予想外
オーウェンが全ての攻撃を受け止めた事に、周囲の魔族達は動揺を隠せない様子でいた。
「嘘だろ…ゴド様が全ての錘を外したんだぞ?」
「あの威力で、あれだけの速い攻撃を全て防いだというのか?」
「それほどまでに強いのか、あの勇者は…」
過激派の面々が不安そうな表情を浮かべるなか、ゴドは振り回していた戦鎚を担ぎ直して言った。
「コレモ全テ防ギキッタナ…」
「錘を外したことで素早さは上がったが、逆に威力が落ちていたからな。もっとも…それも狙ってのことなのだろうが」
「フ…フハハハハハッ、バレテイタカ!」
「お前ほどの猛将が、こんな単純な道理に気付かないわけがない」
「ヤハリ、少シモ調子付イテイナイ。面白イ…敵ヲ前ニシテ、コンナニ高ブルノハ初メテダ!」
「お眼鏡に適ったのは結構だが…すぐに本気を出さないのは、発揮するために何か条件でもあるのか?」
「最初カラ本気ヲ出シテ周囲ヲ巻キ込メバ、後々面倒ダ。ダガ今ノ攻撃デ、貴様ヲ排除スルノニ本気ヲ出サネバナラナイト、ヤツラモ知ッタダロウ」
「…退避しろとは、言ってやらないのだな」
「ハハハ、指揮官トハソウイウモノダ。『下ガルナ』トハ言ッテモ、『下ガレ』トハ言ワン」
「なるほど…お前の性格が段々と理解できてきた」
「解ッテモラエルトハ、嬉シイモノダ。ツイデニ俺ノ恐ロシサモ、シッカリト理解シテイケ」
ゴドはそう言うと、こめかみに青筋を立てて息を荒くする。肩や頭の魔装が角の様に変化し、身体が僅かに地面に沈んだかと思った瞬間、強烈なタックルがオーウェンを襲った。これまで感じていた重量感を遥かに超える衝撃を感じつつ、オーウェンは後ろに姿勢を逸らしかろうじて即死を免れる。だが、体勢を崩した先にゴドは待ってましたと言わんばかりに、全力で戦鎚を叩き込んできた。
(まずい、このままでは直撃する…!)
オーウェンは急遽、レベルアップで能力値の底上げをし、窮地からの脱出を図る。幸い、レベルを一気に10上げたお陰でゴドの攻撃をかろうじて躱すことは出来たが、最初の一撃でぐらついた意識に加え、思考や感覚が過敏になり過ぎたせいで、オーウェンはふらつきつつ膝を付いた。ゴドは、大袈裟に拍手をしてみせる。
「驚イタゾ!3割程度ダガ本気デ殺ソウトシタノニ、良ク逃ゲラレタナ」
「今ので3割…か。全力なら、ここら一帯が吹き飛びそうだな」
「ハハハ!全力ガ見タケレバ、シッカリ生キ残ルンダナ」
そう言うと、ゴドは再び戦鎚を構えた。今度は地面を強く蹴る音だけを残し、ゴドの戦鎚がオーウェンに届く。視界の隅に映った戦鎚の残像で、オーウェンは咄嗟に奉天画戟を構えたが、今度は奉天画戟ごと吹き飛ばされた。以前より硬い魔装の鎧に大きなヒビが入り、その隙間から魔素の煙が漏れだす。
(レベルを上げて更に硬くなったはずの鎧に、ヒビが…3割というのは、大袈裟ではなかったようだな。レベルを上げなければ、次の一撃で確実に死ぬ…。だが…これ以上上げれば、感覚からの情報過多で正気を保てない。)
これまでレベルを1上げただけでも、オーウェンは身体に大きな変化を感じていた。大幅なレベルアップを行った事で身体のあらゆる感覚が敏感になった今のオーウェンには、砂埃に混じるゴドの息の臭いが感じられ、遠くで戦っているはずのゴーシュの声がこんなにもハッキリと耳元で聞こえる。地面の中を這うアリの足音ですら聞こえそうな状況で、更にレベルアップを試みるのは非常に危険だというのは、オーウェンは十分に理解していた。だがそれと同時に、レベルアップをしないことは死に直結するということもオーウェンは分かっていた。
(何が起こるかわからん…。だが、ここで躊躇すれば先は無い。逃げるという選択肢が無い今、俺に出来る事は覚悟を決めて進み続けることだけだ!)
フラつきながらも、オーウェンはレベルアップを実行する。一つまた一つと数字を上げる度に頭の中に声が増え、あまりの気持ち悪さに、オーウェンは這いつくばって思い切り嘔吐した。だがゴドは、そんなことお構い無しと言った様子でオーウェンの横腹を全力で蹴り飛ばした。鎧がひしゃげ、折れた肋骨が肺に深々と突き刺さると、オーウェンの嘔吐は真っ赤な血へと変わる。
「…ぐッ…ぅぅう!」
「ドウシタ、オーウェン?先程ヨリ、動キガ遅クナッテイルゾ?マダ7割程度ダトイウノニ…コレデハ、全力ヲ見セル前ニ決着ガ付イテシマウデハナイカ」
「正直言って…予想外だった。これほどまでに、差があるとは…」
「ハハハ、ココニ来テヨウヤク気付イタカ!良カッタナ、死ヌ前ニ1ツ賢クナレタゾ」
ゴドはそう言うと、鎧から飛び出たオーウェンの髪の毛を掴みグッと持ち上げた。
圧倒的なゴドの優勢に魔族達が声を張り上げる中、遠目に見ていたラルフがゴーシュに懇願する。
「ゴーシュ副長!救出に行かせてください、このままでは旅団長が…オーウェン様が!」
「…駄目だ。殿は、一騎討ちが破られるまでは手出し無用だと言った」
「ですが…このままでは!」
「殿はサキ殿達の護衛を優先しろと言ったんだ!命令に背き感情に任せて取る行動の先に、殿の意図した未来は無い!殿を助けたいと思うなら、今はここを死守することだけに専念しろ!」
「…!了解…しました」
目尻に涙を浮かべながら後方へと下がるラルフ。それを尻目に、ゴーシュは再び魔族達を蹴散らして陣を固めた。
(殿…俺は信じます。いつだって貴方は、あらゆる難敵の刃を退けてきた。…こんな所で終わる貴方では無い、貴方にはもっとやり遂げるべき事があるのだから!)
ゴーシュは駆け出しそうになる足を思い止まらせるように、何度も心の中でそう呟いていた。
ーーー
ゴドに掴み上げられている間も、オーウェンは1つまた1つとレベルアップを続けた。今聞こえている喧騒が自分の思考なのか、それとも周囲を取り囲む魔族達の声なのかは、もはや判別する事が出来ない。走馬灯が何百回も繰り返される感覚、そして自分が呼吸をしているのかしていないのかも理解できないまま、オーウェンはただレベルアップを繰り返す。やがてレベル66という数字を確認した後、オーウェンの意識は完全に途絶えた。全ての思考が消え、心の底に意識が沈む瞬間、オーウェンは呂布の声を聞く。
「全く…貴様は何処に居ても無茶をするのだな。仕方ない、少し力を貸そう」
オーウェンは、その言葉を聞くと安心した様に心の底へと沈んでいった。
ーーー
掴み上げたオーウェンが無反応になったのを見て、観念したと思い込んだゴドは周囲の魔族達に見せつけるように、高々とオーウェンを持ち上げる。息子の仇を取るだけでなく、これから侵攻するつもりの表世界の勇者を早々に排除出来ることにゴドは高揚していた。オーウェンを大きく宙へと投げ飛ばし、野球のノックのように戦鎚を構える。空高く上がったオーウェンの身体が重力に引きつけられ落ちてくると、ゴドは勝利を確信して大声で叫んだ。
「コレガ俺ノ全力ダ!全身デ味ワッテ死ネ、オーウェン!」
振り抜かれた戦鎚は、ピンポイントでオーウェンのこめかみに向かう。多くの魔族達が1秒後に聞こえるであろう頭蓋のひしゃげる音を心待ちにしながら、衝撃に備えて目を瞑る。…だが、いつまで経ってもその音は聞こえない。
恐る恐る魔族達が目を開くと、そこには…固まった血の様に黒く変化した歪な魔装に身を包み、ゴドの戦鎚を片手で受け止めるオーウェンの姿があった。




