オーウェンの学園生活?
ティンカーとゴーシュが合流しているとはいざ知らず、オーウェンは学園生活の真っ只中にいた。ドミニクがぶっ倒れた次の日、オーウェンは最高等学院卒業試験と採用試験の両方を難なく突破し特別教室のティーチングアシスタントとなった。と言っても、座学の授業時間にオーウェンの出番はない。実技の授業と放課後に質問を受けるくらいで、あとは基本的に自分の事を優先出来る時間となった。当初、オーウェンは授業が終わるたびに王女殿下達の進度状況を確認していたが、2人の学力に問題がないと知ると徐々に距離を置くようになった。実技科目の無い日などは朝のホームルームを終えるとさっさと教室を出ていき、放課後の教室に着替えを取りにくるついでに質問をいくつか受ける程度だった。
「オーウェン様ったら、最近はホント素っ気ないですわ。まぁ、殿方が一心不乱に鍛えているお姿というのも素敵ですけれど」
「私は、もっとお話したいですぅ」
と2人が口々に不満を言う。
「すみません、シャルロッテ様、イザベル様。しかし御二方とも良く勉強されておりますし、ティーチングアシスタントとしての役目は現状で事足りていると思います。それに必要以上に側に居ると、かえって御二方の勉学の妨げにもなりかねませんので」
悪びれる様子も無く言うオーウェンに対し、2人は「もう、鈍感なんだから」だのなんだの言っていたがオーウェンは最早聞いていなかった。
(…鍛錬を怠れば身体が鈍ってしまうからな。やらなければならないことはたくさんある)
〜〜〜やらなければならないこと…それはもちろん、陳宮達にオーウェンの存在がわかるように武名を轟かせるという事である。入学して半年ほど経った頃、オーウェンはこれまでの取り組みが上手く行っていない事を知った。というのも、てっきりオーウェンは巨大熊を倒した事は各国にも伝わっているだろうと思っていた。王妃から仮にも騎士団を名乗る事を許され、しかも王家や公爵家の者達の前でその偉業を成し遂げたのである、それぐらいは当然だと考えていた。しかし、実際は聖アールヴズ連合国の諸外国どころか、オーウェンのいるヴァルド王国内でも大きく取り沙汰された様子が無かった。モンタギュー領に隣接する他領の認識も、せいぜい魔物化した熊を侯爵家の者が討ち取ったという所だった。〜〜〜
(あれ以来、クロエ王妃殿下からも便りは無くなった。恩を着せるわけではないが、あれだけの大物を討ち取ったとなれば父上と共に叙勲されてもおかしくないようなものだが…)
不満というよりも焦りに近い感覚を覚えたオーウェンは、それとなくシャルロッテ達に話を出してみた。
「…ところで、クロエ王妃殿下にお変わりはありませんか?」
「えぇ、変わりなく元気ですわ」
「それはよかったです。特別教室のティーチングアシスタントの依頼を受けさせて頂く旨のお返事を出したのですが、特に返事が無かったものですから何かあったのかと心配していたのです」
「あら、そう?まぁ、でもオーウェン様の様子は私達からお母様に定期的に伝えていますわ」
「…そうなんですか?」
「えぇ、オーウェン様が学院でどうしているか様子を知りたいと言っていたのですわ。きっと将来の事を考えてくださって…」とシャルロッテが頬を赤らめモジモジしていたが、オーウェンは腑に落ちないといった表情をしていた。
(…何故、王女殿下達を介しているのか。巨大熊討伐の件が公にされていない事にもクロエ様が関与しているのだろうか)
「オーウェン様、どうかされまして?」とシャルロッテが顔を覗き込む。
「…いえ。なんでもありません。クロエ様にもよろしくお伝えください」
そういうと、オーウェンはスッと踵を返し教室を後にした。
ーーーーーーー
オーウェンは学院の施設で鍛錬をしながら、あれこれと考えていた。
(…今考えてみるとおかしな部分が多い。これだけ自由に出来る上に給料は正式な講師と同等の額で、ティーチングアシスタントとして学園に残るという選択肢が優遇されすぎている。生徒として放っておかなかったのは必要以上に目立たせないためで、ティーチングアシスタントにすることで活躍の場を減らしつつ動向を探ろうということかも知れない…)
この扱いは前世でも経験がある。
(…あまり考えたくはないが、クロエ王妃殿下は俺を飼いならそうとしているのか。しかし、ここまで隠されるのは何か理由があるのか)
考えてもクロエの意図はわからない。
(…父上に聞くという手もあるが、確証は得られていない。安易に相談すれば父に王家への猜疑心を抱かせてしまうかもしれない。いずれにしても、何か証拠を掴まなければ…)
そして、オーウェンはある事を思いついた。
〜〜〜オーウェンは鳳雛隊を結成した際に迷宮への侵入権を得ている(第20部分「オーウェンとアウグスト」参照)。迷宮の攻略には国外からも冒険者が往来しており、この国と結びつきが少なく噂好きの彼らなら王家に忖度することなくオーウェンの功績を他国へと伝えてくれるだろう。それにオーウェンが迷宮へ入り功績を立てれば、クロエが何らかのアクションをしてくる可能性が高い。〜〜〜
(…そうと決まれば!)
オーウェンは一足早く寮に帰宅し、身支度を始める。バックパックに買い込んできた食糧を詰め込み、鎧や方天画戟などの武器を揃え、翌日の早朝に誰にも見られないように窓から屋根伝いに移動し、迷宮のある森へと向かった。
ーーーーー
迷宮の入り口には武器を持った冒険者が数人たむろしていた。オーウェンが入り口に着くと、待っていたと言わんばかりに彼らが近づいてきた。
「大層な装備と荷物だな、エルフの坊ちゃん。護衛は要りませんか?」
「あぁ、俺一人で十分だ」
「まぁ、そう言わずに。中は坊ちゃんが思っている以上に危険ですぜ。ここにいる冒険者達はこれまでにも多くの探求者の護衛を経験してきてんだ。迷宮内の案内も出来るんですぜ、雇っておいて損はねぇですよ」
「生憎、護衛料を払えるほどの持ち合わせも無いのでな。またの機会にお願いすることにしよう」
「…はぁ、そうっすか」
と一頻り会話が済んだ所で動かず座っていたリーダー風の男が口を開いた。
「おい、…お前いくつだ?」
「生まれてからという意味であれば7歳だ」
するとさっきまで絡んでいたヤツらは「なんだ、ガキじゃねぇか。やっぱエルフは見た目じゃわからんな」などと言いながら離れていく。リーダー風の男がゆっくり立ち上がり、オーウェンに歩み寄ってくる。
「…お前のようなガキが、なぜ侵入権を持っている?」
「話す必要性を感じない。しかし、王家より俺が直々に賜った物であるというのは事実だ」
オーウェンは全く動じることもなく言い返す。
他の者達は「身体付きと口だけは一人前だな」だの騒いでいたが、リーダー風の男は黙ったままオーウェンを見つめていた。
「…坊主、名前は?」
「…」
「俺はベルンハルトという。坊主の名前を聞かせてくれないか」
「オーウェンだ」
「オーウェン、お前は自分の力に自信があるようだがこの先に待つ魔物達はお前のクラスメイトほど聞き分けが良くないんだ。悪いことは言わない、今すぐここを去るか護衛を一人雇え」
「…なるほど、そこまで言うのなら一人護衛をお願いできないか」
オーウェンは周囲を見渡すが「生意気なガキのお守りなんざ勘弁だぜ…」と誰も目を合わそうとしない。ベルンハルトはふぅと溜息をつくとオーウェンに向き直った。
「まぁ、俺が言い出した事だ。俺がついて行こう。護衛料は初級階層までで15,000、中級階層なら50,000、上級階層なら100,000コルナだ。上級階層より先を俺は確認したことが無いからこれ以上料金の変更はないが、追加の日数分だけ料金が増える。料金は先払い。途中で怪我したり食糧が尽きたりして探索継続が困難な状況になった場合は約束の階層や日数に満たなくても引き返す。返金は一切無い」(※1コルナ=約1円)
「あぁ、わかった。他に条件はあるか?」
「食糧や水の確保にかかる支度金は別途で頂く、1日あたり5,000コルナだ。後は自分で揃える」
「いいだろう」
「…お前の年で簡単に出せる額では無いと思うんだがな、まぁいい。それで…オーウェンはどこまで潜りたいんだ?ちなみに初級は10階層あって1階層あたりの探索時間は2時間程度。中級は15階層で3時間、上級は5階層で5時間ってとこだ。休憩時間も含めるから倍の長さをイメージするといい」
「なるほど、参考になる」
そう言うと、オーウェンがバックパックをゴソゴソと探りながら言った。
「上級階層およびその先を目指す。助言通りなら8日だが先を考えて10日の契約をお願いしよう。支度金として50,000コルナを先に渡す、1時間で食糧や水の確保を済ませてくれ。残りは迷宮に入る時に渡す」
オーウェンの気前の良さに「…いや、持ち合わせ十分にあるじゃん!」と冒険者達は騒ぎたてたが、ベルンハルトが大声でそれを遮った。
「うるせぇ、オーウェンさんは俺の依頼人だッ!」
続きますー