変わった日常
オーウェン達が順々に自己紹介を済ませると、今度はSクラスの生徒達が自己紹介を始める。Sクラスの生徒は全部で10人で、それぞれが簡単に自己紹介を始めた。
「アイリーンよ、いつか勇者とパーティーを組めるほど強い冒険者になるためにここにいるわ」
「トーマス、冒険者になって金を稼ぐために来たッ!嫌いなヤツは、全員ぶっ飛ばすッ!」
「…ルーシー…魔法使いになりたいの」
「ライラでーす、お金持ちの冒険者のお嫁さんになりたいでーす!」
「アーノルドだ、女の子にモテたい!」
「コンラッドと申す、強き力を所望する…」
「…サミー…とりあえず眠ぃ…」
「メロディよ、強くて可愛いアイドルになりたいわ!」
「タバサよ、女の子だけの最強パーティーを組みたーい!あ、男の子は汗臭いしダメでーす!」
「学級長のヴァレンタインだ、勇者になるために日々精進しているよ!わからない事があれば、何でも僕に聞いてね」
と一同の挨拶を聞き、オーウェンは情報を頭の中で整理する。
(クラスメイトは男子5名、女子5名の計10名か。男子は喧嘩っ早いトーマス、モテたいアーノルド、お堅いコンラッド、寝てたいサミー、身体は華奢だが勇者志望のヴァレンタインだな。女子はプライドも目標も高そうなアイリーン、魔法使いになりたいルーシー、お嫁さん志望のライラ、アイドルになりたいメロディ、男嫌いなタバサといったところか…。)
などと、オーウェンが考えていると、担当教官のジュードが声をかけてきた。
「よし、じゃあ一通り自己紹介が終わったところで、早速授業を再開していこうか。ちなみに3年次からは座学の時間が減り、訓練の時間が増えるからね。学期末には冒険者登録をして4年次からはクエストをこなしていく事が多くなっていくから気を引き締めていくようにね。それじゃあ、今日からは勇者・英雄学について考えていくよ」
とジュードの授業が始まる。オーウェンにとってもこれらの学問は初めて学ぶ分野になるため、真剣な様子で授業に取り組んでいた。
ジュードが質問する。
「それじゃあ英雄とは何か、そして勇者とは何かについて考えを述べてみようか。まず英雄とは何者か、わかる人は居るかな?」
「強き者…」とコンラッド。
「女子にモテる!」とアーノルド。
「男の中でも比較的汗臭くなさそうな人」とタバサが言うと、ジュードは頬に汗をかきながら続けた。
「ハハ…極端だね。じゃあ、シャルロッテ様はどう思うかな?」
「わ、私の知っている英雄は…危ない時はいつでも駆けつけてくれて、少しドジなとこもありますけど、真っ直ぐで真面目で、誰かのために一生懸命になれるような…そんな人です」
とシャルロッテが言うと、女子達は「えぇ〜、誰それ!?カレシ!?」などと興味深々に聞く。シャルロッテはオーウェンの方をチラチラ見ていたが、オーウェンはまさか自分の事を言われているとは知らず、「シャル様の中の英雄像とはそういう感じなのか…」と一人で感心していた。
ジュードが困った顔をして続ける。
「ガ、ガールズトークは休み時間にでもお願いしようかな…じゃあ勇者とは何者か、わかる人は居るかな?」
「はいっ!弱気を助け、強きを挫く、気高く強い存在ですッ!」とヴァレンタインが背伸びをして挙手をする。
「何もかもぶっ飛ばすッ!最強ッ!」とトーマス。
「英雄よりかはちょっと汗臭いけど、多少マシな人」とタバサが言うと、ジュードは額にも汗をかきながら言った。
「ハハ…タバサさんは一回汗の話から離れようか。じゃあ、オーウェン君はどう思うかな」
「…顧みない者だと思います」
「ふむ…それは何を顧みないのかな?」
とジュードが興味津々に聞いてくると、オーウェンはゆっくりと答え始めた。
「全てです。地位も報酬も、仲間の命も自分の命すら顧みずに、ただただ己の目標に突き進んでいく者だと感じます」
「…なるほどね。それじゃあさっきの質問を聞こうか。君が考える英雄とは何かな?」
「しぶとい者です」
「しぶといか…面白い表現だね。理由を教えてくれるかな?」
「英雄と呼ばれる者達は知っています…この戦いに勝っても、次の戦いがある事を。大きな敵を排除しても、また新たな敵が生まれる事も。だからこそ彼らは何よりも生き延びる事を大切にし、機会が訪れるまで何度でも立ち上がる力を持っています。そういう意味で彼らはしぶといのです」
「なるほどね…ちなみに、オーウェン君は自分が英雄か勇者か、どっちに近いと思うかな?」
とジュードが尋ねるとオーウェンは少し考えて言った。
「どちらでもありません」
「…理由は?」
「英雄も勇者も、どちらの道も周囲の犠牲の上に成り立つものです。俺は、俺の周りにいるヒト達が笑顔で居てくれるだけで、満足出来るような男ですから」
「そうか…面白いな、君は」
とジュードが微笑む。
トーマスが「ふん、とんだ腰抜けじゃねぇか…」と呟くと、コリンとフレッドは怒りで飛びかかろうとしてグレンとナサニエルに止められていたが、当のオーウェンは「ハハハ」と笑い流すだけだった。
ーーーーーーー
午前の座学が終わり、昼食の時間になると再びSクラスの前は大勢の生徒達で混み合っていた。ヴァルドの中等学院と違い、英雄養成学院ではSクラスも他のクラスも学年ごとに横並びになっている。そのため、休憩時間になる度に他のクラスの生徒達がSクラスの前に集まるという事態になっていた。アイリーンが不機嫌そうな顔で弁当を突いていると、オーウェンが廊下に顔を出していった。
「済まないが、昼食時間はここの廊下で騒ぐのをやめてくれないか。シャル様達がご学友と語らう折角の時間でな、大切にしてあげたい」
とオーウェンが落ち着いた口調で伝えると、生徒達は「そ、そうだな。俺達も飯食ってくるか」とあっさり引き下がってくれた。その様子をアイリーンがボーッと見つめていると、振り返ったオーウェンと目が合う。
「これで問題ないか?」
「べ…別に追い払ってなんて頼んでないんだけど!」
「まぁ、そうだったな」
そう言うと、オーウェンは席に戻りシャルロッテやナサニエル達と談笑しながら食事を始める。ライラ、メロディ、タバサも輪に加わってくれていたが、他は皆バラバラに席で食事を済ませていた。
昼食の後、オーウェン達は屋内の訓練施設へと移動する。ジュードが全員に聞こえるように呼びかけた。
「今日は迷宮を想定した訓練だよ、オーウェン君達のチームとヴァレンタイン君のチームに分かれて迷宮を模して作られた施設の中から宝箱に入れられたメダルを取ってきてくれ。訓練施設だから当然魔物は居ないけど、トラップは本物同様に作られていて引っ掛かると試合終了まで抜け出せなくなるから、慎重に進む事をお勧めするよ」
すると、トーマスがオーウェンに近づいて来て言う。
「格の違いってヤツを見せつけてやるぜ、お宝を探すのに強さは要らねぇからなッ」
「確かに、探し物に力は要らないな」
「…ふん」
そう言って、オーウェン達とヴァレンタイン達は別々の入り口の前に立ち開始の合図を待つ。開始の合図が鳴るとヴァレンタイン達は躊躇なく入っていったが、オーウェンは入り口前でブリーフィングを開始する。
「ネージュでの訓練を覚えているな、あれで行くぞ。ただし、今回は複数に別れず音響魔法で空間を探して進む事とする。エラ、コリンは索敵は怠るなよ」
「え、でもさっき、魔物は居ないって…」
「魔物は居なくても敵役は居るかも知れんからな、俺は前衛で超音波と魔力感知を使いながら進む。木霊は使えそうか?」
「うん、昨日のうちにここら辺の木々には挨拶を済ませておいたから。協力してくれると思うよ」
「頼もしいな。それじゃあ、行くぞ」
と言うと、オーウェン達も施設の中へと入っていく。
結果、オーウェン達は5分ほど遅れて施設へと入ったが、わずか30分足らずで目的のメダルを見つけて外へと出てきた。施設内には内申点の上乗せを希望する上級生達が魔物役として潜んで居たのだが、超音波と魔力感知、そして木霊達のおかげでオーウェン達はほとんど交戦することが無かった。それから2時間ほどして、オーウェン達が自主練をしていると、ヴァレンタイン達が汗まみれになって出てきた。アーノルドとサミー、ライラとメロディは罠に掛かったのか脱落しており、タバサは自身を含めた汗臭さのあまり嗚咽していた。
涼しげな顔で素振りをするオーウェンの下に、トーマスが駆け寄ってくる。
「…テメェら、一体どんな方法使ったんだよッ!?」
「普通に中に入ってメダルを取って来ただけだが…そんなに難しいことじゃないだろう」
「罠とか上級生とか、色々隠れていただろうがッ!」
「索敵は、迷宮に限らず戦いの基本だ。…何も使わず五感に頼って進む馬鹿は、そうそう居ない」
「…」
「…まさか進んだのか、五感だけで?」
「…」
「…まぁ、なんというか…そう、勇気があるな。か…格の違いを見せつけてもらったぞ」
「気遣ってくれんじゃねぇよ、チクショォォーーー!」
と言うとトーマスは、全速力で教室へと戻っていった。