MVP
シャルロッテ達が室内競技場に着くと、会場は大盛り上がりを見せていた。味方チームのコートの中にはトーマスとオーウェンの姿のみで、相手のチームはまだ5人ほど残っている。すると、とうとうトーマスが敵のボールの前に倒れてしまった。オーウェンがトーマスに声をかける。
「大丈夫か、トーマス?」
「チクショぉッ!テメェが避けてばっかで攻撃しねぇから、俺ばっか狙われたじゃねぇか!?」
「俺が避け続けた事と、お前がボールに当たった事は別問題だと思うが?」
「ウルセェっ!…こうなったら意地でも勝て!このまま負けたら、ぶっ殺すからな!」
「球技大会如きでヒトを殺すな…しょうがない、奥の手を使うことにするか」
そう言うとオーウェンは、深く屈んで両手を胸の前に組んだ。
そう、バレーボールのレシーブの体勢である。すると、トーマスが叫んだ。
「ダメだ、オーウェン!ボールを捕らずに腕で弾いて勢いを殺すのは『イリーガルキャッチ』というファールになっちまうって教えただろ!?」
「安心しろ、そう見えなければいい話だ」
そう言うと、オーウェンは相手の投げたボールを手元近くで一瞬にして勢いだけを殺して捕球する。明らかに反則行為のはずなのだが、側から見ればオーウェンの手元で音もなくボールが止まり、それを自然に捕球しているように見えるため審判はファールを取れなかった。そして、オーウェンがボールを放つと、コート内にいた相手選手が一瞬にしてコートの外に吹き飛ばされていく。オーウェンが兜の中から鋭い眼光を放ちながら言った。
「まずは、1人だ」
ーーー
その後の試合展開は一方的だった。外野からパスをもらったオーウェンがボールを放つと、相手選手がボールと共に1人消える。そしてまた外野からパスをもらったオーウェンがボールを放つと、別の選手がコート内から音もなく消える。そんな事を4回繰り返し、最後にコート内に立っていたのはオーウェンただ1人であった。意気消沈する相手チームを前に、トーマス達がオーウェンの下へ駆けつける。
「お前…あんな技隠し持ってたんなら最初から言えよ…ヒヤヒヤしたぜ」
「ドロシー様の練習に付き合っていて、ふと思い付いたんだ。音も出さずに手元で勢いを殺すのはなかなか難しかったが、おかげで細かい力加減を知ることが出来た」
そう言ってオーウェンがグッと親指を立てる横で、ナサニエルが「ボールの勢いを殺す力加減は覚えても、相手には全く手加減しないんだな」とツッコんでいたが、オーウェンは聞こえないフリをする。
すると、ドロシーもオーウェンの下へと駆けつけてきた。
「お見事でした、オーウェン。とても、格好良かったです」
「有り難うございます。俺もドロシー様達の試合を観に行きましたよ、ドロシー様のお姿も立派でした」
「有り難う…ございます。結局、負けてしまったんですけどね…」
そう言って自虐的に静かに笑うドロシー。オーウェンはドロシーの両手をギュッと握って言った。
「俺の技はドロシー様との練習で、思い付けた事です。2人で過ごした時間は決して無駄では無かった…、俺はそう思っているんですが、ドロシー様はどうですか?」
「オーウェン…。えぇ、私にとってもあの練習はとても貴重なものでした。有り難う、オーウェン」
ドロシーが涙ぐみながらお礼を言うと、オーウェンはニコッと微笑んで見せた。
ーーー
その後、オーウェン達を含めた全校生徒は表彰式のため「ダフネの庭」へと移動する。準優勝のクラスが先に壇上に呼び出されている頃、その横に並んだ騎士像を見て身体をワナワナと震わせる者が1人だけいた。そう、オーウェンである。オーウェンはヴィトルの話から、てっきり自身の騎士像は何処ぞの屋敷の庭でひっそりと御婦人達に愉しまれているものだと思っていた。
(まさか、こんな大勢の生徒の目に付くような所に、こうも堂々と飾られているとは…!…ハッ!ま、まさかシャル様が先日、騎士像のモデルになったか確認してきたのは、アレが俺かどうか確認しようとしたからじゃないか!?)
と考え、オーウェンは恐る恐るシャルロッテ達の方を振り返る。するとシャルロッテ達は耳まで真っ赤にしながらも、オーウェンと目線が合わないように必死に下を向いていた。
(…やっぱり見たんじゃないか!)
とオーウェンが動揺していると、優勝チームとMVPの表彰が始まった。
女子のMVPはドロシー。腫れ上がった胸で何度もレシーブを受けにいくその献身的な姿は、多くの教師や生徒達に感動を与え、支持されたようである。そして男子のMVPは、もちろんオーウェンである。審判の目の前で堂々と反則をしても反則と取られない高度な技術と、一瞬にして敵をコート上から消すマジックのような倒し方は文句なしの神業だった。2人が並んで壇上に立ち、表彰を受ける。ドロシーはとても嬉しそうな様子でメダルを受け取りオーウェンと腕を組んでいたが、オーウェンは喜びに浸っている状況ではなかった。
続けて、今度は優勝したクラスへのトロフィー授与が始まる。トーマスが嬉しそうに壇上に上がってきてトロフィーを受け取ると、写像印刷機を持った生徒達が壇上のオーウェン達の写真を撮り始めた。
すると、トーマスがオーウェンにいつものように絡み始める。
「オーウェン、おめぇよ。せっかくの表彰式なんだから、兜くらい取って皆に顔を見せてやれよ!なぁ、皆もそう思うだろ!」
とトーマスが声をかけると他の生徒達も口々に賛同する。
「そうだそうだ、顔を見せろー!」
「どんな顔でも、今日だけはヒーローになれるぞぉー!」
「格好良かったよ、オーウェンくーん!お顔を見せて欲しいなー♡」
と騒ぎが収まらない中、ダフネも笑顔でオーウェンに言った。
「英雄は人々の期待に応えるものよ、顔を見せておあげなさい」
「は、ハァ…で、では…顔だけ」
そう言ってオーウェンが兜を外す。すると先程までやいのやいのと騒いでいた連中が、水を打ったように静かになった。写像印刷機のフラッシュ音も止まり、全員がオーウェンの顔と隣に並んだ騎士像の顔を交互に見ていた。トーマスがハッとした顔でオーウェンに言う。
「お、お前の目…どっかで見たことあると思ったら、この騎士像のまんまじゃねぇか!?いったいどうなってんだ?」
「た…他人の空似というヤツでは…」
「こんな美形が世界に2人も居てたまるかよッ!」
とツッコむトーマスの側で、今度はダフネが何かに気づいたように騎士像の方へよろよろと近付いていき、そのまま卒倒した。担当教官のジュードがダフネを介抱しながら、その手に握られたものを見つけて戻ってくる。
「いや…この騎士像は確かに君のはずだよ、オーウェン君。その証拠に、このプレートを見なさいッ!」
そう言ってジュードが突き出した右手には、「裸の騎士像 〜遠き地から訪れた オーウェンの協力に謝意を込めて〜」としっかり彫られたプレートが握られていた。
観念したように空を仰ぐオーウェン。すると、トーマスが恐る恐る尋ねる。
「なあ、オーウェン…参考程度に聞いておきたいんだが、あの大剣の後ろに隠れている物も実寸大なのか?」
「…まぁな」
とオーウェンが呟く。
その言葉を耳にした結果、集まった全校生徒のおよそ半数(主に女子)が意識消失して医務室に運ばれる事態となり、表彰式は中止となった。
翌日から、中庭には立ち入り禁止のロープが張られ、騎士像には白い布が巻かれたのだが、それでも中庭に侵入して写真を撮ろうとする者が絶えなかったため、騎士像は一時的に撤去されることとなった。そしてそれ以降、オーウェンの美貌に関する噂は学院だけにとどまらずオネット中に広がり、オーウェンは「中庭の騎士様」という二つ名で知られるようになった。