救出
ーーーーー警告音がなる少し前…
「シャル姉さまぁ、疲れましたぁ。戻りましょうよぉ」
「そろそろあるはずなんだけど…あ、ありましたわ!ベル、観て!素敵でしょう?」
「早く行きましょうよぉ、試合が始まってしまいますよぉ?」
「それもそうね、お母様にも怒られちゃうわ」
そう言って花を摘んだシャルロッテとイザベルが、元来た道を戻ろうとした時だった。
そう離れていない場所からバァーンと打ち付ける様な音がしたと同時に、けたたましい警告音が鳴り響く。
アナウンスの内容を聞いてベルが呟く。
「これって、ここに着いた日にアウグスト侯爵さんが言ってた魔物の仕業じゃないですかぁ?」
「へ、平気よ。フィールドには結界魔法が張られているって言ってたし。急いで戻れば大丈夫よ」
2人は大急ぎで歩いて入場ゲートまで150mほどの位置まで来た。
「ほら、ゲートの所までもう少し…」
とシャルロッテが言い掛けた時、パァンと何かが破れる音がした。魔物の侵入を知らせるアナウンスを聞いてイザベルがひぃっと悲鳴をあげ、座り込んだ。
「ベル何しているのよ、早く行きましょう!」
「足がすくんじゃってぇ…」
「しょうがないわねぇ、私が肩をかしてあげ…るから…」
「…シャル姉さまぁ?」
イザベルが急に黙り込んだシャルロッテの顔を覗き込む。
シャルロッテは目を大きく見開き、一点を見つめて震えていた。イザベルもシャルロッテの視線の先を観て瞬時に理解した。遠く薄っすらではあるが巨大なシルエットが木々をなぎ倒しているのが見える。2人は急いで岩陰に隠れ、息を潜めた。
ーーーーー
オーウェン達は、西の入場ゲートが見える所まで来ていた。
ナサニエルが「もうそろそろだな」と言いながら、オーウェンに問いかける。
「王女殿下達を救出したらどうする?」
「さっきも言ったが、魔物と交戦はしない。ケイト!オードリー!前にこいッ!」
ケイトとオードリーの馬がオーウェンの馬と並ぶ。
「王女殿下達はお前らの馬に乗せる。女性の方が体重は軽いからな、馬も速く走れるだろう。王女殿下達を乗せたら、真っ直ぐに会場に向かえ。決して後ろを振り返るな、何があっても王女殿下達を守り抜け」
ケイトとオードリーは少し表情を強張らせながら頷く。オーウェンは他の仲間にも大声で告げた。
「殿は俺とナサニエルでやる。他の者は矢でケイトとオードリーの退却を援護しろ」
オーウェン達がゲート前を過ぎ、その先の岩場まで来た時だった。
「…誰かいらっしゃいますの?」
とシャルロッテとイザベルが岩陰から出てくる。
「シャルロッテ様!イザベル様!お迎えに参りました、早くこちらへ」
オーウェンがそう言うと、ケイトとオードリーが2人をそれぞれの馬に乗せる。
2人を乗せている後ろで、ナサニエルが声を上げた。
「おいおいおい、さっさと走らせねぇと…やべぇぞ!」
オーウェンが振り返ると200mほど向こうから木々をなぎ倒し、まっすぐに向かってくる巨体が見える。
「乗ったな、行くぞ!」
2人が馬に乗り、オーウェン達がその場を離れる頃には巨大熊は20mほどの位置まで迫ってきていた。全長は9m弱といった所だろうか。とんでもないスピードで追いかけてくる。皆で大量に矢を放つが、刺さったのは数本で後は弾かれてしまった。ナサニエルが「オラァッ!」と矢を放つ。矢が左眼を貫くと、巨大熊が一瞬スピードを落とした。
「どーよ、俺の腕前は!」
ナサニエルがガッツポーズを作って見せようとしたが、巨大熊が急に今まで以上にスピードを上げナサニエルを捉えようと手を伸ばす。
「やっべぇ、捕まる…ッ!」
ナサニエルにその大きな爪が今にも届こうかという瞬間に、伸ばされたその大きな手がズバンッと弾き飛ばされていった。ナサニエルが振り返ると、血塗れの方天画戟を担いだオーウェンが、ナサニエルと巨大熊の間に割って入った。巨大熊は片手を飛ばされてスピードダウンしたが、それでもなお馬のスピードについて来る。
「大丈夫か!?」
「た、助かったぜ!オーウェン!」
「まだ終わっていない、このまま退くぞ!」
オーウェンとナサニエルはそのまま全速力でアウグスト達の下へと急いだ。
ーーーーー
一方、アウグスト達の方では納屋ほどの熊に30名程の騎士が槍を向け、防壁魔法を死守していた。アウグストは騎士達を指揮しながら、オーウェン達の帰りを待つ。オーウェンの小隊の幾人かが助力を申し出たが、アウグストはこれを丁重に断った。万が一、オーウェン達が魔物を引きつけてきた場合に彼らが巻き込まれてしまう可能性があったからである。
アウグストは目の前にいる巨大熊に弓を射ながら兵士達を鼓舞する。
「見ろ、ヤツは血を流して徐々に弱っているぞ!遠巻きに槍で突き刺し、トドメを差すのだ!」
『おぉぉッ!』
兵士達が一気に畳み掛ける。アウグストの矢で動きを鈍くしていた巨大熊は攻撃をいなせず、まともに目や心臓を貫かれ吐血し絶命した。
『やったぞぉ!』
兵士達が喜んでいるのも束の間、フィールドの方から馬が駆けてくる音が聞こえ、ケイトとオードリーが王女殿下達を覆う様に庇いながら出てきた。
アウグストが駆けつけ呼びかける。
「王女殿下達は無事だったか!オーウェン達はどうした!?」
「殿で巨大熊と交戦中です!アウグスト侯爵、迎撃をお願いします!もうすぐ彼らが森を抜けてきます!」
アウグストは急いで兵達を集めた。
「左右に分かれて密集陣形を取れ!決してここを抜かせるな!」
『おぉぉッ!』
兵達が密集陣形を取り待ち構えていると、程なくして他の騎兵達とナサニエルが勢いよく飛び出してきた。
「くるぞぉおおおーー!!」
ナサニエルの言葉を聞き兵士達がグッと身構える。木々をなぎ倒しながら何かがこちらへ向かってくるのを皆が感じていた。そして、森の中からオーウェンが飛び出した後に間髪入れず巨大熊が出現し、防壁魔法と結界魔法にぶつかると結界魔法が一発で破壊された。
「う…嘘だろ。ありえん…」
「大き過ぎる…」
兵に動揺が走る。それもそのはず、その巨体はもはや一個小隊レベルでどうにか出来るものではない。
あまりの大きさに観客達もパニックになり、その場を離れようとする。
アウグストが「怯むな、死守せよ!」と鼓舞したが、兵達は及び腰になってしまっていた。
巨大熊が防壁魔法を何度も叩き、少しずつ綻びが出来始めている。
(このままでは、多くの犠牲を出してしまう…)
アウグストの額に脂汗が滲んだ、その時…
「父上!兵と共にお下がりください!」
オーウェンが馬に跨り戻って来た。
「オーウェン、何をしようというんだ!」
「私が、コイツの執念を断ち切ってみせます!」
「無茶だッ!この大きさは正規兵が100人居てどうにか動きを止められる程度だ!一人でどうにか出来るもんじゃない!それに今、命からがら逃げ戻ったばかりではないか!」
「逃げたのではありません!ここを選んだのです!」
「…どういうことだ!?」
「森の中では木々が生い茂っていますからね、コイツを振り回せる場所を探していたのです」
「…な?なんだそれは?」
「方天画戟…ですよ」
オーウェンがブンブンと音を立てて振り回すと、心なしか巨大熊が怯んだように見えた。
ナサニエルが叫ぶ。
「アウグスト侯爵!オーウェンなら出来るはずです!森でもヤツの右手を吹き飛ばしたんです!」
そう言われてアウグストが巨大熊の方を見ると、確かに右手が手関節辺りで切断されビュッビュッと血が吹き出ているのが確認できた。
「オーウェン…本当に出来るのか?」
「父上は嘘を喜ばないでしょう。大丈夫です!さぁ、兵に下がるように言ってください!」
「…わかった。お前達!ここはオーウェンと私が引き受ける!急ぎこの場を離れ、王妃殿下や公爵家の方達の護衛に当たれ!」
『…ハッ!!!』
そういうと、兵達は泣きそうな顔をしながら観客席の方へと向かった。
日が西へと傾き始める中、オーウェンとアウグストはたった2人で巨大熊と対峙していた。