ベアトリスとナサニエル
あの日から、ベアトリスは補講に必ず参加するようにしていた。学年末試験の問題は、全学年共通である。基本は自分の学年の問題だけ解けば進級出来るが、時間さえあれば飛び級を狙って高学年の問題を解いてもよい。つまり1年次であっても6年次までの問題を時間内に全て解く事が出来れば飛び級が可能となるのだ。ちなみに、王女殿下達は学院へ入学するまでに王家専属の優秀な家庭教師をつけていたため、現在は6年次の授業とオーウェンが行う中等学院レベルの補習を受けており、学年末試験で良い成績を残せば中等学院への飛び級が認められる。ナサニエル達もオーウェンのスパルタな進度に食らいつき、学年末試験が迫る1カ月前までには6年次レベルまで理解できていた。
ベアトリスはと言うと…元々勉強熱心で頭脳も非常に優れていたため補講のメンバーの中でも群を抜いて成績優秀となり、今ではナサニエル達にも教えられるほどになっていた。ベアトリスはナサニエルが解いた問題を採点し、それをナサニエルに返却する。
「うぁあ、いっつもここ間違うんだよなぁ…」
「ホント集中力が足りないんだから。ワタクシのこの前のアドバイス聞いてたかしら?植物には光を使ってエネルギーを合成する仕組みがあるの、木々が大きく育つためには日の光が必要なの」
「あぁ、そこは覚えているんだけど…」
「そこまで覚えてたらあとは簡単じゃない?トレントがいる森を探す方法は?」
「…あっ!剪定された後を辿るッ!!」
「そう言う事よ、水だけじゃ植物は育たないんだから。ひっかけの選択肢に惑わされないように、しっかり覚えておくことね」
「やっぱりベアトリスはスゲェよ、教え方もマジで上手いし」
ナサニエルは満面の笑みでニヒヒと笑って見せる。
「貴方の理解力が乏しいから、ワタクシが教え方を工夫しなきゃいけなくなるじゃない」
そう言うとベアトリスは少し恥ずかしそうに、そして嬉しそうに笑った。
そこにオーウェンがスッと現れて2人に声をかけた。
「問題ないか?」
「あぁ、ベアトリスがわかりやすく教えてくれるから助かってるよ。今までみたいにオーウェンばっかに頼ってたら、俺が出来ないせいで皆の足を引っ張ることになっちゃうしな」
オーウェンがベアトリスをジッと見つめる。
「な、なによ?」
「…いや、とても優秀だと思ってな」
「ワタクシは由緒正しいリッチモンド家の者なのよ、このくらいどうってことないわ。あ…言っておきますけど、こうやってナサニエルに教えるのもワタクシの目的のためであって、決して貴方のためではないんですからね!」
「…そうか、引き続き頼むぞ」
「だから、貴方に頼まれることじゃないって言ってるんです!」
「あぁ、そうだな…」
そう言うと、オーウェンはケイトやオードリーの方へと教えに行った。
「変な人…」
ベアトリスが言うと、ナサニエルが側で相づちを打つ。
「だろ?アイツは変なんだよ。なんっつーか普段は無関心なように振る舞うくせに、問題がありそうな所は絶対確認しにくるし。問題ないって分かると、すぐまたどっか行っちゃう。アイツは本当に周囲の事とか気にせず、勝手気ままに生きてんだよな」
「えぇ、観ていればわかるわ」
「だからオレ思うんだよな。そんな勝手気ままなヤツが、卑怯な手を使って誰かを貶めたり周囲の目を気にしながら相手を傷付けたりしないんじゃねぇかなってさ」
「…お兄様の話が嘘だって言うの?」
「そうじゃねぇよ。…ただ、ベアトリスは自分の目で見たモノをもっと信じてもいいんじゃないかって思っただけさ」
「…ワタクシは…」
そう言うと、ベアトリスは静かになってしまった。ナサニエルは暫く俯くベアトリスの横顔を見つめていたが、その後いそいそと復習に勤しんでいた。
ーーーーーーー
学年末試験当日、いよいよベアトリスを含めたナサニエル達10名は王女殿下達と同じ特別教室に編入するための飛び級試験に挑む。席についたナサニエルは緊張しすぎて何度も溜息をついていた。
「ふぅ…胃が痛ぇ」
すると、隣に座っていたベアトリスが背中をバシンと叩いた。
「痛ってぇ!…急になに?」
「それはこっちのセリフよ、ここまで来てなんで急に弱気になってるのよ?」
「弱気じゃなくて、オレは緊張してるの!」
「弱気だから緊張するのよ。自信があれば堂々としていられるわ」
そう言って胸を張って見せるベアトリス、その胸を見てナサニエルが言う。
「…まぁベアトリスは色々と立派なモン持ってるもんな。ふぅ…自信があって当然さ」
「あら、貴方にはないって言うの?」
「…オレはオーウェンやベアトリスに助けられてここまで来ただけだ。オレ自身が何か出来たわけじゃない」
「ワタクシはそんな事ないと思うけど」
「じゃあ、ベアトリスはオレに何が出来たって思うんだ?」
ナサニエルがそう言うと、ベアトリスはナサニエルに向き直って真っ直ぐ瞳を見つめて言った。
「想いに応える努力よ。貴方は弱気になっても絶対に弱音は吐かない、そう言う人だから」
「…はは、買いかぶりすぎだよ」
「ワタクシはワタクシの目で見たモノを信じるわ。貴方はワタクシがお世辞を言う人に見えるのかしら?」
ハッとした表情を見せるナサニエルにフフっと悪戯っぽく笑いかけるベアトリス。
「…ありがとう、ベアトリス。なんかスゲェ自身湧いてきた」
「フフ、単純なんだから。張り切り過ぎて回答欄を間違えるような凡ミスだけはしないようにね」
「ハハ、言われなかったらたぶんやってたわ。サンキュー」
その後、各席に問題用紙が配られる。試験開始の合図と共にナサニエルは机にかじり付くようにして試験問題を一心不乱に解きまくっていた。
ちなみに、その頃オーウェンはいつものように鍛錬場で自己研鑽に励んでいた。
(やれる事はやった。俺が焦ってどうにかなるもんではないしな…)
浮かんでは消えていく雑念を振り払うように、オーウェンは普段と変わらずひたすら同じ鍛錬を繰り返す。ただ、その日は普段と違って雑念が多かったのだろうか、気がついた時には辺りはすっかり夕暮れ時になっていた。
(いつの間にこんなに時間が経っていたんだろうか…。皆は無事に終える事が出来たんだろうか?)
オーウェンが急いで寮に戻ると、寮の前ではナサニエル達が集まって試験問題についてあーだこーだと雑談していた。ナサニエルがオーウェンに気付き「おーい」と手を振る。
「終わったか?」
「ついさっきな。っていうか、今日もこんな時間まで鍛錬してたのか?ホント何があってもブレないよな、オーウェンてさ」
「少しは心配して見にくるかなぁなんて思ってたのに。ねー?」とケイトとオードリーがふざけて見せる。
「(心配してたが)…お前達なら出来ると出来ると思ってたからな」とオーウェンが言うと、皆は嬉しそうにニコニコとしていた。するとナサニエルの側で仁王立ちをしていたベアトリスが、ズイッとオーウェンの前に出てきて言った。
「そういう余裕のある態度が、ワタクシはいけ好かないんですけどねッ!」
「…ベアトリス」
「…まぁ、でも貴方の補講に出たお、お陰でワタクシも特別教室に編入出来そうですし。…い、一応、感謝の言葉くらいは言ってあげても…良くってよ?」
と、ベアトリスは少し赤らめた顔をツンと背けながら言った。
オーウェンはベアトリスの顔をジッと見つめて言う。
「…いや、別にいい」
「なんでよ!そこは、素直に有難うって言わせなさいよッ!」
素直じゃないのはどっちなんだと皆が思っていると、シャルロッテとイザベルが駆け寄ってきた。
「皆様!試験は無事に済みましたか?」
「私達も無事に終わったのですぅ」
「良かったー、私達も無事全部解けたんですよー!次からは一緒のクラスですねー!」とケイトとオードリーが言うとシャルロッテが「少し気が早いですけど、お祝いしましょう!オーウェン様も一緒に買い出しに行くのですわ!」とオーウェンの腕を引っ張っていく。その後ろをイザベルやケイト達が「私も行くー」などとはしゃぎながら寮の中へと入っていき、ベアトリスとナサニエルが取り残された。
「…なんか、あっという間だったな」
「えぇ、そうね」
「苦しかった勉強会もこれで終わりだな。なんか寂しい気もするが…」
「…ワタクシはまだ知りたい事があるのだけど」
「ん?…あぁ、オーウェンの弱点か?見てりゃわかっただろ?アイツに弱点はねぇよ」
「…それは、もういいの」
「ん?じゃあ何が知りたいんだ?」
と、ナサニエルが言うとベアトリスがナサニエルの瞳をジッと見つめながら言った。
「…貴方の弱点が…知りたいわ」
続くよー