学校へ行こう
あの闘技会から1カ月後、オーウェン達は初等学院の入学式の真っ最中である。
学院長の長ーい挨拶を聞き飽きたナサニエルが、オーウェンに話しかける。
「オーウェン、1カ月ぶりだな。元気にしてたか?」
「あぁ、特に変わりは無いさ」
「それにしても…学院長、話長ぇよ。先輩たちもほら、あくびしてる」
「伝えたい事が余程多いんだろう。とは言え、もう少し要約して欲しいな」
オーウェン達がヒソヒソと話をしているうちに学院長の話が終わると、次に新入生を代表し、シャルロッテとイザベルが壇上に上がり挨拶を始める。
「お。王女殿下達だ。あの時はかなり落ち込んでいたが、流石に1ヶ月も経つと吹っ切れたみたいだな」
「あぁ、ご健勝そうだ」
などと、話しているとシャルロッテが少し照れた様子になった。
「…私はこの学院に来る事を、とても楽しみにしていました。志の高い学友達と出会えるだけでなく、彼と…あ、いや彼らと喜びや楽しみをわかち合える日々が待っている…そう考えると、夜も眠れなくなるほどでした」
「私もぉ…シャルロッテお姉様と同じ気持ちでぇ…オーウェ、じゃなくてぇ、皆と会える日を待ち望んでいましたぁ」
そう言うと、シャルロッテとイザベルが顔を赤らめながら、オーウェン達の方をチラッと見た。
すると、シャルロッテ達の表情を見た上級生達が騒つきだした。
「アレは恋する乙女の顔よ!」
「何ぃ!?王女殿下達には既に意中の相手がいるってことかッ!?」
「誰だよ、逆玉の輿に乗ったヤツは!?」
などと騒ぎ、視線の向かった先を見ようと立ち上がる者もいた。
「静粛になさい!」
教師達が皆をなだめる中、ナサニエルが上級生の方を振り返りながら言う。
「なんか、上級生が騒がしいなぁ」
「立ち上がってでも新入生を見たくなるほど、面倒見のいい人達なんだろう」
「…んー、どちらかって言うと険しい顔している人が多いけどな…ぅわ」
キョロキョロと見渡していたナサニエルが、急に顔を伏せ縮こまった。
「どした?」
「今、すげぇ顔で睨んでいるヤツがいた…ヤベェよ。おっかねぇ」
オーウェンも周囲を見渡したが、特にそこまで険しい顔をした者はいない。
「…気のせいじゃ無いか」
とオーウェンは言ったが、ナサニエルは顔を伏せたままだった。
ーーーーー
オーウェンはナサニエルの気のせいと思っていたが、結論から言うとそうではなかった。
上級生のドミニクは妬みと怒りで顔を歪めながら、王女殿下達の視線の先を睨みつけていた。
彼は言わずと知れた名門リッチモンド公爵家の嫡男で、容姿も優れていたため学園内ではアイドルのようなポジションで、取り巻きの女子達も10人ほどいる。新5年次となったドミニクには夢があった…そう、王女殿下達を彼のハーレムに加える事である。慕われる先輩、頼られる先輩となり彼女達の成長を近くで見守る…行く行くはどちらかを射止めてしまえば、晴れて彼も王家の仲間入り…というような幻想を抱いてたのだが…。
(まさか、既にボク以外の男の影がチラついているとは…ッ!)
とドミニクは、凄い形相で新入生を睨みつけていた。
その時、ナサニエルが振り返りドミニクと目が合った。ナサニエルが慌てて視線を逸らす。
その様子を見て、ドミニクは勘違いした。
(…アイツか、アイツがイザベル王女が途中まで呼びかけたオーウェとかいうふざけた名前のヤツか。フフフ、見つけたぞ…!あの程度の容姿なら、シャルロッテもイザベルも、すぐにボクの虜になるだろう!)
ドミニクは勝利を確信し高笑いしていた、ナサニエルの隣にいる超絶美形に気付きもせずに。
ーーーーー昼休み…
説明会が終わり、早速ナサニエル達は学食へと向かった。エントランス前の「本日のコースメニュー」を見てナサニエルが叫ぶ。
「うひょー、どんな料理か知らねぇけど、全部旨そうな響きだなッ!」
しかし新入生であるナサニエル達が食堂を利用しようと入ってきたため、上級生の数名が止めに来た。
「待ちたまえ、君たち」
「ん、なんですか?」とケイト。
「ここは限られた身分の中でも、特別な人達だけが入れる所なんだ。君たちが居て良い場所じゃないんだよ」
「私達は王妃殿下より、ここの利用権を賜りました」とオードリー。
「…そんな馬鹿な。侯爵家以下の者が、我々と同じ所で食事をするなんてあり得ない」
「嘘をつくのも大概にしろ」
などと上級生が騒いでいると…
「嘘ではありませんわ」
と後方から声がした。
皆が同時に振り返ると、シャルロッテとイザベルがこちらへ向かってくる。
「シャルロッテ様!?イザベル様!?いったいどういうことですか?」
「彼らは以前、私達を危機から救ってくれた友人達です。その働きに対して母クロエからここの利用権を与えられた事は、事実だと言っているのですわ」
「ですが、彼らは…」
「…貴方、私の言葉を疑うのですか?」と、急に冷たい視線でシャルロッテが睨みつける。
「め、滅相も御座いません。…どうぞ、お進みください」
そう言って上級生達は、トボトボと道を開けた。
席に着くと、コース料理が運ばれてくる。
「それでは、頂きましょうか」とシャルロッテとイザベル。
ナサニエルは、気まずそうにシャルロッテ達へと話しかけた。
「あのぉ、シャルロッテ様。イザベル様。助けていただいてとても感謝しているのですが…宜しいんでしょうか、我々みたいなのが王女殿下達と席を並べても…」
「友人達と食事を取るのは、当然でしょう」とニッコリするシャルロッテ。
「それにぃ、知らない上級生に隣に来られるのも嫌なのでぇ、出来れば皆にいて欲しいんですけどぉ…」とイザベル。
「あ、いえ。そう言う事なら、是非!喜んで!」とナサニエルは待ってましたとばかりに席に着く。
「まーったく、調子が良いんだから」などとケイトやオードリーが笑っていると、急にテーブルに近づいてくる上級生達がいた。
「おいおいおい、この食堂に王妃殿下のお情けで入っただけに留まらず、王女殿下達と席を並べる無粋な輩がこんなにいるとは。本当に恥を知らないヤツらだな」
そう言ってテーブルを叩いたのは、あのドミニクである。
「本当、恥ずかしい連中ね」
「ドミニク様の言う通りだわ」
だのと、取り巻きの連中が賛同する。
満足そうに周りを見渡しながらドミニクが続けた。
「王妃殿下も王女殿下達も、目下の者に少し優し過ぎます。森に迷った所を助けて貰ったくらいでここまで温情をかけてあげるとは。過度な優しさは彼らをつけ上がらせるだけです」
「…何を言っているの?彼らは…」と言いかけたシャルロッテを手で制し、ドミニクが更に続ける。
「えぇ、えぇ。父上から全て伺っておりますよ。なんでも王女殿下達が、森の中でちょっと迷われた所を、ワザワザ馬に乗って駆け付けた勇者気取りの連中だったと。怖い思いをされたから、凡才の彼らが未だに輝いて見えるのでしょう。でなきゃ、そこの男なんぞに夢中になるわけがありません!」
そう言うとドミニクは、ナサニエルを指差す。
「…?」とナサニエルがキョトンとしていると、ドミニクが続けた。
「貴様だよ、貴様ァ!オーウェ(?)とか言ったか?貴様が如何に姑息な手段で王女殿下達に気に入られたか知らないが、私にはわかる。お前が、王女殿下達に全く相応しくない事がな!」
「ほーんと、芋っぽくてガキ臭ぁい」
「鏡見たこと無いのかしら?」
「王女殿下達も、お優し過ぎるわぁ〜」
などと、ドミニクの発言に取り巻きが賛同し、ナサニエルに容赦なく追撃する。
するとナサニエルが、気まずそうに口を開いた。
「あのぉ…」
「なんだ、自分の恥ずかしさにやっと気づいたのか?」
「俺、オーウェンじゃないんですけど…」
「知っていたさ、お前がオーウェ…なんだって?」
「だから、俺はオーウェンじゃないんですよ」
「じゃあ、誰?」
「ナサニエルです」
「お前の名前を聞いたんじゃないッ!何処のどいつがオーウェンかと聞いているんだッ!」とバンバンと机を叩くドミニク。
すると、ナサニエルが入り口に向かって手を振る。
「オーウェンは…あ、来た来た。オーウェン!こっちの先輩がお前に用があるってよ」
そこには上級生達が自然に道を開けてしまう程の美形な少年がいた。容姿端麗などという言葉で済ませられないレベルの美少年は、ゆったりとナサニエル達の座る席へと向かってくる。
あまりの美しさに上級生達は食事の手が自然に止まり、オーウェンの一挙一動に釘付けになった。
『オーウェン様!』とシャルロッテとイザベルが出迎える。
「シャルロッテ様、イザベル様。ご無沙汰しております。…私も末席に連ねさせて頂きたいのですが」
『もちろんですわ!』
「有り難う御座います」
そう言ってオーウェンはナサニエルの方へ向き直った。
「ナサニエル、こちらは?」
「あぁ、よくわかんねーけど。お前に用があるんだとさ」
そう言われてオーウェンがドミニクの方へ向き直ると、ドミニクはビクッと身体を震わせ顔を赤らめた。取り巻きの連中は「マジ美形…ヤバ」と言ったきり、下を向く。
オーウェンが自然に微笑みながら尋ねる。
「何か?」
すると、あの見慣れているはずのナサニエルまで顔を赤らめてしまう美しさを間近で見てしまった取り巻き連中は、バタバタと卒倒してしまった。シャルロッテやイザベルはもちろん、ケイト達もモジモジしてしまい、食事に手がつかなくなっている。
ドミニクは何とか意識が途切れそうになるのを懸命に保とうと視線を地面に向けていたが、オーウェンが覗き込んだ上目遣いの顔を見て
「あ…もうこれ、アカンやつ」
と一言だけ残して、鼻血を出してぶっ倒れた。
遅い時間になりましたー、ごめんねー