オーウェンとアウグスト
兵達がオーウェンとアウグストを残し、去っていく。
「父上!?」
「大事な息子を置いていくほど、父は弱くないぞ!俺がお前を信じた様に、お前も俺を信じてみせよ!オーウェン!」
「…もちろんですよ、父上!弓で援護をお願いします!」
「あぁ、任せろ!」
綻びが大きくなり巨大熊がその隙間から顔を覗かせる。パニックを起こしていた観客達はいよいよ我先にと出口へ向かい始めた。
「貴様!どけぇ、私が先だろう!」
「ちょっと!押さないでちょうだい!」
「ワシだ!ワシを先に逃がせ!」
「お終いだ、間に合わない…」
と口々に叫ぶ観客達。
すると、クロエが音響魔法で皆に呼びかけた。
「皆の者、落ち着きなさい!彼らは、何も諦めていません!」
騒いでいた人々が静かになり、後ろを振り返る。
『おぉぉぉおおおおッーーー!!!』
そこには二人の戦士…いや、鬼がいた。方天画戟を手に馬上から凄まじい速さで斬撃を繰り出すオーウェンの姿はさながらオーガのようであった。アウグストが残った右目を射抜き、さらに矢を浴びせる。徐々に動きが鈍くなる巨大熊に対し、オーウェン達の攻撃がさらに加速していく。
「イケる、イケるぞぉおお!!」
ナサニエルやケイト達が、声を張り上げ応援する。
方天画戟が巨大熊の左手を根元から吹き飛ばす。同時にアウグストの矢が膝を貫き巨大熊が態勢を崩して膝をついた。
「オーウェン!」
アウグストの声に呼応し、オーウェンが馬上から巨大熊へ向かって跳躍した。これまで届かなかったその頭部が方天画戟の間合いに入る。
「ォォォオオオオァアアアアアアッ!!」
勢いよく振り抜いた方天画戟により、ズバンッという音と共に巨大熊の頭部が宙を舞う。だが、頭部が飛ばされ身体が倒れても尚、巨大熊はジタバタと残された四肢をバタつかせた。すかさずオーウェンがその胸めがけて真っ直ぐに方天画戟を突き立てると、大量の血飛沫をあげ巨大熊はようやく動きを止めた。
誰一人声をあげず動けない中、オーウェンとアウグストの荒い息遣いだけが聴こえる。
「やった…やりやがったぜぇ!」
ナサニエルが叫んで飛び出してくると、送れてケイト達も駆け出して来た。
その光景をみて徐々に会場からも声が上がる。
「おぉ…おぉお!やったぞぉ!」
「助かった…」
「…アレをたった二人でやったのか、なんという事だ!」
称賛の声と共にたくさんの拍手がオーウェンとアウグストへ向けられた。
クロエと王女殿下達が二人の元へ歩み寄ってくる。
「二人とも、素晴らしい働きでした。貴方達のような騎士を抱えることができる事を心より誇りに思います。何より愛しい我が娘達のために死地へ向かってくれたその勇気に、母として礼を言わせてください。本当に有り難う」
シャルロッテが泣き腫らした目でオーウェン達へ向かって言った。
「私からもお礼と謝罪を言わせてください。私とベルを助けに来てくれて有り難う。そして貴方達を危険に晒すような事をしてしまってごめんなさい」
「我々は当然の事をしたまでです、なぁお前達?」
アウグストがそう言うと、ナサニエル達が「そりゃもう当然です!」と続いた。
それでも浮かない顔の王女殿下達の顔を見て、話題を変えようとナサニエル達がオーウェンに絡みだす。
「ってか、オーウェン。お前、血塗れで臭ぇよ。さっさと着替えてこい」
「うわぁ、血の塊ついてるー。オーウェンてば、えーんがちょ」
「…えーんがちょとか、今日び聞かねぇわ」
などと、ふざけ合ってみせると心なしかシャルロッテ達の表情も弛んだようだった。
「あぁ、配慮が足りなかったな。すまん、着替えてこよう」
血に塗れた鎧のままシャワールームへ一人向かうオーウェン。
アウグストが皆に呼びかける。
「さて、色々あったが何とか無事に切り抜けられた。遅くなったし決勝戦はお預けだ、一先ず閉会式の準備をしよう」
『はーい!』
そう言うとナサニエル達は会場を片付け始めた。
ーーーーーしばらくして…
観客達も着席し、ナサニエル達も会場の片付けをし終えて整列している。
すると、そこに会場の端の方から一人の美少年が黒髪をなびかせながら歩いて来た。鈍く青く光る黒髪。澄んだ大きな目、透き通るような白い肌。ゴムを咥える瑞々しい唇。遠目でも容姿端麗とわかるその美少年はゆったりと髪を結いながら、こちらへ向かってくる。
ナサニエルが顔を赤らめながら言った。
「あのぉ〜、ど、どちら様で御座いましょう…か?」
「…?」
キョトンとした表情で美少年は一度後ろを振り返り、自分に言ってるのかという表情でナサニエルの方を見た。照れたナサニエルはたまらず目を逸らす。シャルロッテやイザベルをはじめ、会場の観客や大型ディスプレイで観ている領民達が皆、恍惚とした表情でその姿に見入っていた。
そこに、アウグストが出てきて言った。
「おい、オーウェン!さっさと並びなさい、皆待ってるぞ!」
「はい、父上」
今度は一同がキョトンとした。
「ん?お前…オーウェン?」
「…どした、ナサニエル?」
声をかけるとえぇーっと皆が騒ぎ出す。
「ふざけんなッ、存在がチートだろ!?」と騒ぎ出す男子。
「は、マジ美形…ヤバくない?」とボキャブラリーが乏しくなる女子。
シャルロッテとイザベルは「見つけましたわ、奇跡の花を!」などとよくわからない事を叫んでいた。
一方、会場の方も響めいている。
「アウグストの息子があんなにも容姿端麗とは!」
「彼が先程までオーガのように戦っていたと言うのか?」
「婿として迎え入れたいわ」
などと口々に言い合っているのを横目にオーウェンが言った。
「皆、何を騒いでいる?」
「お…お前、そんな可愛い顔してたのかよ!?」
「失礼だな、ナサニエル」
「あぁ、すまん。だが、もっと、オーガみたいな顔してると思ってたぞ!?」
「本当に失礼だな、ナサニエル」
オーウェンの傷心を余所に、会場はしばらく騒がしいままだった。
閉会式ではクロエから活躍した者達に褒賞が与えられる。オーウェンの小隊と騎兵隊、および戦闘で成績が良かった者達、計20名に学院の食堂利用権が与えられると、ナサニエルは感涙し、咽び泣いていた。
更に、騎兵達には王国のシンボルが入ったバッジが手渡される。
「貴方達の勇気と力に敬意を表し、ここに少年騎士団の創設を許可します。国の認めた正式な騎士団として領内の治安維持や迷宮への侵入許可の権限を与え、そのバッジを贈ります」
とクロエが言うと「オレ達が…騎士団だと?」とナサニエルは声を震わせ、ケイトとオードリーは抱き合って喜んだ。
「王妃殿下、身に余る光栄で御座います」
とオーウェンがクロエに深々と頭を下げると、クロエはオーウェンの方へ向き直って言った。
「オーウェン、貴方達の働きをこれからも楽しみにしています。騎士団の名は貴方達で決めなさい」
「ハッ、有り難うございます」
そう言うと、オーウェンは皆の方へ向き直った。
「皆、何か案はあるか?」
「こう言うのは隊長が決めるもんだぜ。なぁ、皆?」
ナサニエルが言うと
「だよなー」
「決めてよ、オーウェン」
だのと皆が口々に言う。
「だそうだ、隊長さん」ナサニエルがニコッと笑う。
「そうか、なら…」
オーウェンはクロエに向き直り宣言した。
「我らはいずれ父上達のようにこの国を支える鳳になる雛、『鳳雛隊』です」
クロエが感心したような表情で見つめる横で、アウグストが嬉しそうに小さくグッと親指を突き出してみせた。
「わかりました。では、改めてここに『鳳雛隊』の創設を宣言します」
とクロエが高らかに宣言すると、会場に歓声と拍手が響き渡った。
後々、この「鳳雛隊」から数々の名のある騎士が輩出される事をこの時は誰も知る由がなかった。
続くー