中庭の騎士像
それから数日が経ち、あの一件でギクシャクしたオーウェンとアシュリーの仲も次第に落ち着き、2人は自然に話せる様になっていた。アシュリーが飛空艇に残ってくれる事で、これまでオーウェン達が学院に行っている間は飛空艇に1人きりだったエルヴィスも、アシュリーと共に買い物に出かけたりシアタールームでアニメを見たりして時間を潰せるため、寂しい思いをしなくて済んでいるようだった。
ーーー
1ヶ月ほど経ったある日、オーウェン達が教室でいつものように昼食をとっていると、トーマスが近づいてきた。あの実習以来、トーマスはオーウェンの事をライバル視しているようで、何かにつけて絡んでくるようになった。
「お前さ、どんだけその鎧気に入ってんだよ?飯食う時まで兜さえ外さないなんて、親の形見か何か?」
「両親はピンピンしている。これは友達からの貰い物だ」
「こんなのくれるって…すんげぇ金持ちだな。じゃあ、ソイツの形見か?」
「…形見にしないとすまないタチなのか?」
「だっておかしいだろ?外ならともかく、なんで教室の中まで鎧で過ごしてんだよ?あ…もしかして、超絶ブサイクとか?」
「…そのように考えてもらっても構わん」
とオーウェンが言うと、トーマスは「ブサイクかぁ。いやぁ〜、ブサイクなら顔隠すのもしょうがねぇよなぁ。こんだけいい鎧着てても、やっぱブサイクじゃあなぁ」などと、鬼の首を取ったように騒いでいた。
すると、シャルロッテ達がバンっと机を叩いて立ち上がる。「な、なんだよ、急に?」とたじろぐトーマスにシャルロッテが顔を真っ赤にして言った。
「オーウェン様はブサイクなんかじゃありません!顔を見せたら大変な事になるから隠しておられるだけですわ!」
「何だ、大変な事って?ブサイク過ぎて、皆がパニックになるのか?」
「違います!オーウェン様の顔を見たら、きっと…皆が…」
とシャルロッテが口を濁していると、オーウェンがシャルロッテを止めた。
「もう結構ですよ、シャル様」
「で、でも、彼の誤解が…」
「お気持ちだけで十分です、有り難う御座います」
「でも…で、では目元だけなら彼に見せてもいいですよ?」
「わかりました、それでは目元だけで勘弁してもらいましょう」
そういうとオーウェンは兜の隙間から目を覗かせてトーマスに見せる。
「…これで気が済んだか?」
「な、なんだよ…普通に綺麗な顔じゃねぇか。ん…でも、お前の目何処かで見た気が…」
「人違いだろう、普段はずっと兜だからな」
「…チッ、せっかく面白いネタ掴んだと思ったのによ」
と言いながらトーマスが自分の席へと戻っていく。シャルロッテはまだ不満そうにしていたが、オーウェンは何事も無かったかのように食事を再開していた。
放課後、担当教官のジュードが皆に思い出したように話しかける。
「あ、そういえばさ。2週間後に新入生歓迎球技大会があるから皆で練習しててね」
「いや、もっと早く言ってくださいよ!道理で他のクラスが放課後集まって練習してるわけじゃん…」
とアイリーンがボヤくと、ジュードは頭を掻きながら言った。
「ごめんごめん、伝え忘れちゃってて。まぁ、でも君達の場合は新しい仲間と仲良くなる時間も必要だったし、どうせ今から練習しても間に合うと思うからね。例年通り女子はバレーボール、男子はドッジボールに決まったみたいだから。んじゃ、宜しくね〜」
と言って教室を出て行くジュードを見て、ナサニエルが「あの人、絶対どうでもよくて伝え忘れただけだろ」と呟いた。オーウェンがトーマスに尋ねる。
「ドッジボールとは何だ?」
「ぁあ!?オメェ、ドッジボールも知らねぇのかよ!?」
「マイナーな球技は知らなくてな」
「全っ然、マイナーじゃねぇよ!?むしろ10代の球技ではメジャーな方だろうがよッ!ったく、仕方ねぇな!いいか?ドッジボールってぇのはな…」
とトーマスは不機嫌そうな顔をしながらも、懇切丁寧にルールの解説をする。一通りルールを聞いたオーウェンがトーマスに尋ねた。
「頭を狙うのはどうしてダメなんだ?」
「あぁ!?危ねぇからに決まってんだろうが!ドッジボールってのはなぁ、避ける競技なんだよ!」
「そうなのか」
「早速今日から練習だ!俺達は男子10人しかいねぇからフル出場だ、テメェら適当にやって負けたら殺すぞ!」
と張り切るトーマス。コリンが「トーマス君って、思っていたよりもイベントで熱くなるタイプなんですね。もっと面倒くさそうにするかと…」と呟きかけたが、トーマスにギロリと睨まれて口を抑えていた。
ーーー
一方、シャルロッテ達も女子で集まりバレーボールの選手を決めていた。ルーシーは身体を動かしたくないと言い、ライラは将来の旦那様候補を探すために男子の試合を見に行くと騒ぐ。結局、人族からは意識高い系アイリーン、アイドルのように目立ちたいメロディ、女の子ハーレム希望のタバサが出ることになった。アイリーンに残り6人を選出するよう言われて、シャルロッテ達が話し合う。
「私は人魚だから、歩けるようになっても素早く移動するとかは無理よ」とローラ。
「シャル様達には申し訳ないんですけど、私もあまり運動が得意な方じゃないから」とベアトリス。
イザベルとエラも同様の理由で選手を辞退し、結局エルフからはシャルロッテ、ドロシー、ケイト、オードリー、ダリアとアニーの6人が出場することとなった。
シャルロッテ達が出てくるとアイリーンはジト目をして言った。
「ダリアやアニーはいいとして、シャルちゃん達は大丈夫なの?」
「い…一応バレーボールのルールは知っているつもりですけど…」
「そう言う意味じゃなくて…なんていうか、貴方達って胸にハンドボールくらいのヤツが既に2つ入ってるじゃない。ドロシーさんなんてまるでスイカでしょ、胸の前で手を組めるの?」
とストレートに胸がデカいことを指摘されて、ドロシーは「スイカだなんて…ひ、ひどい…」と涙ぐんでいた。そして、ダリアとアニーも別の意味で涙ぐんでいた。
シャルロッテがすかさずフォローに入る。
「だ、大丈夫です!私達にはオーウェン様という素晴らしいコーチがいますから!きっと大会までには何とかなるはずです!」
「そう?なら、まぁいいけど。それじゃあ練習場所を探して、まずはトスの練習をしましょう」
アイリーンはそう言うとシャルロッテ達の手を引いて教室を出ていった。
大会2週間前ということもあり、校舎の至る所で他クラスの女子達がトスの練習をしている。シャルロッテ達は練習場所を探すのだが、Sクラスは出遅れたため練習場所を探せないでいた。
「なかなか見つかりませんね、練習場所って」
「ったく、ウチの担任が適当だからこうなったのよ。…こうなったら、あの場所しかないわ」
「あの場所って、何処ですか?」
「学院の中庭、通称『ダフネの庭』よ。全校生徒が集まって生徒集会が出来るほど広い所なんだけど、周囲の花壇には珍しい花がいっぱいで、毎日ダフネ学院長が水やりしているの。最近は騎士像なんかも置いちゃって、凄い力の入れようでね。普段は誰も立ち入らないのよ」
「そ、そんな場所で練習なんかして…大丈夫ですか?」
とシャルロッテが尋ねると、アイリーンは少しイライラした様子で言った。
「だって、しょうがないじゃない!練習できそうな場所はあそこくらいしか残ってないんだから!大丈夫よ、別にアタックの練習するわけじゃないんだし!」
そう言ってアイリーンは中庭の方へとシャルロッテ達を連れ出した。
中庭には整えられた花壇と隅々まで刈り込まれた綺麗な芝生、そして少し離れた壇場近くに騎士像が何故か後ろ向きで立っている。シャルロッテ達は騎士像から離れて練習しているのだが、シャルロッテはどうしてもその騎士像の後ろ姿が気になってしまっていた。アイリーンがシャルロッテに注意する。
「ちょっとシャルちゃん!さっきからよそ見しすぎなんだけど」
「す、すみません!でも、あの像の後ろ姿が何故か見覚えがある気がして…」
「そんなわけないでしょ?あの像は、ダフネ学院長が腕利きの職人さんに注文して作らせたもんなんだから」
「そ、そうですよね…」
「あの騎士像は学院長のお気に入りでね、生徒集会の時はこっちに向いているんだけど、普段はああやって学院長の部屋を向いて立ってるの。顔もすんごく美形で身体付きもかっこよくてさ、絶対こんなヤツ存在しないって感じなんだけど、学院長はいつも『こういう英雄になりなさい!』って皆に説教するのよ」
「へぇ、そうなんですか」
「細かいトコまで超リアルに作られているんだけど…1箇所だけ絶対盛ったなって思う所があるのよ」
「盛る…って何をですか?」
とシャルロッテが尋ねようとした時、ダフネが学院長室から中庭の方へ走り出てきた。
「貴方達、ここで何をしているんです!?」
アイリーンがジュードの不手際で練習場所がないことを伝えると、ダフネは渋々中庭の一部を使う事を承諾した。
「いいですか?花壇や芝生は構いませんが、あの騎士像にだけは絶対にボールを当ててはいけません!」
「ダフネ学院長、あの騎士像はなんですか?」
とシャルロッテが尋ねると、ダフネは途端に嬉しそうに微笑みながら解説を始めた。
「あの騎士像はね、私が腕利きの職人達に何度も作り直させて出来た理想の騎士像なのよ。武器1つだけで、それ以外は何も身につけず、鍛え上げた己の身体のみで立ち向かう…そんなテーマがあの像にはあるんだと思うわ。さぁ、もっと近くに寄って見てみなさい」
そう言ってダフネはシャルロッテ達を騎士像の前に連れて行き、解説を続ける。
「英雄っていうのはね、こういう眼差しをするものなの。こうして、男の象徴を武器一つで隠す所作も素敵ね。自分のソレがどんなに立派であろうと徒に見せびらかさない…戦士としての矜持が伺えるわ」
と言いながら、ダフネがシャルロッテ達の方を見ると、シャルロッテ達は一様に顔を真っ赤にして下を向いていた。ダフネが苦笑いしながらシャルロッテ達に声をかける。
「あら、年頃の女性には少し刺激が強過ぎたかしらね。安心なさい、普通の男の人はアレほど立派じゃないわ、オホホ。さて、そろそろ私は仕事に戻ります。良いですか、決してこの像を傷つけてはなりません!わかりましたか?」
『はーい』
と返事するアイリーン達の側でシャルロッテ達は、いつまでも顔を上げることは出来なかった。
何故なら、そこにあった騎士像は、ダフネに依頼され、ティンカー工房のヴィトルによって限りなく本物に近く作られた、オーウェンの裸体像そのものだったからである。
昨日は投稿出来ず、申し訳ありませぬー泣
色々立て込んでて、気が付いたら0時回ってました汗