出現条件
マンティコアは体高3mほど、他の魔物と同等か少し大きい程度である。ニタニタと笑う口は耳まで裂けており、その中はビッシリと生えた鋭い牙で埋め尽くされていた。顔の大きさは1mほど、鷲鼻や目尻のシワといった特徴まで細かく再現されており、捕食された人間がどんな顔をしていたのか一目でわかる。
「死にだぐなぁ”あ”あ”い、誰がぁあ”あ”あ”あ!」
マンティコアの吠える声は捕食された人間の断末魔と思われる言葉だった。表情とのギャップはより一層恐怖を煽り、ベルンハルトは胃液をぶちまけてしまう程震え上がった。
マンティコアが叫びながらもの凄いスピードでオーウェンに向かって突進する。オーウェンは身を捻り避けようとしたが、マンティコアの払った右手がオーウェンの左脚付近を薙ぎ払った。オーウェンの身体が30mほど吹き飛ばされ砂煙の中に消えていく。
「オーウェンッ!?」
ベルンハルトが呼びかけるが、返事はない。
「…そんな…!?」
動揺して動けなくなったベルンハルトの首元にふぅぅぅうと鼻息がかかる。
ベルンハルトがゆっくり振り返るとマンティコアは息のかかる距離まで詰めていた。ベルンハルトの恐怖の表情にマンティコアはさらに満足そうにニタニタと笑い、ぬちゃぁと音を立てながら口を徐々に大きく開いていく。
「う、うわぁああああああああ!!!!!」
ベルンハルトが頭を抱えしゃがみ込むと同時にマンティコアが大きく口を開けてその上半身を食い千切ろうとした。
ベルンハルトが死を覚悟した瞬間、砂煙の中から2本の矢が飛び出しマンティコアの両眼を正確に貫いた。「ぎぃやぁあああ」と悲鳴を上げ後退りするマンティコア。ベルンハルトが思わず顔をあげるとオーウェンが方天画戟を振り上げもの凄いスピードでマンティコアへ迫るのが見えた。
「やっちまぇぇええ、オーウェンッ!!」
バタバタとのたうち回るマンティコアが一瞬だけピクッとベルンハルトの声に身体を震わせた。
オーウェンはその動きを見ると、落ちていたバックパックを拾い地面をダンッと蹴り跳躍をして…いや跳躍したように見せ、バックパックをマンティコアの上空へ放り投げる。
刹那マンティコアがその毒針の付いた尾で正確にバックパックを貫く。
オーウェンが表情を変えず、そのピンッと張った尾を根本から切り飛ばすと再びマンティコアが「ぎぃやぁあああ」と身悶えをしてのたうちまわった。
「死にだぐなぁ”あ”あ”い、誰g…」
マンティコアが泣き顔になりながら叫ぶが、オーウェンは躊躇なくその首を斬り落とす。声帯と繋がりを失ったマンティコアの気道に血液が垂れ込み「ぶびゅびゅびゅびゅ」と息が漏れる音がした。
「…オーウェン…大丈夫なのか?」
恐る恐るベルンハルトが近寄ってくる。
「あぁ」
「…あんだけ飛ばされたのに?」
「素早すぎて見切る事が出来なかった、こいつじゃなければ受け止められなかっただろう」
そういうとオーウェンが方天画戟の柄を見せる。柄は弧を描いて一部ひしゃげていた。
「…いや、受け止め切れてねぇじゃねぇか」
「危なかったがギリギリ大丈夫だった」
「…ふぅ、もういいや。お前はそういうヤツだしな。それより、どうやってあの毒針の攻撃を見切ったんだ?あのまま飛びかかってれば間違いなく貫かれていたのはお前だったぜ」
「人間を狙って食べるようなヤツだ、人間の事を良く理解しているんだろうと思った。自分が優位に立っていると信じてしまった時が一番油断しやすい、ヤツも当然それを知っているだろうと考えた。ベルンハルトが声をかけた時にヤツが身体を強張らせた、それで確信したんだ」
「…そうだったのか」
「あぁ。それに人間的な思考に馴染んだぶん、ヤツ自身の思考も人間寄りになるんじゃないかとも考えていた。実際、ベルンハルトを狙っていた時のアイツは一番油断していたからな」
「…ん?お前、俺が喰われそうになってたのを見てたのか?」
「あぁ。あの油断が無ければ、こんなに早々に方はつかなかっただろう」
「…なんだろ、今すげぇ泣きそうな気持ちなんだが…」
「あれほどいい悲鳴はそうそう出せるもんじゃない、ベルンハルトは良くやったぞ」
オーウェンが悪びれない様子で言うと、ベルンハルトは「はぁ、…どうも」と、から笑いして一息ついて言った。
「そぅッゆーッ、こッとじゃッねぇんだよッ!!」
ーーーーーーー
囮にされた事にご立腹のベルンハルトは5階層に入ってもしばらく不機嫌だったが、魔物の鳴き声がすると何も言わずにオーウェンに近寄って来た。しばらく歩を進めると2人の前に神殿のような建物が現れる。
「…なんじゃ、こりゃあ?」
「以前には無かったのか?」
「あぁ、一緒に潜った仲間からの報告にもこういう施設の話は無かった」
ベルンハルトの証言を聞いたオーウェンが少し考えた後にゆっくりと口を開く。
「…なら、今回の探索ではこれが出現する条件を満たしたという事かもしれない」
「どういうことだ、オーウェン?」
「これまで、この迷宮の魔物達の生態系が大きく崩されることは無かった。だから、この建物はこれまで現れなかったんだろう」
「…つまり?」
「恐らく、この中にいるのは管理者か。それに準ずる何かだろう。迷宮の秩序を著しく乱した俺達を直接排除しに来たということかもしれない」
オーウェンの言葉を受けてベルンハルトが泣き出しそうな顔をしながら言う。
「…オーウェン…俺は…もう…」
「皆まで言うな、俺も引き時は心得ている。先程のマンティコアにはギリギリ勝てたと言え、かなり危険な場面もあった。それに方天画戟もこんなふうにひしゃげては、満足に戦えない。引き返そう」
そういうと、オーウェンはサッと踵を返し帰還魔法陣の方へと歩き出す。
「い、いいのかッ?オーウェン!?そんなに、あっさり諦めて!?い、いや、俺は有難いんだが…」
「死んでは元も子もないからな。足りない事に気付く事も出来た、今はこれが精一杯だ」
「で…でもよ?」
「ベルンハルトが気に病む必要はない、力をつけてまた挑戦するとしよう」
「そ、そうか。そうだな、…オーウェンならきっと出来るさ」
などと話しながら、2人は帰還魔法陣の上へと立つ。青白い光が2人の身体を…包まなかった。
「ど…どうなってやがるッ!?」
「起動しないな」
「こうなったら、階層毎の転移魔法陣で下の階層まで戻ろう!」
「…あぁ」
2人は急いで転移魔法陣の場所へと引き返すが、転移魔法陣も起動する事はなかった。
「クソォッ!」
ベルンハルトが悪態を吐き、背負ってきた荷物を地面に叩きつけた。
「なんで魔法陣が起動しねぇんだッ!」
「逃がさない…そういう事なんだろう」
「…マジかよ、罠じゃねぇか…こんなの」
そういうと、ベルンハルトは肩を落としペタリと座り込んだ。オーウェンはしばらくベルンハルトの様子を見ていたが、少し考えた後に「よし」と言い建物の方へと歩き始めた。
「…どこ行くんだ?」
ベルンハルトが生気のない顔で聞く。
「あの建物に行く」
「…そんな壊れた武器を持ってか?」
「あぁ。相手がジェヌインなら活路はまだあるかもしれない」
「へッ…何を根拠に…」
「単純に俺たちを殺す力があるのなら、さっさと出てくるはずだ。だが、それをしていない」
「…単純に嬲り殺しにする準備をしているだけかもしれねぇじゃねぇか…」
「そうかもな…だが先に進むしか道はない」
そう言うと、オーウェンはバックパックを背負い込み歩き始めた。
しばらく、歩いていると後ろから駆け足でベルンハルトが追いかけてくる。
「…待てよ。ふぅ…、俺も行く」
「無理についてこなくていいぞ」
「お前とここで別れれば、俺は魔物のエサになる一択しかねぇからな。この際、這いつくばって命乞いでもなんでもしてやるぞ」
そう言うと、ベルンハルトは声を震わせながらもいつものようにオーウェンの前を歩き出した。
「三国志にあんまり詳しくないんだよなぁ」という方のために、第一話の前書きに呂布さんの簡単な人物像を追記しておきました。まぁ転生後は三国志要素ほとんど無いので、そこまで重要じゃ無いかもしれませんが「…背景知らんから、第一話がわかりづらかったな」という方は読んでみてください。これをきっかけに呂布さんを知ってくれる人が増えてくれたらと思います!(笑)
続きますー♪