ゴーシュ
ゴーシュはケンタウロス族の父母のもとに5人兄妹の三男として生まれた。生まれてすぐに立てなかったため、“不器用”という意味のゴーシュと名付けられた事、その後も何かと周囲とウマが合わないため内向的になっていた事などをゴーシュは切実な雰囲気で話した。
ウマが合わないの件で噴き出しかけたティンカーの顔を恨めしそうに睨むゴーシュ。
「なんだよ、この身体に慣れるまでホント大変だったんだから」
「ごめん、ごめん。いや真剣に聞いてたんだけど、そのナリでウマが合わないとか言うから」
「…フフ、確かにちょっと面白い」
「でしょ」
そう言ってしばらく2人は笑っていた。
「でも良かったよ、ティンカーとこうして会えて。…そう言えば呂布殿はどうなったの?」
「どっかで上手くやってるんだって。詳しい事は言えないルールだって言われたから、それ以上は聞かなかったよ」
「ふーん、珍しいね。ティンカーならもっと食い下がるもんだと思ってたけど」
ティンカーが少し間を置いて話した。
「2人を探すのにいっぱい頑張ったけど、自分じゃどうにもならなかったのさ。ゴーシュを見つけるのも神頼みだったんだ、その神様が心配するなって言うんだから信じるしかないよ」
「…苦労かけちゃったね」
「あぁ。…そう言えば、脚の方は大丈夫?」
「んー、今は蹄鉄を頻回に変えてもらってるんだけど、身体も大きいし見た目以上に脚力も強いからすぐすり減ってしまってね。少し痛みもあるんだ」
「そっか、ちょっと見せて」
そう言ってティンカーはゴーシュの足元へと回る。
「見た目ではあまりわからないけど、蹄葉炎ってヤツかもしれない」
「なにそれ」ゴーシュが不安そうな顔で聞いてくる。
ティンカーがすんすんと匂いを嗅ぎながら言った。
「血の巡りが悪くなると起こる病気だって書いてたよ。腐った匂いも無いし、まだ軽症だろうから。治療用の蹄鉄に替えよう。あとは麻痺魔法で痛みだけ抑えながらリハビリだ」
「なんか医者みたいでカッコいいね」
「ここに来るまでに蹄の病気も勉強したんだ。まぁ、合っているかはわからないけど。それじゃあ、工房に戻ろっか」
「あ…乗ってく?」
「病人に鞭打つことはしないよ。ほら、行くよ」
そう言うと2人は工房に向かって歩き出した。
ーーーーー
それからゴーシュはリハビリのためティンカー達と共に暮らした。痛みは2週間程で改善し、徐々に走りもしっかりしてきた。ティンカーは治療の合間に何やら新しい蹄鉄の開発に勤しんでいるようだった。1ヶ月半ほど経った頃だろうか、ティンカーが工房裏の庭へゴーシュを呼んだ。
「もう全然痛くないよ、ティンカー」
そう言うと、ゴーシュは軽快に走って見せる。
「調子良さそうだね、それじゃあ新しい蹄鉄に変えてみようか」
そう言うとティンカーは袋からキラキラした真新しい蹄鉄を取り出す。
「なんか変わった形だ、よく見ると色も層状になってる」
「打ち付けると言うよりは『履く』構造にしたんだ。シンザン鉄って呼ばれた作りにさらに改良を加えてね。色は軽量合金や超硬合金なんかを数種類組み合わせてるからかな。あとは…まぁ実際に履いてみてよ」
ティンカーは削蹄しながら一つずつ合わせていく。
「…よし、出来た。ちょっと歩いてみて」
「…!凄いよ、コレ。蹄に負担が無い。石の地面も土の地面も歩き心地が変わらない」
「地面の質に合わせて、変形する魔法をかけたからね。次は走ってみてよ」
ゴーシュが走りだすとカンカンと鐘を打ち鳴らしたような音がして、ティンカーがポツリと呟いた。
「…やっぱりね」
「どういうこと?」
「ゴーシュは脚力が強いから、後脚が前脚の蹄鉄とぶつかって少しずつ怪我してたんだよ。シンザン鉄は前脚と後脚の両方を守る構造をしてるのさ」
「んー、よくわからない」
「詳しく話すとキリがないけど、まぁ簡単に言えば走っても怪我をしにくくなったって事だよ」
「ふーん」
ティンカーとゴーシュが話をしているとレギンも遅れて様子を見に来た。
「変わった音がすると思ったら、やっぱりお前達だったか」
「すみません、レギンさん。…煩かったですか?」
「いや、澄んだ音で俺は好きだぜ。…ふむ、変わった形だな…コイツは…俺には作れない」
ゴーシュが「え?」と言うと、ティンカーが話し始めた。
「この蹄鉄は溶接せずに魔法で金属を変形させたんだ、溶接した部分は脆くなるからね。だからこれは、ボクにしか作れないんだ」
「そっか…なら、僕はティンカーについていくしかないね」
あっさりとしたゴーシュの反応にティンカーは少し驚いた。
「家族と離れ離れになっちゃうよ、いいの?」
「元々ティンカー達に会えたら一緒に行くつもりだったし。冬は食糧も少なくなるから、僕が家を出ればその分妹達の食べる物が増えるし…一石二鳥だよ」
「そっか」
「そうと決まれば早速、母さん達に話しなくちゃ。いつ帰る?」
「荷造りもあるし明日かな…待って、ボクもついていく」
そう言うと2人はゴーシュの家に向かった。
当初ゴーシュの父母は不安そうだったが、ティンカーがゴーシュをガンダルフ商会で正式に雇う予定である事を具体的に話すと徐々に安心してくれたようだった。
「だからね、母さん。僕がティンカーのとこで働いたら仕送りも出来るし、蹄鉄も直してもらえるし。一石二鳥なんだよ」
「そうかい。私達は寂しくなるけど、お前がそうしたいと言うなら頑張ってみなさい」
「有り難う…母さん、父さん」
ちなみに、ゴーシュの妹達は泣きながら「本当にお兄ちゃんで大丈夫?」などと言っていた。ゴーシュは「何の心配してんの?」と苦笑いしていた。
ーーーーー
翌日、ゴーシュとティンカーは帰路についた。荷馬車はヴィトルに任せて、ティンカーはゴーシュの背に乗って話しながら歩く。ゴーシュのスピードに引っ張られてだろうか、馬達も負けじとスピードを上げる。そのおかげで、ティンカー達は雪道にも関わらず予定より3日も早くガンダルフ達のもとへ帰ることができた。
「ティンカー、よく戻ったな。ん…そっちのケンタウロスの坊ちゃんは?」とガンダルフが目をパチクリさせる。
「彼はゴーシュ、レギンさんから依頼があった子だよ。ゴーシュは脚力が凄くてね、蹄鉄はボクにしか直せないから、側で働いてもらおうと思ってついて来てもらったのさ」
「そうか…まぁ、働き手にスカウトしたっていうなら文句は言わないさ。しっかり面倒見てやれよ」
「もちろんだよ」
「…とにかく無事に帰ってきて良かった。注文リストがまた溜まっててな。…えーっと、何処にしまったっけな…」
などと言いながら、ガンダルフは机の引き出しを覗き注文リストを探していた。ティンカーとゴーシュはガンダルフに気付かれないように、そっと部屋を出ていった。
ひとまずティンカー達の出番はここまでです。次回からはオーウェン達の話へ戻りますー。