必要な犠牲
夕方頃、オーウェンのマジックフォンにティンカーから着信が入る。
「あ、オーウェン!鑑定結果が出たよ」
「グールじゃなかったか?」
「うん、グールじゃなかったよ。でもヴァンパイアでもないんだ」
「…どういうことだ?」
「彼女は“ダンピール”、ヒト族とヴァンパイアのハーフさ」
「ダンピール?…ヴァンパイアとは違うのか?」
「まぁ、ヴァンパイアの身体を持って、ヴァンパイアよりも理性がある者って感じかな」
そう言うと、ティンカーはダンピールについて話し始めた。
〜〜〜吸血行為を抑制出来る賢いヴァンパイア達は、アシュリーの父のように人族に混じって生活する事がある。彼らの多くは人族の習慣や地位というものを楽しんでいるのだが、生活を維持していく上で、吸血衝動を抑えられないグールのような眷属は邪魔になってしまう。しかし医師のような職業でない限り、血液を安定的に得る事は難しい。
そのためヴァンパイアは人族と“恋愛ごっこ”をするのである。アシュリーの父のような特殊な場合を除き、多くのヴァンパイアにとって人族との恋愛は栄養供給源の確保である。しかし人族の恋愛感情というものはとても不安定なもので、力で一方的に屈伏させることはできない。そこで、彼らは人族と配偶関係になり、子供を儲けるのである。つまり子供を楔にする事で、自身がヴァンパイアであると伝えたあとも配偶者が逃げられないようにするのである。〜〜〜
「ただ、子供が出来た後は恋愛ごっこを辞めて、栄養源として配偶者に接するヴァンパイアが多いらしくてね。多くのダンピールは幼少期に不幸な生活を送るコが多いみたい」
「そうなのか…ヴァンパイアと違うなら、このまま放って置いてもいいのか?」
「んー、どうだろ…ダンピールの身体は限りなくヴァンパイアに近いからね。純粋なヴァンパイア程ではないけど、吸血も必要になるんだ。だから、極端に血液が足りなくなると…」
「ヒトを襲ってしまうということか」
「あり得るだろうね。ダンピールの中には、ヴァンパイアを討伐する代わりに報酬として血液を提供してもらう“ヴァンパイア狩り”を生業にしている者もいるから、吸血衝動はそれなりにあるんだと思うよ」
とティンカーが説明すると、オーウェンは驚いたように言った。
「ちょっと待て…ヴァンパイアを普通の人族と見分けるのはとても困難なはずだろう?」
「ダンピールには特殊な目があるみたいでね、魔力や魔素の見え方がボク達とは違うみたいなんだよ」
ティンカーの説明を聞きながら、オーウェンはアシュリーの言葉を思い出していた。
(…なるほど、アシュリーが色味で人間性を把握していると言っていたのはダンピールの特性だったか。)
などとオーウェンが考えていると、ティンカーが続ける。
「まぁ、そういうことだから隷属化はしておいた方がいいよ。皆にとっても、そのアシュリーってコにとってもね」
「あぁ、そうだな…有り難う、ティンカー」
「うん、頑張ってね」
ーーー
通話を終えて、オーウェンはティンカーから聞いた内容を皆の前で話す。
「…というように、アシュリーは純粋なヴァンパイアではなく、ダンピールと呼ばれる存在らしい。だが、血液が枯渇すれば吸血衝動を抑えられなくなる事もあり、危険が無いとは言えない」
「…ティンカーが教えてくれた隷属化ってヤツなら、吸血衝動を抑えられるのか?」
「隷属化は魔族の行動を強力に縛ることが出来るため、アシュリーが万が一吸血衝動に駆られても、制限する事が出来るらしい。ただ…」
「…なんだよ?」
「術者にも当然それなりのリスクが必要となる。魔族を隷属化させた術者は、自身の命に関わるようなもの以外、要求を断ってはいけないという事だ。つまりアシュリーが血を求めた場合、俺が彼女に血液を提供するというような…」
とオーウェンが言いかけると、ナサニエルは笑顔になって言った。
「なんだ〜、死んだ後に魂を寄越せ的な事でも言いだすのかと思ったら…そんなことか。オーウェンなら全然問題ないじゃん」
「…ナサニエル、俺も傷が付けば一応痛みを感じるんだが」
「でも、“健康体”ってヤツのおかげで傷も失った血液も元に戻るんだろ?むしろオーウェンなら、うってつけじゃねぇか?」
「…」
あまりの言われ様にオーウェンが言葉を失っていると、ベアトリスが口を開いた。
「それでも、貴方はそうするんでしょ?」
「…まぁ、そうだな」
とオーウェンが呟くと、皆はオーウェンの変わらない優しさに触れて、安心したように笑顔になる。
「…アシュリーはどうだ?嫌なら断ってくれても構わないぞ」
とオーウェンがアシュリーに問いかける。
アシュリーはニッコリと笑って言った。
「オーウェンさんがリスクを背負ってまで私を気にかけてくれているんです、嫌な事なんてありません。だから、お願いします…私を隷属化してください」
「いいだろう、早速始めるぞ」
そう言うと、オーウェンはアシュリーの手を引いて、自分の部屋へと向かった。
ーーーーーー
シャルロッテ達やナサニエル達には2階で待つ様に指示し、オーウェンはアシュリーとエルヴィスだけを連れて、オーナーズエリアへ入る。
「エルヴィス、俺が合図するまで部屋には誰も通してはならん。万が一、俺が隷属化に失敗し命を落とした時には、お前がアシュリーの面倒を見てやってくれ」
「あってはならない事ですが…了解致しました、我が主。ご武運を」
と言葉を交わし、オーウェンは寝室へと入っていった。
ティンカーから送られてきた小包には銀製の針とグラス、そして隷属印の記された紙が同封されており、手紙には儀式の手順が記されていた。その手順は以下に示す通りである。
〜〜〜
1.儀式の場所を選びましょう。儀式は魔族と2人きりで、最中は誰も入らないようにドアを見張ってもらいましょう。(鍵は閉めない様に!隷属化する前に殺される可能性があります。)
2.お互いに肌を露出し、抱き合いましょう。触れ合う肌の表面積が大きいほど、魔力の流れをスムーズに感じることが出来ます。(恥ずかしがると魔族に侮られて、隷属化を断られる可能性があります。)
3.銀製の針を使って、左手の薬指から術者と魔族のそれぞれの血液を採取し、グラスに注ぎましょう。(術者の血液が多めの方が、隷属化がスムーズに進む様です。)
4.グラスに採取した血液で、同封した隷属印を魔族の胸に描きましょう。(隷属印が綺麗に描けるほど、隷属化はスムーズに進む様です。)
5.グラスに残った血液を魔族に飲ませ、再び抱き合いましょう。(口移しで飲ませると、より強固な隷属関係が築けます。)
※なお、隷属化した後、一時的に魔族が暴走する事がありますが、危険はありませんので気の済む様にさせて、主人としての器に広さを見せつけてやりましょう。術者の名前に「〜〜様」と敬称を付けるようになれば、成功です。お疲れ様でした。
〜〜〜
オーウェンは手紙に記された手順を読みアシュリーに指示をする。
「アシュリー、着ている物を全部脱いでくれ」
「ふぁ!?な、何故ですか!?」
「触れ合う肌の表面積が大きいほど、お互いの魔力の流れをスムーズに感じることが出来るらしい。安心しろ、俺も脱ぐ」
そう言ってオーウェンは、躊躇なく真っ裸になった。
(恥ずかしがって、失敗する訳にはいかんからな…)
などとオーウェンは考えていたが、実際に全力で恥ずかしがっていたのはアシュリーの方だった。アシュリーが下着も全て脱ぐと、オーウェンがアシュリーを抱き寄せる。
「お、オーウェンさん…」
「必要な事だ、我慢してくれ」
「い、いえ。嫌とかじゃなくて…オーウェンさんの身体、温かいなぁって…。それに、とても綺麗なお顔しているんですね…」
アシュリーが囁くように呟くと、オーウェンは赤くなりながらも次の手順に移る。銀製の針を使ってアシュリーの薬指からグラスの底にわずかに溜まる程度の血液を採取し、その後は自分の血でグラスを並々と満たした。香り始めた血の匂いに反応したのか、アシュリーの瞳が赤く光り、息遣いが少し荒くなる。
オーウェンがアシュリーの胸に隷属印を正確に模写する間、アシュリーはくすぐったそうにしていたがオーウェンは腕を止める事なく続けた。隷属印を書き終えたオーウェンが、アシュリーに言う。
「後はグラスに残った血液を飲んで貰うのだが…より強固な関係を築くためには口移しするようにと書いてある。だが、アシュリーが嫌なら…」
「い、嫌じゃありません!」
「…そうか、なら…」
そう言うとオーウェンはグラスに入った血液を口に含み、アシュリーの口に流し込んだ。アシュリーが少し苦しそうな声をあげながらも、流し込まれた血液を喉を鳴らして飲む。全て飲み終えたアシュリーは、恍惚とした表情でオーウェンの事を見つめていた。オーウェンが再びそっとアシュリーを抱き寄せる。すると、先程まではとても冷たかったアシュリーの身体が発熱し、その白い肌が火照り始めた。
「お、オーウェンさ…ん。か…身体が…変です…」
「隷属化が始まったのだろう、身を任せて身体の力を抜くんだ」
「あ…熱い…、身体が…疼いて…お、おかしく…なりそ…う」
「気をしっかり持て、俺の名前を呼び続けろ。呼び方が変化すれば、成功した証らしい」
「お…オーウェンさ…。オーウェ…ンさん…!…ぁあっ!…オーウェンッ…さァンッ!」
と叫びながら、アシュリーがオーウェンの腕の中で苦しそうに身悶えする。オーウェンは、アシュリーが暴れて怪我しない様に、強く抱きしめながらその時を待った。
しばらくして、アシュリーの呼び方が少しずつ変化してきた。
「ハァハァ…オーウェンッ…さ…ま。オー…ウェン…ハァ…様ァ。オーウェン…様ぁ!」
「いいぞ、アシュリー。儀式は成功した様だ、後もう少し…頑張れ」
「ハァハァ…は…い、オーウェン…様…」
とアシュリーが呟き、全身の力が抜けた様にオーウェンに倒れてくる。いつのまにかアシュリーの胸に描いた隷属印は消えており、アシュリーの薬指とオーウェンの薬指には絡み合う蛇の様な模様が刻まれていた。アシュリーを抱きかかえながら、オーウェンは薬指の模様をマジマジと眺めていると、アシュリーがオーウェンの首下に擦り寄る様に身体を寄せてくる。
「気が付いたか、アシュr…」
とオーウェンが言いかけた途端、アシュリーが物凄い力でオーウェンの両腕を押さえつけ馬乗りになってきた。
ーーーーー
一方、エルヴィスは廊下の外でオーウェンの言いつけ通り、扉を見張っていた。完全防音のため中の詳しい様子はわからないが、魔素の流れで儀式がどの程度まで進んでいるのかは何となく把握していた。しばらくして
魔素の流れが落ち着いたと思ったのも束の間、急激に膨れ上がる膨大な魔力の気配を感じ、エルヴィスは身構える。
(凄く荒々しい魔力の塊…やはり、ハーフと言ってもヴァンパイアの血を受け継いでいるだけはありますね…)
などとエルヴィスが考えていると、オーウェンから予め渡されていた手元のブザーが鳴った。急いでエルヴィスが扉を開けて中に入る。
「お、オーウェン様ッ!どうされましたか!?」
そう言って飛び込んだエルヴィスの目の先には…真っ裸のアシュリーに押さえつけられて、全身のあらゆる部位にキスをされるオーウェンの姿があった。白目になって動きが止まるエルヴィスに、オーウェンが助けを求める。
「儀式は成功したんだ!だがッ…さっきからこの調子で…くっ…全身にキスされているッ!…くすぐったくて、敵わん…エルヴィスッ…た、助けろ!」
「そ…そう言われましても…」
と呟きながら、エルヴィスは床に落ちていた儀式の手順が書かれた手紙を拾いあげて読み返す。すると、ちょうど預かっていたマジックフォンが鳴り響いた。
「はい、オーウェン様のマジックフォンです」
「あ、エルヴィスさん?久しぶりー、元気してた?さっき、オーウェンに伝え忘れた事があってさ。オーウェンに代わってもらえる?」
「我が主は少し立て込んでまして、スピーカーにしましょうか?」
「あぁ、頼むよ。えっとね、ダンピールについてなんだけど…ダンピールの中には興奮状態になると血液だけじゃなくて性的欲求が高まっちゃうコも居るんだって。大体は男のコのダンピールに見られるらしいんだけど、女のコで起こってもおかしくないみたいだから、一応伝えておこうかなって思ってね。…って、聞いてる?」
「ティンカーさん、我が主は今まさにその性的欲求を全身で受け止めてる所でして…」
とエルヴィスが伝える側で、オーウェンは「そういうことは、もっと早く言え!」と騒いでいたが、ティンカーは特に聞いていない様子で言った。
「あ…そーなんだ…。おっけー、邪魔してごめんね。はぁい、じゃあまた」
と言って一方的に通話を終了するティンカー。オーウェンが、エルヴィスに呼びかける。
「と、とにかく…そういう状況だ…ッ!エルヴィス、手を貸してくれ!」
「儀式の手順書では、命に関わらないものなので全て受け入れるようにと書いてあります。…器の広さを示してあげてください、オーウェン様」
「ちょ…ちょっと待て!エルヴィス!何を諦めたような顔をしているのだ!?…何処へ行く、エルヴィス!ドアを閉めるな!戻ってこい、エルヴィ…エルヴィスさーーーん!」
と、助けを求めるオーウェンを無視してエルヴィスは後ろ手にドアを閉めた。
その後、冷静さを取り戻して涙目で赤面するアシュリーと、全身にキスマークがついたオーウェンが部屋から出てくると、シャルロッテ達は何があったのかとエルヴィスに詰め寄っていたが、エルヴィスは一言だけ答えた。
「これは、必要な…犠牲です」