館に潜む者
ナサニエルが震える声で、オーウェンに尋ねる。
「お…おい、オーウェン…今の…見た?」
「あぁ、割とはっきり見えてしまったな。エルヴィスの情報通り、どうやらあの館には何か秘密があるらしい」
そう言うとオーウェンは、館に向かって歩いていく。
「おい、オーウェン!?何してんだよ!?」
「ジェヌインは、俗に言う魔族だ。世界中で起こっている異変について、何か情報が得られるかもしれん」
「相手はヴァンパイアだぞ!?血を吸われて眷属にされたらどうするんだよ!?」
「一応、俺には“健康体”という特性があってな。余程の即死攻撃じゃ無い限り、俺は死なないし傷付かず状態異常にもならんらしい」
「…なんだそれ、もう怖いもの無ぇじゃねぇか」
「ナサニエル達はここで待っていろ、俺はあの影の正体を確かめてくる」
そう言うとオーウェンは、スタスタと一人で館へと向かっていった。
オーウェンが慎重に扉を開ける。普段は特に気にしていなかったドアの軋む音や家鳴りを、敏感に感じとっている自分に気付き、オーウェンは「…何だかんだ言って、俺も不安になっているんだな」と独り言を呟きつつ、気を取り直して魔力感知を発動する。
「魂喰らい」を会得して以来、オーウェンの魔力感知は徐々に感度を増しているようで、今ではゴキブリ並みの小さい虫の持つ魔力すら感知できるほどになっていた。そのオーウェンのセンサーに一つだけ引っかかる魔力がある。その大きさはネズミほどのものだが、他のものと違って屋敷の地下のある一点から全く動かない。オーウェンは超音波を使い、部屋の中を隈なく捜索し始めた。
しばらくして、オーウェンは暖炉の手前の床板に切れ込みがあることに気づいた。ゆっくりと持ち上げると、そこには地下へと続く階段が現れる。あまりのベタな展開に、オーウェンはそのまま閉じて帰ろうかとも思ったが、怯えるシャルロッテ達の顔が頭に浮かび思い止まった。
(ここで行かなければ、魔族に繋がる情報は得られない。何より、シャル様達を不安なままにはさせられないからな…。)
意を決したように、床下へと歩みを進めるオーウェン。腰を低くしてしばらく歩くと、目の前に黒塗りの棺が一つだけ横になっていた。中を確認しようと棺に近づき、オーウェンは気付く。棺の蓋は既に開いており、魔力感知で先程まで動いていなかったはずの魔力が、いつの間にか自身の背後に忍び寄っていることに。
ーーーーーー
一方、ナサニエル達は門の近くでオーウェンの帰りを待っていた。辺りはすっかり暗くなり街灯だけが灯る中、聞こえてくるのは虫の声と夜行性の鳥の鳴き声だけである。グレンが尋ねる。
「なぁ、ナサニエル…遅くねぇか?」
「相手はジェヌインだからな、それくらい慎重にならなきゃオーウェンでもヤバいって事だろ…」
「そりゃそうなんだろうけどよ…」
「心配する気持ちはわかるぜ…だが、オーウェンはここで待っていろと言ったんだ。シャル様達を守るために、俺達をここに置いて1人で…」
とナサニエルが言いかけた途端、ズドンっという大きな地響きと共に屋敷が揺れた。屋敷の周囲を飛び回っていたコウモリ達が、慌てて逃げ出す。
「一体…何が起こっているんだ!?」とナサニエル達が騒いでいると、再びズドンっという音が聞こえ屋敷の窓ガラスが勢いよく飛び散った。エルヴィスが「わ、我が主ーッ!」と叫び、ナサニエルの静止も聞かずに咄嗟に走り出す。
「ちょ、ちょっと待って、エルヴィスさん!あぁ…仕方ねぇなッ!グレン、シャル様達を連れて逃げ出す準備を整えておけ!」
「ナサニエル、お前はどうすんだ!?」
「オーウェンとエルヴィスさんを連れ戻してくるッ!皆は絶対に近づくんじゃねぇぞ!」
と言うと、ナサニエルまで屋敷の方へと向かっていった。
エルヴィスにナサニエルが追いつき、2人が勢いよくドアを蹴破ると、そこには地面に組み伏せられたまま泣きじゃくる赤いドレスを身に纏った色白の美少女と、その腕を押さえつけて馬乗りになるオーウェンがいた。
「我が…主…一体何を?」
「お…オーウェン…お前…」
と声を詰まらせる2人に、オーウェンは初めて虫取りをした少年のように嬉しそうに言った。
「見てくれ!やっと捕まえたんだ!」
「いや…側から見たら小さい女の子に乱暴している危ないヤツにしか見えないぞ、お前…」
「何を言っているんだ、コイツが例の…」
とオーウェンが言いかけたその時、シャルロッテ達がオーウェンの身を案じてナサニエル達の後を追っかけてきた。
「オーウェン様!ご無事で…」
と言いかけたシャルロッテ達の眼に、泣きじゃくる美少女を馬乗りになって押さえつけるオーウェンの姿が入ってくると、シャルロッテ達の目から一瞬にして光が消えた。
「…オーウェン様、そんな可愛らしい子に一体何を?」
「シャ…シャル様、何か勘違いされていませんか?み、見た目はこんな感じですが、コイツが例のヴァンパ…」
と言いかけたオーウェンが、皆の白い目にたじろいでいると、組み伏せられた美少女が「……ぃやぁ」と、か細い悲鳴を上げる。
『オーウェンッ!!』
と皆に詰め寄られて、オーウェンは過去一番に動揺した。
ーーーーーー
しばらくして少女が落ち着きを取り戻して、話し始めた。
「私の名前はアシュリー・ヴァン・ドレイクです。…すみません、驚かせてしまって」
「いいんですよ…むしろこっちが謝りたいくらいですわ」
と言うシャルロッテの側では、跪かされたオーウェンが暗い顔をして下を向いていた。オーウェンに代わり、ケイト達がアシュリーに質問を始める。
「アシュリーちゃんはさ、そのー…ヴァンパイア…なの?」
「はい、そうなんです。やっぱ…嫌…ですよね、私達みたいな魔物って…」
「いや、そう言うわけじゃ無いんだけど…エルヴィスさんがいっぱい怖い話するから、なんかギャップありすぎてどう反応していいかわかんないんだよね…」
「いえ、本当は怖いのが当たり前なんだと思います。昔から、悪い事をする同族は多かったようですから…」
と言って下を向くアシュリーに、皆が言葉を詰まらせていると顔を上げたオーウェンが言った。
「お前はどうなんだ?何人の人を殺した?」
「…わかりません」
「わからないほど殺したという意味か?」
「そうじゃなくて…本当にわからないんです。血はいつもお父様が持ってきてくれてたから」
そう言うと、アシュリーはこれまでの経緯を話し始めた。
〜〜〜アシュリーが生まれたのは、パシフィス皇国よりも西の方にある小さな国であった。父はヴァンパイアだったが母は普通の人族で、父は人族のような生活をしようと努力していた。医師として人々の生活を支えつつ、体内の毒気を抜く方法として一般的に普及していた瀉血を行い、無理なく血を集めていた。やがて、見た目が全然変わらない事を理由に患者から不審な目で見られるようになり、父は母とアシュリーを連れて国を捨てる覚悟をした。しかし旅の途中で、アシュリーの母は事故に遭い瀕死の傷を負ってしまい、父はやむなく母を眷属にする。その後3人はこの地へ移り住み、しばらくは平穏な日々を過ごせていたのだが、やはりアシュリー達の見た目が変わらない事に不信感を抱いた街の人達に、例の如く館を囲まれる事態となった。アシュリー達は屋敷の地下で生活するようになったのだが、ヴァンパイアであるアシュリー達と違い、眷属である母は血を欲する衝動を抑えられなくなっていた。ある日、父が目を離した隙に母は街の人を襲い殺してしまった。父は母を眷属にしてしまった事を嘆き、ケジメをつけてくると言い残し、屋敷を出ていった。〜〜〜
「お母様達が出て行って何十年も経ちましたが、父は結局戻ってくる事はありませんでした。ずっと空腹に耐えて居ましたが、流石に耐えきれなくなって…近くの家に忍び込んで食べられそうな物を探したりしました。…でも、大体のものは身体が受け付けなくて…全部吐いちゃって。父が育ててくれていた野菜で、唯一大丈夫だったトマトを夜中に探しに出たりしていました」
アシュリーは淡々と話していたが、シャルロッテ達は嗚咽を交えながらその話を聞いていた。アシュリーが話を続ける。
「そんな時、ここ数日物音がするようになった事に気付きました。借家になっていたから誰か借りたのかなって、驚かせちゃいけないと思って地下にずっと隠れて居たんです。でも、今日は普段と違って誰も居ない様子だったので、少し油断してて…躓いて明かりを付けちゃったんです」
「なるほど、あの時の灯りはそれか」
「はい。その後、凄い魔力を持ったヒトが屋敷に近づいて来たので、怖くて地下へと逃げました。そしたら、地下への扉を開けて入って来たので、驚かせて出て行ってもらおうとしたら…急に…」
と言いながら、アシュリーがまた涙目になる。皆が再びオーウェンを白い目で見ていると、アシュリーは自分を落ち着かせるように手で顔を扇いで言った。
「ご、ごめんなさい…すぐ泣いてしまって。オーウェンさんは悪くないんです。オーウェンさんのオーラにビックリして逃げ出そうとして、魔力を使っちゃって…。そしたら組み伏せられちゃって」
「急に逃げ出したからな、俺も捕まえようと必死だった」
とオーウェンが悪びれる様子もなく言うと、ナサニエルがジト目で聞いた。
「っていうかさ、あの家が吹き飛ぶような衝撃はなんだよ?まさか、アシュリーちゃんを殴ったんじゃないだろうな?」
「あれは発勁と呼ばれる体術に、超音波による衝撃波を上乗せしたものだ。ルーイヒと戦った後、敵を傷付けずに無力化させる方法を思い付いてな」
「…とんでもねぇ技を短期間で編み出してんじゃねぇよ。まぁ、でもこうやって誤解も晴れたんだし…良かったじゃねぇか?」
とナサニエルが言うと、オーウェンは首を横に振って言った。
「いや…まだだ。俺はまだアシュリーの事を信用していない」
そう言うと、オーウェンは徐にナイフを持って立ち上がった。