エルヴィスの日常
さて、オーウェン達が学院生活に悪戦苦闘(?)している頃、エルヴィスは一人で街へと繰り出し、買い出しのついでに情報収集に勤しんでいた。
〜〜〜パシフィス皇国の王都オネットは元々特別エリアまでの範囲だったが、この何百年もの間で周辺で商いが盛んになり、人々の往来も多くなったため普通エリアや経済エリアが作られ、新たに周囲を巨大な壁で取り囲み現在のような形になったということである。この時、多くの商人達は奴隷を連れていたが、7代ほど前の皇帝が皇都内での奴隷の所持と皇都を囲む壁の移動を禁止してしまった。そのため、商人達が放棄した奴隷達が皇都の外に出られなくなり、様々な施設を作ろうと予定していたエリアに廃材などを使ったボロ家を作り住み着いてしまった。その後、彼らの処遇を不憫に思った別の皇帝により皇都を出られるように法の改正がなされたが、既に数代経ち、多くは奴隷というよりもただの貧民という認識になっていたため、皇都を出て行く者はほとんど居なかった。その後、彼らの住む地域は保護エリアと指定されたが、教養の無い彼らに斡旋出来る職はなく今日までほぼ放置されているという事である。〜〜〜
「あそこには近寄らない方が良いわよ、治安も良くないし。色々病気も流行っているみたいだしね」
「なるほど、肝に銘じておきましょう。ご親切にありがとうございます」
とエルヴィスがお礼を言うと、花屋の女主人は顔を赤らめながら花の胸飾りを一つサービスしてくれた。
その後、エルヴィスは公文書館などを周り、パシフィス皇国の内情に関して調べを進める。そこには、今から2000年以上も前からアルモニア教がこの地で信仰されている事、100年ほど前に神託の巫女が出現して以降は戦争が極端に減った事、神託の巫女は余程特別な事情がない限り、王以外に誰とも接触できないように匿われている事などが記されていた。
(…神託の巫女に会うには一筋縄では行きそうにありませんね…)
などと考えながら、エルヴィスはページを捲って次の記事を読み進めていく。しばらくすると、エルヴィスの手が止まった。見つめるその先には、オーウェン達が借りている借家についての記事が大量に書き込まれていた。
ーーーーーー
オーウェン達が午後の実習を終えて家に戻ろうとすると、校門近くで多くの女子生徒に囲まれて困ったような笑顔で対応しているエルヴィスの姿を見つけた。
「エルヴィス、どうしたんだ?」
「お帰りなさいませ、オーウェン様。街に出たついでにオーウェン様達の帰りを待っていたのですよ」
「そうだったのか、ご苦労だった。それで…何か収穫はあったか?」
「えぇ、ニンジンが5本で300コルナでした。他にも、ジャガイモやお肉も安くて…」
「そ…そうか。安いのが嬉しいのはわかったが、そう言う事じゃなくてだな」
とオーウェンが言うと、エルヴィスは急に真面目な顔で話し始めた。
「神託の巫女が何処にいるかは不明です。文献には王以外の王族ですら直接接触する事は出来ないと…そう書かれておりました」
「そうなのか…直接真意を問いただそうと思っていたのだがな。誰か情報に詳しそうな者と懇意になって聞き出す他無いようだな…」
「そうですね。それから…」
とエルヴィスは、色々仕入れた情報についてオーウェンに伝える。話終わる頃には、オーウェン達は借家の門の前に着いていた。すると、エルヴィスがピタリと足を止めて言う。
「オーウェン様…とても言い出しにくいのですが、今日は何処か別のところから船に戻りませんか?」
「どうした、エルヴィス?まさか、あらぬ噂でお前まであの館が怖くなったんじゃないだろうな?」
「それが、どうもあらぬ噂では無いようなんですよ」
「…どういうことだ?」
とオーウェンが聞くと、エルヴィスは皆の前で館について話し始めた。
〜〜〜今から500年ほど前に、他国から貴族の一家が戦禍を逃れてオネットへたどり着いた。当然、特別エリアに居を構える事は許されず、彼らは普通エリアに住む事になったのだが、とても人当たりの良い性格をしていたため、次第に街の人達とも打ち解けていった。しかし奇妙な事にその一家は、50年経っても100年経っても全く姿が変わらなかった。また、これだけ広い屋敷にも関わらず使用人が1人も居らず、街の人達は徐々に屋敷に近寄らなくなっていった。そんな時、館の近くで失踪事件が起こり数日後に干からびた遺体が見つかった事から、街の人達はこの館に住む者達がヴァンパイアだと決めつけ、衛兵達を焚き付けて館を包囲した。〜〜〜
「衛兵達が館を隈なく探したようですが、そこには人はおろか誰かが住んでいた形跡も無かったそうです。その後、街の人達はこの家に何度も火を放とうとしたのですが、その度に急に雷が鳴り響き大雨が降り始めるため、何かの呪いと考えて寄り付かなくなったと言います」
「たまたまじゃないのか…梅雨の時期だったとか」
「それだけではありませんッ!」
そう言うと、エルヴィスはカッと目を見開いて言った。
「この屋敷の周辺で黒い小さな影が何度も目撃されるようになり、家の家具が勝手に動いたり、買ってきた食べ物がいつの間にか食い荒らされたりする事件が多発したそうです。その結果、この一帯が空き家になってしまったと言う事なんです!」
「単純に泥棒に入られた可能性もあると思うが…。というか、エルヴィス。まさかとは思うが、それで怖くなって俺達の帰りをわざわざ待っていたのか?」
「当たり前ですッ!!相手はあのヴァンパイアですよ!?」
「ヴァンパイアを知っているのか?」
とオーウェンが尋ねると、エルヴィスはヴァンパイアについて話し出した。
〜〜〜ジェヌインであるヴァンパイアは主に他種族の血液を糧として生活する。理由は割愛するが、ヴァンパイアは良く人族を標的にする。
彼らは自身の眷属を作るために一部の人間を瀕死の状態で生かす事があるのだが、血液を瀕死になるまで吸われた人間は生への執着心から、周囲の魔素を取り込みグールという魔物に成り果てる。人型を保っており会話も成り立っているように見えるため、グールをヴァンパイアと同じくらい知性のある魔物と捉える者もいるが、その認識は完全に間違いである。確かめる方法は非常に簡単で血を一滴彼らに見せればいい、そうすればグールは恐ろしい形相で襲いかかってくることだろう。
しかし、ヴァンパイアは違う。彼らは例え目の前で大量の血液が流れようとも、自分の欲求を満たすための行動を理性で制限することができる。時には血を酷く怖がるような演技も出来ることから、人間と区別をつける事が出来ず、それ故にヴァンパイアを退治する事は非常に困難なのである。冒険者ギルドでたまにヴァンパイアの討伐の報告がなされる事があるが、正しくは限りなくヴァンパイアのように振る舞うよう調教されたグールが、自身の主人のために囮になって倒されたというだけである。〜〜〜
「私はグールしか見た事ありませんが…本っ当に気持ち悪いんですッ!あの舐め回すような視線…今思い出しても鳥肌が立ちますッ!」
とエルヴィスが言うと、シャルロッテ達がオーウェンに掴まりながら「キャァ」っと小さく悲鳴を上げた。
ナサニエルも顔を引き攣らせてオーウェンに話しかける。
「な…なぁ、オーウェン?エルヴィスもこう言っている事だしさ、今日は違う所から入ってさ…明日別の借家を探しに行こうぜ!実際に記録も残っている事だし、断るには十分な理由になるだろう?シャル様達だって、こんなに怖がっているんだしさ…」
「…まぁ確かに、皆をそこまで不安にさせる所を借り続けるわけにはいかないな。明日また別の借家を探しに…」
とオーウェンが言いかけたその時、館の1部屋に一瞬だけ明かりが付き、中に人のシルエットが浮かんだ。