迷宮の主
しばらくして、神殿の前に2人は立っていた。
「行くぞ」
「…おぅ」
オーウェンに続いてベルンハルトが中へと入る。柱が等間隔に立ち並んでいるようだが暗闇で他はほとんど見えなかった。オーウェンは光魔法や照明魔法を試みたが妨害されているのか、上手く発動しない。ちょうど半分あたりまで歩みを進めた頃、ガチンッという音が鳴り部屋の隅から炎が壁の溝に沿って流れ周囲をどんどん明るくする。
「…油の臭いがしねぇか?」
「溝に沿って流れる油に火がつき、照明代わりになってるようだな」
「ったく、無駄に凝りやがって…」
炎が部屋の奥まで広がり部屋の全貌が徐々に明らかになる。
その時「こちらだ、エルフと人の子よ」と声が部屋の奥から響いた。
オーウェンとベルンハルトが同時に振り向く。部屋の奥に大きな鉄格子が見え、中で巨大な何かが蠢くのが見えた。ベルンハルトがガタガタと震えているのを他所に、オーウェンが巨大な檻へ近づくと中には10mほどのトレントと呼ばれるジェヌインがいた。
〜〜〜トレントは樹木を守る木の形をした魔物である。森の守護者とも呼ばれる彼らは、木霊ともコミュニケーションを取り森に種を撒いたり、森を侵そうとするものだけを追い払うなど非常に温厚な魔物として認識されてきた。エルフ語では「オノドリム」と呼ばれ、木霊同様にエルフ達の間では大切に扱われているが、頑丈な木材が取れることに目をつけた人間やドワーフ達に乱獲されその個体数は激減し、近年ではほとんど見られなくなった。〜〜〜
「良く来た、エルフと人の子よ」
威厳のある姿と話し方に2人はしばし圧倒されていたが、ベルンハルトがハッと思い出したような顔をして跪きながら言った。
「か、賢き森の守護者よ。貴方様が、この迷宮の主でしょうか?」
「いかにも。我がこの迷宮を管理する者よ」
「ま、誠に恐れ多くも申し上げたい事が御座います。私達は貴方様の偉大さを推し量る事すら出来ず、安易な気持ちでこの迷宮へと足を踏み入れてしまいました。もし、この罪を許していただけるのであれば、これまで手に入れてきた物全て貴方様にお返ししたく存じます。なにとぞ、私たちを地上に帰していただけませんでしょうか?」
ベルンハルトが震える拳を抑えるように祈りのポーズを取りながらその返答を待つ。
「…それは、出来ぬ相談よ。人の子」
ベルンハルトはその瞬間、肩をガクッと落とし「やっぱダメか…もぅ、ダメだぁあ」と呻いていたが、オーウェンは周囲を見渡した後にトレントへ言った。
「森の守護者オノドリムよ、何かお困りのようですね」
「おぉ、聡明なエルフよ。我を助けよ」
「親愛なる我が隣人の頼み、このオーウェンが引き受けましょう。そちらに行っても宜しいですか?」
「あぁ、急ぐが良い。程なくヤツが駆けつけるだろう」
オーウェンはその言葉を聞くと、何かを察知したかの様にベルンハルトの首元を掴んでトレントの入っている檻へ隙間から滑り込む。
「ちょ、離せッ!食べられちまうだろ!?」と騒いでいたベルンハルトだったが、檻の中に入った瞬間に先程までいた場所の方が危険だった事を知った。
ガガァアアアンッという音と共に鉄格子を爪で引っ掻く大きな獅子がそこにはいた。その尻尾は鱗で覆われており、背中からヤギの頭が生えた体高5mほどの獅子が、唸りながら大量の唾液を垂れ流している。
「ヒィイ!…キ、キマイラじゃねぇかッ!!」とベルンハルトは後退りオーウェンとトレントにしがみつく様にくっつく。オーウェンは気にする様子もなくトレントと話し始めた。
「貴方がここに閉じ込められた理由を教えていただけないでしょうか?」
「おぉ、エルフの子よ。よくぞ聞いた」
そう言うとトレントはこれまでの経緯をゆっくりと話し始めた。
〜〜〜トレントの話はとても長くゆっくりだったが、とどのつまりはこうである。千年前、この近くの森でドワーフ達によるトレントの乱獲があった。その時、まだ若芽だったこのトレントはある魔物の手を借りてこの迷宮内の森へと逃れた。自力で移動が出来る程成長した彼は迷宮を出て行こうとしたが、その魔物は彼を迷宮の管理者にし、魔物を多く配置して彼がこの迷宮から出られない様にした。それでも、諦めきれなかった彼は再度迷宮の脱出を試み失敗。この檻の中へ閉じ込められ、キマイラがその監視役となったということだった。〜〜〜
「管理者なのに閉じ込められてるのか?」とやっと落ち着いたベルンハルトが聞いた。
「我は迷宮を維持するためだけに閉じ込められたのよ」
「親愛なる我が隣人、我らが力になりましょう」
「…感謝するぞ、エルフと人の子よ」
「ちなみに、転移魔法陣や帰還魔法陣が使えなくなった理由はわかりますか?」
「わからぬ…わからぬが、察しは付く。我を閉じ込めた者は相手を絶望させる事に酷く喜びを感じていた。我を閉じ込めた時にも言ったのよ、これは戒めだと…」
「戒め?」
「外の魔物を倒せるほどの猛者が魔法陣を探してこの神殿へと入り、目の前でキマイラに嬲られる様を見れば逃げ出そうと思えなくなると言っていたのよ」
「ひでぇヤツだな、性根がひん曲がってやがる」と憤るベルンハルトを余所にオーウェンは話を続けた。
「察しが付くと言いましたね、どういうことですか?」
オーウェンが聞くと、トレントは深く頷き言った。
「キマイラはヤツのお気に入りよ。この迷宮の中で何よりも信頼していた。だから、おそらくキマイラが帰還魔法陣の鍵だろうよ。ヤツさえ倒せば魔法陣も使えるようになるだろう」
ベルンハルトは檻の中で安心したからだろうか、いつの間にか寝転がりながら話を聞いていた。
「だが、オーウェン。俺らに何が出来るんだ?マンティコアよりもずっと強そうだし、第一お前の武器も壊れちまってるじゃねぇか」
「…そうだな。この長さじゃヤツが俺の間合いに入る前に、俺がヤツの間合いに入ってしまうな…」
オーウェンとベルンハルトが思い悩んでいると、トレントが話しかける。
「その矛の柄が必要か?」
「はい」
「って言っても、コイツの『ほーてんがげき』っつー武器めちゃくちゃ重くて、生半可な素材じゃ直せないんすよ」とベルンハルトが横から小言を挟む。
トレントがしばらく考え、「あれは使えるか?」と部屋の隅を指差す。そこには大小様々な枝が落ちていた。
「あれは?」
「近々挿木に使おうと剪定した枝よ」
「なるほど!トレントの枝ならめちゃくちゃ丈夫だぜ!」とベルンハルトが早速手頃な大きさの枝を選びに行く。
「…頂いても宜しいのですか?」
「この先もずっとここにいるだろうと思い仲間を増やそうとしたが…エルフと人の子が来てくれた。どうせなら、日差しのいい森で彼らを育てたいのよ」
「わかりました、使わせて頂きます」
そう言うと、オーウェンはベルンハルトと共に枝を見て回った。
ベルンハルトが比較的真っ直ぐな枝を見つけ、オーウェンがそれを引き抜く。
「6mくらいか、随分軽いな」
「軽くて頑丈、それがトレント達が乱獲された理由だからな。まぁ軽いと言っても他の木に比べたらっつー話だが」
「ベルンハルトはこれを加工できるのか?」
「依頼先で道具が壊れる事なんてしょっちゅうだから、ある程度自分で直す技能は身につけるのさ。…と言っても武器職人のように上手く出来はしないが…素材がこんだけいいんだ、この1戦くらいはもってくれるだろう」
「そんなに頑丈なのか、なら加工は難しいんじゃないのか?」
「あぁ、普通のナイフじゃ無理だろうな。…だが、俺達にはこれがある」
そう言うと、ベルンハルトはバックパックをゴソゴソと漁り、牙を取り出した。
「マンティコアの牙か」
「あぁ、これくらい鋭利で頑丈な物なら加工できるはずさ。枝の先は細くて嵌らないから切り落とすとして、残る長さはおそらく4m弱くらいだな。前の柄よりちょっと長くなるが…削るか?」
「いや、それでいい。今は少しでもリーチが欲しいからな」
「わかった」
そう言うとベルンハルトは早速作業を始めた。
以前に1週間に1回のペースで投稿を考えていると書いたのですが、現在85話ほど先を書いており、逆算してみるとこのままでは現在書いている話を投稿するのに2年もかかってしまうと今更ながら気付きました笑
これからは少し頻度を上げつつ、かつ、わかりにくい文章にならないように投稿前に入念に確認するのを継続しながら投稿していきたいと思いますー。
よろしくお付き合いくださいー!