巫女の真意
ルドルフはオーウェンを連れて、王城の奥へと進む。ルドルフの自室も通り抜けてさらにその奥の扉を開けると、地下へと続く通路が現れた。暗い通路の先には分厚い鋼鉄の扉があり、その前に一枚の紙が落ちている。ルドルフが拾い上げ紙には、「エルフのみ中へ」と書かれていた。
「…巫女様はお前がこの城に入った事も、既に知っておったようだな」
「本当に不思議な力をお持ちのようですね」
とオーウェンが呟くと、ルドルフが急かした。
「…神託の巫女に中に入ることを許されたのは、我々皇家を除けばお前くらいだ。さぁ…中に入って彼女の真意を確かめてきてくれ」
ルドルフの少し心配そうな物言いも気になったが、オーウェンは扉を開けて1人で部屋へと入っていった。
ーーーーーーー
部屋の中はトゲのある蔦の様な植物で覆われており、青白い灯が僅かに奥の部屋から漏れている。オーウェンが奥へと向かうと、1人の異形の女性がいた…。背丈は160cm程度で一見すれば30代ほどの見た目の女性であるが、髪の毛が一本一本が太く縮れており、毛というより“根”というような質感である。髪や腕には部屋の壁から伸びた蔦が絡み、女性はまるで部屋に飾られたオブジェのように佇んでいた。大きく見開かれた瞳は、オパールのようにキラキラと複雑に輝いており、部屋の明かりを反射させてミラーボールのように様々な色の光を映し出す。その幻想的な光景に、オーウェンが息を呑んでいると巫女は言った。
「よく来てくださいました、オーウェンさん」
「…俺の名前も知っているんですね」
「ええ、他にも色々知ってます。私の目が…怖いですか?」
「いえ、驚いただけです。まるで宝石のように輝いていて…とても綺麗だと」
とオーウェンが呟くと、巫女は満足そうにフフっと笑って言った。
「私の見た目に怯えず、綺麗と言ってくれたのは陛下以外には貴方くらいですよ。褒められるのは、嬉しいものですね。さて、話をする前に…オーウェンさん、私に聞きたい事があるでしょう?」
「…巫女殿がシャル様達をここに導いた理由を教えてください。彼女達がこの地に根差すというのは、いったいどういう意味でしょうか?」
「フフ、オーウェンさん…貴方は大きな勘違いをしています」
「勘違い…?」
とオーウェンが訊ねると、巫女は指を差して言った。
「導いたのは、私ではなくアルモニアの神…。そして導かれたのは、貴方ですよ…オーウェンさん」
「…どういう事ですか?」
「言った通りのままですよ。エルフの王も貴方も、エルフの王女達が呼ばれたと勘違いした…、そして貴方は彼女達を守るためにこの地にやってきた…。神は、そうやって貴方を呼び出したのです」
「…俺が、ここに来たのは、自分の意思では無いと?」
オーウェンの言葉に、巫女は首を振る。
「物事はそう単純じゃ無いのですよ。川の中を魚が泳ぐように、鳥が風に乗って飛ぶ様に、貴方もまた機運に乗じてここまで来たと言えばいいのでしょうか…。まぁ小難しい話はこのくらいにしておいて、肝心のお話をしましょう。オーウェンさん、私がルドルフ陛下に宛てた詩を覚えていますか?」
「たしか…『遠きエルフの大地から この地に根差す種が飛ぶ 傷んだ頂芽を摘む種は 脇芽に寄り添い国を成す 今すぐ旅立て人の子よ 嵐が凪になる前に』だったでしょうか?」
オーウェンの記憶力の良さに、巫女は満足げに頷いて続けた。
「ええ。その詩はアルモニアの神から頂いた詩です。ルドルフ陛下も読み取った通り、エルフ…つまりオーウェンさんがこの地を訪れるように遣いを出しなさいという意味です。ただし、本題はそれ以外の所にあります」
「『傷んだ頂芽を摘む種は 脇芽に寄り添い国を成す』という所ですか?」
「そうです。オーウェン…貴方はその文章をどう読み解きましたか?」
と巫女に聞かれ、オーウェンは少し間を置いて答えた。
「…頂芽は争い事を好むフェアラート将軍で、側芽は他の継承権を持つ者の事でしょうか?」
「さすがはアルモニアの神が選んだ方です。ルドルフ様は、まさか甥に反乱を起こされる事を考えておられないようですので、真意を伝える訳にはいきませんでしたが」
(なるほど…、数年前から曖昧な託宣を告げていたのは、フェアラートがルドルフ陛下に刃向かうという内容に気付き、陛下に心労をかけまいとしていたのか。)
などと思いながら、オーウェンは続けた。
「事情はよく分かりました。しかし、これはパシフィス皇国の問題で、私には関係ないように思えるのですが…」
「関係ないように見える事も、案外関係しているものなんですよ。気付きにくいというだけ…」
「…どういう事でしょう?」
「フズィオン教に関わる事…とまで言えば、伝わるでしょうか」
「!!…彼らが絡んでいるのですか?」
「ええ、アルモニアの神も彼らの事を懸念しているようですよ…、不干渉の制約があるため手は出せないようですが。なので、ここから先は貴方に探ってもらうしかありません。私が関わるのも多いに問題があるようですので」
というと、巫女は困ったように微笑んで見せた。オーウェンはしばらく考えた後、巫女に向き直って言う。
「わかりました、協力致します。ちなみに、脇芽とは誰ですか?寄り添うとはどういう意味でしょうか?」
「脇芽とは、ルドルフ陛下の御子であるヴァレンタイン様のこと、寄り添うというのは…その時が来ればわかります。寄り添い方は人それぞれだと思いますので…」
巫女の意味深な発言に、オーウェンは少し不安感を募らせつつ続けた。
「わかりました…それと、もう一つだけ。嵐が凪になるとはどういう事でしょう?」
「オーウェンという“種”は飛んできました…神託の巫女である私という“風”に煽られて。風はこれまで嵐のような人生を生きてきました…しかし、そんな風もいつかは止まってしまうもの…私は、もうすぐ役目を終える事になるのです」
「…亡くなられるという事ですか?」
「自然に還るという事ですよ」
巫女はそう言うと、また困ったように微笑んだ。
オーウェンが部屋を出ると、ルドルフは不安そうな顔で言った。
「彼女はなんと?」
「どうやら呼び出されたのはシャル様達ではなく俺のようです。後は…ルドルフ陛下の力になって欲しいと」
「そうか…。ん?ちょっと待て、呼ばれたのがお前ということは、この地に根差す種というのは…」
とルドルフが色々と考え始めたのを見るや否や、オーウェンは「失礼します」と一言だけ残して、疾風の如き速さで城を後にした。
ーーーーーー
その日からオーウェンの苦悩の日々が始まった。自分を誘き出すために書かれた手紙にまんまと引っ掛かり、シャルロッテ達やナサニエル達まで巻き込んでしまったという事を知らされて、オーウェンは酷く落ち込んでいた。そんなオーウェンの様子に気づいたナサニエルが声をかける。
「どうかしたか?最近、凄く悩んでいるようだけど?」
「実は…まずい事が発覚した。お前たちになんと申し開きをすればいいか…」
「…話しやすいように、場所を変えるか」
そう言って、ナサニエルとオーウェンはデッキへ向かった。オーウェンが神託の巫女から聞いた真意について話すと、ナサニエルは終始黙っていたが、オーウェンが話し終わるとふぅとため息を吐きながら言った。
「なんだ、そんなことか…」
「俺なりに一生懸命悩んで相談したつもりなんだが?」
「オーウェンがその巫女さんに言ったようにさ、俺達もまた自分の意思でここまで来たんだぜ?なんでもかんでも自分のせいって…気にしすぎだろ」
「…お前は、そう言ってくれるかもしれんが」
「だってよ、皆はどう思うんだ?」
と呼びかけると、隠密魔法を使っていたシャルロッテ達がスッと現れる。
「シャル様、ベル様…いつの間に?」
「他の事に気を取られて、気付かなかったろ?皆、お前の心配してずっと側で聞いてたんだぜ?」
とナサニエルが笑うと、頬を膨らませたシャルロッテがオーウェンの頬をスッと抑えて言った。
「オーウェン様は私達を守ろうと思って行動してくれただけでしょう。責めるつもりなんてないですわ」
「普通じゃ出来ない体験も出来てますしぃ、気にしなくてもいいと思うんですぅ」
とイザベルが言うと、ドロシー達もうんうんと頷いて見せた。
「それに、オーウェンのおかげでアシュリーちゃんとも仲良くなれたしね」
とオードリーがアシュリーに抱きつきながら言うと、アニーやエラもアシュリーに抱きついてみせた。皆が和やかな雰囲気になり、オーウェンからも自然と笑みが溢れる。
「良かった、俺はてっきりまた皆に怒られるかと…」
「もちろん、怒っていませんよ。ただ、一つだけ気になることがあります」
そう言ってオーウェンの頬に添えたシャルロッテの手に、グッと力が入る。
「寄り添う相手がヴァレンタインさんとは、一体どういうことなのでしょう?」
「お、落ち着いてください。ヴァレンタインは見た目は可愛らしいですが男の子ですよ?」
「男の子だからこそ、余計に心配しているんです!」
シャルロッテの背後に『ゴゴゴゴゴ』と黒いオーラが見え始めると、それまでにこやかに笑っていたナサニエル達は「…さてと」と呟き、オーウェンを残して何事もなかったかのように船の中へと戻っていった。
少し遅れましたー