キマイラという魔物
1時間ほど経っただろうか、オーウェンとトレントが話している所にベルンハルトが出来上がった柄を担いで持ってきた。
「出来たぞ」
「有り難う、助かる」
「…この迷宮に入って助けられてばっかりなのは俺の方さ。それよりどうだ、持ち心地は。違和感無いか?」
「あぁ、急場とは言え、丁寧な仕事をしている。とても素人の手直しには見えないぞ」
「へへ、町に住んでいたドワーフに弟子入りしてた事もあったからな」
「それでか」
「…金貯めていつか小さい工房開くのが夢でな。これまで危ねぇ目に会うたびに何度も諦めかけてきた。だが、今回の収穫さえあれば大きな街で修行も出来るし立派な工房だって建てられる。…オーウェン、頼んだぞ。俺に夢を叶えさせてくれ」
「あぁ。任せろ」
すると、2人の様子を見てトレントがふぉっふぉっふぉと笑う。
「どうかしましたか?」
「絆が見える。太くは無いが、しっかりとした温かい繋がりよ。羨ましいものだ」
「何言ってんだ、トレントの爺さんもすっかり俺らの仲間だからな。ここから出るのは全員でだぜ、まぁ頑張るのは俺じゃ無いがな、ハハハ」
とベルンハルトが大きく笑ってみせる。
「そうだな、皆でここを出よう。俺が活路を開く」
オーウェンがそう言うと、トレントは満足そうに何度も頷いてみせた。
ーーーーーー
ベルンハルトが大振りの肉を囓りながら尋ねる。
「それで…どうやってアイツを倒す?」
「ベルンハルトはキマイラがどういう魔物か知ってるか?」
「一応、冒険者の指南書に書いてあったのは記憶している。ライオンとヤギと蛇の化け物だってな…『見つけたらとにかく逃げろ(…逃げられたらの話だが)』としか書いてなかったぞ」
「ギルドの情報誌でもその程度か…。俺の実家に書庫があるんだが、そこで読んだ本には3千年以上前にキマイラと戦って滅んだ村の話が載っていた。そこに載っていた話が戦略を立てる手掛かりになるかもしれない」
「…3千年以上前の話が残ってるって、サラリと言う所がエルフらしいな。んで、どんな話だったんだ?」
ベルンハルトがそう言うと、オーウェンはゆっくりと話し始めた。
〜〜〜昔、エルフの村に空から城が落ちてきた。城に住む魔神は生贄を出すようエルフに迫ったが、エルフはそれを拒んだ。魔神は魔物を使役しエルフを滅ぼそうとしたが、エルフは皆でこれに立ち向かった。長く続いた戦いの末、大勢のエルフが犠牲になりながら魔神に深傷を負わせ魔神を窮地に追い込んだ。すると、城から獅子と山羊と蛇の身体を持つ魔物が走り出てきた。キマイラと呼ばれるその魔物は口から炎を吐き、森を焼き尽くした。エルフは『幻影の衣』を纏い夜襲をかけたが、企みは尽く破られ、ついにエルフの村は滅ぼされてしまった。〜〜〜
「…と、こんな感じの話だ」
「ふーん、キマイラって火を吐くんだな。ドラゴンみたいに油袋でも持ってんだろうか…で、この話が何の手掛かりになるんだ?」
「話にあった『幻影の衣』というのは、姿だけでなく匂いや音まで抑えてくれるという高機能の防具だ。問題なのは、それを着たエルフが夜襲をかけたにも関わらずヤツに見つかったという事だ」
「…オーウェン、勿体ぶらずに教えてくれ。俺はお前ほど賢くねーんだよ」
「熱だ」
そう言うと、オーウェンは手袋を外しベルンハルトの頬に近付けた。しなやかだがしっかりとした手からほのかに温かさが伝わってくる。
ベルンハルトはいつしかのオーウェンの顔を思い出し、途端に赤くなりながら言った。
「ね、熱が感じられるのはわかった。だが、こんな距離まで詰められたら誰だってわかるだろう?」
「あぁ、だが蛇なら遠くからでもこの温度を感知することができる」
オーウェンがそう言うと、ベルンハルトはハッとした顔をした。
「まさか…」
「あぁ。おそらく尻尾の蛇が得た情報は、瞬時に獅子にも連携されている」
「…背中の山羊は何のためだ?」
「草食動物の視野角はほぼ360度と言われている。側面や上方の警戒といったところだろう」
「…何てこった。真正面はライオンで残りは山羊と蛇に監視されて、おまけに隠れても熱で感知されるのかよ。死角が無ぇじゃねぇか!」
頭を掻きむしり苛立ちを隠せないベルンハルトにオーウェンが言った。
「…1箇所だけある、その死角が」
「…何処に?」
「腹だ」
そう言うと、オーウェンはポンポンとお腹の鎧を叩いてみせた。
「問題はどうやって腹の下に潜り込むかだが…ベルンハルト、火薬は持っていないか?」
「火薬は持ってきて無いが…。あ、発炎筒なら万が一迷った時のために携帯してるぞ。こうやってケツの方を叩きつけると5分くらいだが水中でも結構な炎がでるんだ」
「よし、これから言うものを作ってくれ。オノドリムよ、貴方の枝をまた使わせていただいてもよろしいですか?」
「あぁ、好きにせよ」
トレントがそう言うと、オーウェンとベルンハルトはすぐに作業に入った。
ーーーーーーー
檻の外はいつのまにか静かになっていた。あたりを照らしていた火もいつの間にか消え、明かりはオーウェン達が灯した檻の中の焚火だけだった。トレントが細い根をいくつも伸ばし、神殿内にキマイラがいない事を確認するとオーウェンはベルンハルトと自身の着替えた下着など、ありったけの布を持って檻を出た。オーウェンが床を踏むとガチンッという音がして壁の溝を油が大量に流れてくる。オーウェンは急いでその油を布に染み込ませ、次々に檻の中へと放り込む。
「戻れ、エルフの子よ。ヤツが近づいてきている」
トレントの言葉を受け、オーウェンは急いで檻の中へと避難した。その直後、キマイラは勢いよく飛び込んできたが、オーウェン達が檻の中にいる事を確認すると檻の前に座り込んで休み始めた。
「危なかったな、オーウェン」と興奮を隠せない様子のベルンハルトにオーウェンは「静かに」と指示を出す。
「これから作戦の全てを話す、よく聞いてくれ。オノドリムも助力を願います」
「おぅ、何でもやるぜ」とやたらテンションの高いベルンハルト。
「いいだろう、エルフの子よ」とゆったりしたトレント。
2人の返事を確認して、オーウェンは作戦の全容を伝えた。
ーーーーーー
「…なんつーか、ぶっ飛んだ作戦だな。…本当に大丈夫か?」
ベルンハルトが不安気な表情をする。
「わからん。…だが、これ以外は思い付かん」
オーウェンの返事を聞いても「でもなぁ…」と繰り返すベルンハルトにトレントが言った。
「案ずるな、人の子よ。エルフの子がやると言っている。我は其方を信じよう、エルフの子よ」
「…まぁ、俺が代わりの案を出せるわけでもねぇしな。わかったよ、オーウェン。絶対に死ぬんじゃねぇぞ」
「あぁ、努力する」
そう言うと、オーウェンとベルンハルトはキマイラからよく見える様な位置で寝始めた。キマイラはオーウェン達が寝ついた後も暫く警戒していたが、ベルンハルトがいびきをかいているのを見て安心したのか再び神殿の外へと出ていった。
「ベルンハルト、起きろ」
「…行ったか?」
「あぁ」
「フフフ、俺の迫真の演技に騙されたんだな」
そう言うとベルンハルトは伸びをしながら、まだ寝足りないのか「ふぁあ」と欠伸をしていた。
(いや、ガッツリ寝てたけどな…)
とツッコミたくなる心をグッと抑え、オーウェンが話し始める。
「いよいよだ、今日でケリを付けるぞ」
オーウェンの言葉に2人が小声で返事をする。
「おぅ」
「心得たぞ、エルフの子よ」
いよいよ、最終決戦が始まる。オーウェン達が迷宮に入って実に11日目の事だった。
続くー