学院のアイドル
ドミニクが目を覚ましたのは、昼休みがとっくに過ぎ午後の授業も半ば終わりかけた頃である。医務室のベッド上で身体を起こして周囲を見渡したが、取り巻きは誰も居なかった。
(皆、ボクを置いて早退したのだろうか…。あの連中はダメだな…)
当初、ドミニクは何故医務室にいるのか、理由がわからなかった。記憶を順々に辿っていく…そして、オーウェンの顔を思い出した所でドミニクはもう一度気を失いそうになった。
(あんな美少年が存在するのか?奇跡だろ!?神々しすぎる)
思い出しながらドミニクはとても落ち込んだ。この先、数百年はあの美少年が存在し続けてしまうからである。ドミニクが落ち込んだ理由、それはエルフの成長の特性にある。
〜〜〜エルフは人族に比べて長命な種である。平均的な寿命は約300年だが、最高齢は359歳と未だに更新を続けている。寿命が長い事から、成人になるまで人よりも長く時間がかかると思われがちだが、実はそうではない。彼らは5歳ごろまでは人族と同じように成長するが、その後は成長速度が加速する。これは平地を歩く人間達と違い、エルフが元来樹上で過ごす事に適した種族であったことに由来している。7歳頃には人族で言う15歳程の体付きとなり、その後20歳ごろまでは緩やかに成長し人族で言う17〜18歳程の体付きになる。そして20歳をすぎると今度は成長が極端に遅くなる。つまり、彼らは身体能力が最も高い状態で何百年も生きるのである。禿げたり、成長の過程で顔の骨格が著しく変化する人族と違い、エルフはずっと若々しい肉体を保ち続ける。もちろん髭も生えるが、肌がきめ細かいため剃ってしまえばわからない。因みに、歳を取っているかどうかはぱっと見わかりづらく、外見で判断するには耳の張りの良さを指標にする。一般的に耳介がシャープな程年齢は若く、高齢になると側頭筋の衰えから耳介が丸みを帯びたり立ち耳になるといった加齢現象がおこる。しかし、これらの変化が見られるのは大体250歳ごろからである。〜〜〜
つまり、この先少なくとも200年はオーウェンはあの顔のままである。
(ボクがモブのような扱いを受けるだと…ッ!?)
絶望感が強くなり、ネガティヴな思考が増していく。取り巻きの連中は今頃、オーウェンに乗り換えているんじゃないのかなどと、根拠もない事を考えてしまう。
(…アイツら、散々ボクのことを好きだとか騒いでいたくせに…。いや、アイツらの事は今はどうでもいい。ボクがこんなに屈辱的な思いをするなど…ッ。許さん、許さんぞッ。麗しのオーウェン!!)
一方、ドミニクがそんな思いをしているとはつゆ知らず、オーウェン達は午後の授業を終えて寮に向かう所だった。
ナサニエルがふーっと溜息をつきながら言う。
「やーっと終わったわ。てか、昼間の先輩変な人だったな。鼻血吹いて倒れた時はビックリしたが」
「俺たちが食堂にいた事が余程気に入らなかったんだろう、頭に血が上り過ぎたんだ」
「…たぶん、そう言う事じゃないと思うんだけどな」
「ん、なんだ?」
「いや、なんでもねぇよ。ってか食堂に来るの遅かったな。なんか、あったのか?」
「あぁ、飛び級の話があってな」
「飛び級?お前、2年次になんの?」
「いや、卒業を提案された」
「入学初日で飛び級卒業とか、ある意味新手の嫌がらせだな…。いったい何があったんだ?」
「ここの講師が俺の元家庭教師と知り合いでな、当時の俺の成績を見たことがあるらしい」
そう言って、オーウェンは紙を見せた。
「…お前、最高等学院卒業しているじゃねぇか」
「卒業はしていない。模擬試験でその域に達したというだけだ」
「…んで、どーすんのよ?」
「学院長からご配慮を頂いてな。明日、卒業試験を受けてここのティーチングアシスタントになる」
「結局卒業するのかよ!…しかも、お前がまた上官になるっつーオチ付き」
「いや。俺は王女殿下達からの希望もあって、彼女達がいる特別教室のティーチングアシスタントになる予定だ」
「…なぁんだ、また違うクラスか。つまんねーの」
「…王女殿下達は色々と相談できる学友が欲しいと言っててな。学年末試験で成績上位者10名に限り特別教室への編入を許可するということだ」
ナサニエルが肩を落とす。
「俺、座学苦手なんだよ。家庭教師にも物覚えが悪いと言われたしな…」
「俺は、ナサニエル達がきっと頑張ってくれると信じている」
オーウェンがそう言って悪戯っぽく笑う。
「…卑怯だろ、それ。わかったよ、頑張ってみるさ」
「あぁ、期待している。余談だが特別教室の実技科目は俺に一任されている。学外での演習なども考えているからな」
「…ほんと、人を乗せるのが上手いんだから。頑張るしかねぇじゃねぇか」
「そりゃそうさ。俺だって学院の生活を楽しみたい。どうせなら、仲良いヤツらと一緒にいる方がいい」
「…そうだな」
「あ、ちなみに今の話は明日掲示板に貼られるんだと」
「なんでだよ!?公爵家の連中には隠しておけばいいじゃねぇか」
「公平性というものなんだろう。そこは俺がどうこうできるもんじゃないからな。ここから先はお前達の頑張り次第だな」
ナサニエルがまたふーっと溜息をついた。
「…勉強手伝ってくれよな?」
「あぁ、そうしてやるつもりだ」
そんな話をしている間に寮に着くと、寮の前がざわついている。
「なんだ、なんだ?」
ナサニエルが人混みを掻き分けていくと、シャルロッテとイザベルが囲みの中に居た。
シャルロッテとイザベルはキョロキョロと周囲を見回していたがオーウェン達を見つけると走り寄ってきた。
「オーウェン様!特別教室のティーチングアシスタントの件、受けてくださって有り難う御座います!」
「有り難う御座いますぅ」
「シャルロッテ様、イザベル様。私に『様』をつけるのは御遠慮いただけませんか。お二人の威厳に関わります」とオーウェンが困ったような顔をしてみせる。
「あら、尊敬できる素敵な殿方に使うのは不自然じゃありませんわ」
「それにぃ、明日からは私達の先生なんですものぉ。全く問題じゃありませんよぉ」
とシャルロッテとイザベルが嬉しそうに話す。
一方、周囲はガヤガヤと騒ぎ立てていた。
「オーウェンが先生ってどういう事だ?」
「しかも、特別教室のティーチングアシスタントって言ってたぞ」
「オーウェンって頭まで良かったの?」
などと一頻り騒いだ連中が一斉にナサニエルに詰め寄る。
『ナサニエル、どういう事なの?』
「急になんだよ。…あー、なんかな。コイツめちゃめちゃ勉強が出来るからサジ投げられて、卒業してここを去るか就職かって話になったんだってさ。それで特別教室のティーチングアシスタントになる事にしたんだってよ。わかった?」
『全然わからん!』
「まぁ、俺も納得はしてねぇけどよ。…簡単に言えば、勉強の面でもオーウェンは規格外だったって事よ」
ナサニエルがそう言うと、急に皆納得した顔になった。
「なんだ、そういう事か」
「まぁ、オーウェンだしな」
「むしろ、オーウェンがアタシ達と普通に習い事している方が想像しづらいわね」
「ハハハ、確かに!」
一同が和やかな談笑ムードになっている中、一部納得のいっていない者達がいた。公爵家の新入生達である。
〜〜〜公爵家出身の新入生達は、何かと話題にあがるオーウェンという侯爵家の息子が気に入らなかった。公爵家のクラスと侯爵家以下のクラスは講義棟自体が違うため関わる事もないだろうと考えていたが、オーウェンが同じ棟にある特別教室のティーチングアシスタントになると聞いて不満が一気に高まったようである。〜〜〜
そんな彼らの心情を余所に、ナサニエルが話を続ける。
「それと学年末の成績上位者10名に限り、なんと特別教室へ編入出来るってよ。オーウェンが寮で補習してくれるっつーから希望するヤツは放課後に自習室に集まれってさ」
「それって、貴方達みたいな下級貴族が私達と同じ棟で学ぶってこと?」
急に公爵家のリーダー格の女子が話に割って入る。ナサニエルが振り返るとベアトリス・リッチモンドが腕組みをして仁王立ちしていた。
ナサニエルは悪びれる様子も無く返事をする。
「あぁ、成績上位者10名に入ればそうなるはずだよ」
「ふざけないで。貴方達が王女殿下達と同じクラスになるなど分不相応にも程があるわ」
「私達はそんな事思っていないのだけど…」といいかけるシャルロッテにベアトリスは続けて言う。
「王女殿下達がはっきりと仰らないから、この人達が図に乗るんです。オーウェンとか言ったかしら?色々と出来るようだけれど、それだけで他人が等しく貴方を評価しないという事を肝に銘じておきなさい。ゴマスリがいくら上手でも、公爵家には敵わないのだから」
その言葉を聞いて、オーウェンは久々に呂布だった頃を思い出す。
(そういえば、前世でも劉備殿を弟呼ばわりして分不相応ってキレられたことあったなぁ…)
「心得ました、ベアトリス・リッチモンド公爵令嬢」
周囲が不満そうにしている中、オーウェンがそう言うとナサニエルが目をパッと見開いて言った。
「あ、もしかして…ドミニク先輩の妹さん?」
「如何にも、ドミニク・リッチモンドはアタシのお兄様よ。どうやら下級貴族の間でもお兄様の素晴らしさが伝わってるようね」
「いや、たまたま学食でお会いしただけなんだけど」
「あら、貴方達が学食に?お兄様の残飯でもあさりに行ったのかしら」
そう言うと、ベアトリスは取り巻き達と目を見合わせて高笑いする。
「いや、普通にご飯食べたんだけど。それより、ドミニク先輩がオーウェンを見るなり鼻血を噴いて倒れたんだよ」
ベアトリスとその取り巻きがオーウェンの顔を見て、一瞬で事情を察したように黙った。
「…」
「俺とオーウェンで医務室まで運んだんだけど、その後大丈夫だったかなぁ…って、ベアトリスさん?」
「わ、ワタクシ用事を思い出したので此処で失礼します…」
そう言うと、ベアトリスは取り巻きを連れて校舎の医務室の方へ急いだ。
その背中を見ながらオーウェンが感心したように言った。
「…兄想いなんだな、泣いていたぞ」
その横顔を見ながら、ナサニエルはふうっと三度目の溜息をついた。
「だから…そう言う事じゃないと思うんだよなぁ」
評価ありがとー!頑張るー!