業なんだけどさ、昨日も一昨日も座学だったじゃん。いい加減、身体も動かしたいなぁって思ってね」
すると、側でダリアやフレッドが激しく首を縦に振る。
「せっかく王都に来たんだし、温泉とかテーマパークとか色んなトコ周りたいわけよ」
「それいいねー、『マジアド』とか行ってみたいし」
などと、女子達がキャッキャと楽しそうに話す。
「なんだ、その『マジアド』とは?」
とオーウェンが聞くと、皆がギョッとした顔で振り向いた。ナサニエルが呆れた顔をしながら言う。
「オーウェン。まさかお前、マジアド知らねぇの?」
「…初めて聞いたぞ」
「『マジックアドベンチャーランド』、略して『マジアド』だろ。知らないやつなんていねぇぞ?」
「…ここに居る」
「うわ〜、こんなにも世俗に疎いなんて…」と言いたげな一同の冷たい視線を浴び、流石のオーウェンも居た堪れない気持ちになる。
すると、「いいか?マジアドってのはなぁ…」と説明しかけたナサニエルが、急にハッと何かに気付いたような顔をして、フフフと笑うと説明を続けた。
「マジアドはなぁ、魔法や身体能力を向上させるための訓練施設なんだぜ」
「王都にはそんな施設があるのか?」
「あぁ、施設全体に魔法がかけられていてな。大勢の人が悲鳴を上げながら、必死に訓練をこなしている」
「そんなに過酷なのか?」
「あぁ、一度入ったらヘトヘトになるまで出られない。ダンジョンなんて目じゃないぞ」
「凄まじいな…よし、わかった」
そう言うと、オーウェンは皆の方へ向き直って言った。
「座学は今日までとする。明日は一日『マジアド』にて訓練を行う。装備は…鎧が良いのか?」
「そんなもの着たら訓練にならねぇよ。動きやすい普段着がいいんだ、どんな格好でも能力を発揮できるようにな。武器も要らねぇ、己の身体一つで乗り込むってヤツさ。あ、金はいるけどな」
「なるほどな。ということだ、明日は各自動きやすい格好で頼む」
オーウェンが解散を告げると、皆がナサニエルを囲んでキャッキャと楽しそうにしている。
「やったー♡」
「ナサニエル、マジナイスな説明だわ」
「嘘は言ってなかったもんね」
「明日、隊長殿の反応が楽しみだな」
などと、はしゃぐ仲間の側でオーウェンは、1人マジアドについて想像を膨らませていた。
(大勢の人々が悲鳴を上げながらも、ヘトヘトになるまで訓練を続ける施設か…よほど身体能力や魔法の向上が見込めるに違いない。しかも武器に頼らず、己の肉体のみで立ち向かうとは…「マジアド」…一体どんな場所なんだ…)
ーーーーーーー
翌日、オーウェン達の姿は「マジックアドベンチャーランド」の前にあった。開場の10分前ということもあり、多くの人達が今か今かと興奮を抑えられない様子で待っている。カラフルに彩られた門、その前には白塗りの顔に星や涙のマークを描かれ、赤く腫らした鼻と赤髪で狂気に満ちた表情を浮かべる者が、珍妙な動きで風船を配っている。
「…なんだ、あの者達は?」
「あれはヒト族が“ピエロ”っていう役になりきってるんだ。まぁ、施設の係員みたいな役目さ」
(地面を滑るように動いたり、何も無い空間に座るような姿勢を取っている。…只者じゃない動きだ)
オーウェンが近づくのを躊躇していると、ピエロが近付いてきて風船を渡す。
「…どうして風船を渡されたんだ?」
「“楽しんでこい”ってことだろ」
「…!!」
(そうか、俺達はもう既に試されている。ヤツめ、過酷な訓練を楽しめるほどの覚悟がお前にあるか、と言いたいのか!)
勘違いしたオーウェンは、皆の方を向き直って言った。
「…皆よく聞け、今から俺達の真価が試される。決して最後まで音を上げず、精一杯楽しんでこい」
『はいッ!』
オーウェンの檄に呼応したかのように門が開くと、大勢の人が会場へとなだれ込んでいく。オーウェン達もその流れに乗って会場へと乗り込んだ。
まず、オーウェンの目に飛び込んできたのは、“棒に刺さった木馬が上下しながらグルグル廻る装置”である。オーウェンは、側に居る解説役のナサニエルにアレコレと聞く。
「なんだ、アレは?」
「メリーゴーラウンドってヤツさ、騎乗をシミュレーションするものだぜ」
「あんな木馬で騎乗訓練するのか?…実際の騎乗とは、雲泥の差があると思うが」
「俺達は慣れているからな。だがビーや姫様には丁度いいくらいだ、例え落馬してもケガしないからな」
「…なるほど、基礎中の基礎というわけか」
などとオーウェン達が話していると、シャルロッテとイザベルが話しかけて来た。
「オーウェン様!メリーゴーラウンドに乗りましょう」
「いえ、私は既に馬に乗れますので、姫様達で行かれてください」
オーウェンに促されるとシャルロッテ達がキャッキャと木馬に座り、何度も回転するたびにオーウェン達へと手を振ってくる。オーウェンがどうしていいかわからずナサニエルの方を見ると、ナサニエルはベアトリスに向かって手を振り返していた。
(なるほど、こちらから手を振ることで、シャル様達があの棒から片手を離し続ける訓練になるという事か)
勘違いしたオーウェンは、めいいっぱいシャルロッテ達に手を振った。
次に、オーウェン達は大きなカップが並べられた装置へと進んだ。
「なんだ、これは?」
「コーヒーカップって言ってな、度胸を試される乗り物さ」
「この形状である理由はなんだ?」
「…考えたことねぇな、なんでだろ?…まぁいいや、コイツは中央のハンドルをグルグル回すとどんどん速くなるって仕組みさ。やり過ぎて行動不能になる奴もいる」
「見た目からは想像付かないな。試してみよう」
「はは、イイぞ。ビー、一緒に乗らないか?」
ナサニエルが誘うとベアトリスはオーウェンを一瞥し、シャルロッテ達の腕をひしっと掴んで言った。
「いいえ、私達は3人で乗るわ。ナサニエルはオーウェンと楽しんでちょうだい」
シャルロッテやイザベルが「オーウェン様と乗りたいです」と言いかけると、ベアトリスは「いいから、こっちに来て」と強引に別のカップへと連れて行った。
「ちぇー、つれないなぁ。まぁいいや、俺達で乗ろうぜ」とナサニエルが言うと、コリンとフレッドも「俺達も乗せろ!」とやってくる。グレンはコリンとフレッドの背中を見送りつつ、我関せずといった様子で柵の外で飲み物を飲んでいた。フレッドがグレンに呼びかける。
「グレン、お前は乗らないのか?」
「いいや、俺はパス。4人乗りだからな。それに…」といい、グレンがオーウェンに目をやり「…まぁいいや」と呟く。「控えめなヤツだな」などと言っていると、係の者がカップのドアを閉めて陽気な音楽と共にカップが回り出した。
男4人を乗せてクルクルと廻るカップ。
「ハンドル回そうぜ!」
フレッドが勢いよくハンドルを回し始めると、オーウェン達のカップは周囲よりも速く周り始めた。
「うぉぉおお、目が廻る〜」
「速ぇーーー」
などと言っていると、オーウェンが「手伝おう」と言って、ハンドルをギュッと握りグルグルと回し始めた。
数多くあるコーヒーカップの中で、一台だけ別の乗り物のように急速に回転を速めていく。
「…ちょ…オーウェ…速…」
「…やめ…て」
遠心力でカップから身体が放り出されないように必死に支柱に掴まる3人を余所にオーウェンはどんどんハンドルを回す。コーヒーカップの水玉模様が線になるほど回転した所で、終了のベルがなりオーウェンはやっとハンドルを離した。
「素早く回すのにもコツがいるもんだな…どうした、3人とも?」
「…」
「…コーヒーカップで初の死者になるとこだった…」
「…オェッ」
オーウェンに抱えられながら出てくる3人。その様子を見て、シャルロッテ達はベアトリスに深く感謝のお辞儀をしていた。
続くー