迷宮
1時間ほどでベルンハルトは身支度を済ませてきた。周囲の者は「あんなに金払いがいいなら、ベルンハルトの旦那よりも先に受けときゃ良かったぜ」などとボヤいていたが、ベルンハルトに「なんか文句があるのか」と凄まれると一斉に押し黙った。
「もっと粗暴なヤツらかと思っていたがな」
オーウェンが言うと、ベルンハルトはふっと笑って言った。
「まぁ、他の国にいる連中に比べれば随分礼儀正しいもんだ。アイツら場合によっては依頼主でさえ襲うからな、だがそういうヤツはこの森では働けないんだ」
「…どういうことだ?」
「前に依頼主を殺して金だけ奪ったヤツがいたんだが、翌日にはそいつは縛り首になっていた」
「罪を犯せば捕まるのは当然だろう?」
「…捕まったのが早すぎるんだ。ソイツはここら辺の地理に詳しくて逃げ足の速いヤツだったが国境を越えるどころか領外に出る前に憲兵に捕まってた。憲兵が言うには『精霊より逃れる術を持つ者はいない』だそうだ」
それを聞いたオーウェンの頬を汗が垂れる。
(…なるほど、木霊を介して森の状況を把握している者がいるのか。ならば、俺の動向が把握されるのも時間の問題だな)
「急がねばな…」
「オーウェン、急にどうした?」
「いや、時間が惜しい。さっさと潜ろう」
そう言うとオーウェンは足早に迷宮の入り口へと向かった。
ーーーーーー
迷宮内は思ったよりも広かった。古代エルフ族の遺跡だったが長く放置されている間にいつのまにか魔物の巣窟と化したようだ。
(これなら方天画戟を振るうのも問題なさそうだな…)
オーウェンが光魔法を展開すると、ベルンハルトがヒューっと口笛を吹いた。
「ランタンも松明も持たずに入って行くから気が気じゃなかったが、黒髪でもエルフはエルフっつーことか」
「あぁ、俺は黒髪だが多少は使えるんだ」
「安心したぜ。ついでに聞くがその大振りなハルバードは本当に使えるのか?」
「方天画戟の事か?もちろんだ、使えない武器を見栄で持ち込むほど俺は馬鹿じゃない」
「たまにそういう貴族連中がいるんだ、気を悪くしないでくれ。持ってみてもいいか?」
「あぁ」
そう言うと、オーウェンが片手で方天画戟を渡す。ベルンハルトは最初、片手で受け取ろうとしたが、あまりの重さに慌てて両手で抱えるように掴んだ。
「くっ…なんて重さだ!こんな…のを振り回せるのか」と驚くベルンハルト。
オーウェンは表情を変える事なく、ベルンハルトの腕から方天画戟を受け取ると片手で担いでみせた。
「耐え得るだけの鍛錬を積んで、ひたすらに振るってきた。それだけの話だ」
「いや、そんな簡単な話じゃねぇような気がするが…」
などと会話をしていると暗い廊下の向こうにキラリと光が見えた。
「オーウェン、危ねぇ!!」とベルンハルトが叫ぶと同時に矢がオーウェン目掛けて飛んでくる。
予期せぬ攻撃に大声を上げるベルンハルト。
しかしその後のオーウェンの行動にさらに驚いた。
オーウェンは飛んできた矢を片手で捕まえると、弓を構え矢の飛んできた方向へ素早く打ち返したのだ。
光のような速さで暗闇に矢が吸い込まれ、後に骨が砕け落ちるような音が聞こえる。
「なんだ、今のは?」と言うオーウェンにベルンハルトが勢い良くツッコんだ。
「いや、ソレこっちのセリフ!!何?何したの今?」
「ベルンハルトも見ていただろう。矢が飛んできた」
「見てたよ!でも、そこじゃねぇ!飛んできた矢を捕まえて打ち返したでしょ!?」
「…矢筋が見えれば、それほど難しいもんじゃない」
「光魔法があるとは言え、暗闇の中から飛んでくる矢を捕まえられるヤツがホイホイ居てたまるかよ!」
ベルンハルトの混乱を他所にオーウェンはスタスタと矢の飛んできた方向へ歩いて行く。
散らばった骨を見てオーウェンがポツリと呟く。
「スケルトンか…」
追いかけてきたベルンハルトが散らばった装備を拾い上げて言った。
「エルフじゃねぇな、俺らがここを縄張りにする前に入った探求者か護衛だろう」
「これまでの探索で、出会す事はなかったのか」
「初級階層ではいい拾い物が期待出来ないからな。特に5階層くらいまでは、探索を行わず転移魔法陣まで一直線に進む事が多いんだ」
「つまり、探索自体はあまり進んでいないのか」
「そういう事だ。5階層以降も多少範囲を広げて探索するが転移魔法陣から極端に離れるような事はしない、それだけで十分に利益は得られるからな」
「なるほどな…」
そう呟くと、オーウェンは砕けたスケルトンの額の隙間からキラキラした石を取り出す。
「これが魔石か…」
「あぁ、魔素は魔物の中で核となる部分に集まり魔石になる。スケルトンの場合は前頭洞と呼ばれる隙間に魔石が入っている事が多い」
「多いということは…そうじゃない場合もあるという事か?」
「あぁ。ここら辺でみる事はまずないが、リッチのような上位種になれば背骨のひとつである軸椎が魔石化するって話だ。俺は自分で採取した事は無いが、駆け出しの頃に名のある冒険者に見せてもらった事がある」
「そうか、人族には上位種を倒せる凄いやつがいるんだな」
「まぁ探求者に比べて冒険者は生きていくのに必死だからな」
「…探求者と冒険者は違うのか?」
「探求者ってのはお前みたいに迷宮への侵入権を持ってる身分あるヤツが名乗れるもんだ。簡単に言えば、稼ぎよりも他の目的で迷宮に潜ってるヤツらのことさ。冒険者ってのは後ろ盾のない平民連中でな、ギルドから迷宮に潜る権利を保障してもらって日銭を稼ぐんだ。貴族連中から注文された品を探索しに迷宮に潜ったり、護衛をしたり、金稼ぐためならなんでもやるぜ」
「ベルンハルトも冒険者なのか?」とオーウェンが尋ねると、ベルンハルトは「そうだ」と言いながら腕をグッと曲げて力瘤を見せる。
「なら何故、探求者を待っていたんだ?」
「聖アールヴズ連合国には冒険者ギルドが無いからな、この国にある迷宮には探求者しか入れねぇ。だが、その分探索が進んでねぇからレアな素材もわんさか出るって事さ」
「なるほどな、良くわかった。礼をいう」
「なに、当然の事さ、あれだけ金貰ったんだからな」というとベルンハルトはニカッと笑って見せた。
会話を終え、魔石を拾ったオーウェンは他に興味を示さずさっさと歩き出す。
「おい、オーウェン!コイツの落とした装備拾わねぇのか?」
「弓も矢も自分の物があるからな」
「いや、そういう事じゃなくて。これ売ったら全部で90,000コルナくらいにはなるぞ?」
「荷物になるからな、それよりも先を急ぎたい」
「あの〜…オーウェンさんが要らねぇのでしたら…俺が貰ってもいいです?」
「あぁ、構わない」
そう言うと、ベルンハルトは今日イチの笑顔でダブルピースをした。
ーーーーーー
それからオーウェンとベルンハルトは迷宮の奥へと進んでいく。1階層ではスケルトンが主だったが、2階層以降では巨大化した蜘蛛やカエル、トカゲやヘビなど様々な魔物が出現した。本来であればそれなりに時間がかかるところだろうが、オーウェンは姿が見えるかどうかくらいの距離から矢を射るため交戦することはほとんどなく、非常にスムーズな探索となった結果10時間で初級階層を通過することとなった。
10階層を抜けたオーウェンとベルンハルトは転移魔法陣以外何もない通路に出る。
「この通路は転移魔法陣しか無くて魔物が出現出来るスペースも無いからな、安全地帯ってやつだ。しかし、まさかその日のうちに10階層まで進むとは思わなかったぜ。…本当に拾った装備は俺が貰っていいのか?」
「あぁ、俺は上の階層に用があるだけだからな」
「オーウェンは何を探しているんだ?」
「…物というよりも証だ、この迷宮の上級階層を攻略した証が欲しい」
「お貴族様ってのはホント変わってるな、そんなモノに命をかけるなんて」
「…あぁ、そうだな。だが必要なんだ」
「…まぁ、俺は得するから何でもいいんだけどな。じゃあ、お休み」
そう言ってベルンハルトは横になった。
迷宮に入って初めて迎える夜、オーウェンは壁にもたれかかり座った姿勢のまましばらく警戒を解かなかったが、多少の疲れもあっただろうか、いつしか眠りについていた。
続くんですー




