間違った選択
2ヶ月ほどでヴァレンタイン達はDランクになり、様々なクエストを受けるようになっていた。一方、ナサニエル達はオーウェンの指導の下に、3ヶ月経ってもEランクのクエストを受注し続けていた。ナサニエル達もDランクに上がるのに十分過ぎるほどクエストをこなしているが、オーウェンはDランクに上がる事を良しとしなかった。
それでも、ナサニエル達が文句を言わなかったのには、オーウェンの指導が非常に実用性の高いものだったからである。まず、ルーティンワークとして薬草が採取できるポイントを見回りながら、周辺の状況の変化を逐一報告し合う。また狩場近辺の地形を徹底的に叩き込み、有事の際の合流地点を地域ごとに決めて回る。そのお陰で、ナサニエル達はマップを頻回に覗かなくても自分達のいる場所を正確に把握する事が出来ていた。さらに周辺の木々や岩に高さを変えて細い糸を張る事で、どれくらいの大きさの生物がどのルートを行き来しているのか、大凡の見当を付けて罠を仕掛ける。実際に捕まえた野生動物は納品前に解体し、骨格上の特徴を探ったり、胃袋の中身を確認して生息域を予測したりするような事を毎日繰り返していた。
そんなナサニエル達の訓練の意図を知らず、多くの冒険者達が揶揄う中、トーマスが苛立った様子で話しかけてきた。
「おい、いつまでEランクのクエストばかりやってんだよッ!?そんなの新人に任せてDランクのクエストにとっとと取り掛かれよ、チンタラしすぎだろッ!」
「何事も基礎が大事だ。一度上のランクに上がってしまうと、このランクのクエストは受けづらくなるからな。今のうちに徹底する必要がある」
「薬草を取りに行くだけなのに徹底もクソもあるかよッ!?…とにかく、お前らもさっさと高ランクのクエストを受けろよな、Sクラスの評判に泥を塗るような事すんじゃねぇよ」
「…あぁ、わかった」
オーウェンの言葉を聞き終わる前にトーマスは去って行く。側で見ていたヴァレンタインが、苦笑いしながら言った。
「悪く思わないでくれよ、彼なりに君たちのことを心配してたんだろうからさ」
「あぁ、わかっている」
「でも、正直言ってガッカリしたかな…。僕は君達ともっとクエストを取り合うようになると思っていたから」
「…ヒトにはそれぞれのペースがあると思うが?」
「確かに君達みたいに300年生きれるなら、僕ももう少しゆっくり出来たかもしれないね…。あ、今のはそういう意味で言ったんじゃないんだ…嫌味に聴こえてしまったらごめんね」
「事実だからな、構わん」
「じゃあ…頑張ってね」
そう言うと、ヴァレンタイン達もギルドの建物を出て行った。
ナサニエルが不本意そうな顔で言う。
「な〜にが、『嫌味に聴こえてしまったらごめんね』だよ…思いっきり嫌味言ってんじゃねぇか!」
「人族は生きられる時間が短い。それだけ生き急がないといけないという事だろう、その気持ちは分からんでもない」
「全く…理解力有りすぎだろ。それで、俺達は明日からどうするんだ?」
「基礎的な事は、大体身体に染み付いたはずだ。先延ばしにしてきたDランクに昇格して、明日からは戦闘もあるクエストを取り入れていく。これまでの知識をどれだけ活かせるか試すことになるが、あくまでも基本に忠実にだ」
「把握→画策→試行→反省って事だろ?」
「そういうことだ」
オーウェンがそう言ってニコリと微笑むと、ナサニエル達も満足そうにニコリと微笑んでいた。
ーーーーーー
その翌日から、オーウェン達は怒涛のクエスト攻略を見せ始めた。多くのパーティが討伐対象を探しまわる所からスタートする中、オーウェン達は森に残された痕跡だけで見当を付けていた。
「…鹿のフンがあるな、普段はここら辺まで来ないはずだけど」
「生息域を追われたようね。…この湿り具合だと3日程度といった所かしら」
「目撃された場所と日時を加味すると、2日でこれだけの距離を移動したってことか…という事は」
などと話しながら、徐々にその包囲網を縮めていく。そうして最終的には、コリンが木霊に確認させて位置を特定する事で、どのパーティよりも速く討伐対象を見つける事が出来ていた。1ヶ月も経たない内にオーウェン達の功績は、冒険者だけでなく街の多くの人達にまで知られる事となっていた。それこそ、街を歩いただけで可愛い女子達に声をかけられたり、何故かエルヴィスまで買い物の時に色々おまけしてもらえる程である。
一方、ヴァレンタイン達もそれなりに功績をあげているのだが、オーウェン達の評判の前に霞んでしまっていた。トーマスは複雑そうな顔をして言う。
「Sクラスの評判に泥を塗るんじゃねぇって煽ったのは俺だけどよ…、1ヶ月程度でこんなに縮められるもんなのかよ。マジ、チート過ぎだろ、アイツら」
「っていうかよ、むしろ狙ってたのかもしれないぜ?出来ないヤツらが急に頑張りだすみたいな…ホラ、女の子ってギャップに弱いって言うじゃん?」
とアーノルドが言うと、サミーが「知るか、バーカ…ってか、マジ眠ぃ」と呟く。
気まずい空気が流れる中、ヴァレンタインが言った。
「まぁ、僕達も気にせず頑張ろうよ」
「…って言っても、俺達も割と頑張ってこの状況なんだけど」
「んー…じゃあ少し難易度高いやつに挑んでみるってのはどうかな?」
「でも、最近はDランクでそこまで困難なクエストって無いぜ」
「だから、Cランクの冒険者パーティに同伴させてもらうんだよ。そうすれば経験値の獲得もクエストの達成も効率良くできるしさ」
「そりゃそうだろうけどさ…。Cランクのパーティって言ったって、一体誰に声かけるんだ?」
とトーマスが聞くと、ヴァレンタインは周囲を見渡していった。
「確か…最初に僕達に声をかけてくれたパーティのリーダーが最近Cランクに昇格してたから、その人に頼んでみるのはどうかな?Cランクの人が1人でも居れば、Cランククエストが受けられるからね」
「なるほどなッ!いいなそれ」
とトーマス達が賛成するなか、アイリーンが不安そうな表情で言う。
「わ、私は…やめておいた方が良いと思う」
「どうして?」
「だって、その人ってつい最近までDランクだったでしょ?まだCランクのクエストを1つも受けた事が無いかもしれないし」
「まぁ、不安なら無理強いはしないよ。僕はCランクに上がる取っ掛かりが掴めればって思ってるんだ。最悪、僕1人だけ付いていっても良いと思うんだよ。そして僕がCランクになれば、皆を連れてCランクのクエストに出かけられるからね」
とヴァレンタインが言うと、トーマスが「あ、テメェ、抜け駆けする気だな!絶対、俺も付いていくぜ!」などとふざけながらツッコんでいた。するとそこに例のパーティのリーダーがタイミングよく現れた。
ヴァレンタインが早速声をかけにいく。
「お久しぶりです」
「あぁ、いつぞやの新人か!短期間でDランクにまで昇格して凄いじゃないか!」
「先輩こそ、Cランクへの昇格おめでとうございます。あの時は自己紹介も出来ずすみませんでした、ヴァレンタインと言います」
「お!俺が昇格した事知っててくれてたのか、ハハハ。俺はストルツって言うんだ、よろしくな!」
「こちらこそ、よろしくお願いします。あの…ストルツさん。早速なんですけど、僕達のパーティをCランククエストに同行させてもらえませんか?」
「え?あ、あぁ…まぁ、別に構わないけど。えらく急だな…」
「少し急ぎたい事情があるので。因みに、ストルツさんはCランククエストをもう既に受けたんですか?」
「あ、あぁ…まあ幾つかはな」
とストルツが言うと、ヴァレンタインはアイリーンにグッと親指を立てて見せた。アイリーンも少し不安が紛れたのか、微笑みながら頷いてみせた。
ヴァレンタインは嬉しそうに続ける。
「ストルツさんが次に考えているクエストはどれなんですか?」
「ああ、Cランククエストのゴブリン退治を受けようと思っている。ゴブリンなら、Dランククエストでも戦った事があるし、少し数は多いみたいだが他のクエストよりかはとっつきやすいからな」
「ゴブリンなら、僕達も経験があります!是非一緒に行かせてください!」
「お…おぉ!良いぜ、こっちも戦力が増えて心強いぞ!」
と言いながら、ストルツとヴァレンタインは力強く握手をしていた。
しかし、ヴァレンタイン達は知らなかった。ストルツが受けたCランククエストは採集クエストのみであり、討伐クエストは1つも受けたことがなかったのである。