ドタバタ編入試験
翌日、オーウェン達は予定通り学院へと向かう。あの後ナサニエル達は飛空艇に戻ってもビクビクしていたが、流石に疲れには勝てなかったのか、しばらくするとあっさり寝てしまっていた。ちなみにオーウェン達が学院に行っている間、エルヴィスは買い出しや魔族の情報収集などに奔走しているのであった。
オーウェン達が学院の特別講義棟に着くと、監督官により問題が配られる。係の者は難しい問題も多いと言っていたが、オーウェンはもちろん高等学院卒業レベルの知識を持つシャルロッテ達にとっても難しいものは殆どなく、パシフィス皇国の歴史に関しても飛空艇でのビデオ学習で粗方学んでいたため、特に引っ掛かるようなものはなかった。
昼食を挟んで午後は実技の試験になるのだが、そこには何故か多くの生徒達が見学に来ていた。
「聞いたか?アイツら午前の編入試験、7人は満点で残りの8人もほぼ満点に近い点数だったらしいぞ」
「流石、エルフ族の国を代表してくるだけあるな。でも聞いた話だと、純粋なエルフってレベルの概念が無いんだろ?」
「あぁ、スキルとか称号とかそういうものもわかんないって…」
と生徒達が話ししていると、コリンとフレッドがスキル『身体強化』、『剛力』、『俊足』を同時に発動しながら言った。
「全く…エルフがレベルを知らねぇなんて、いつの時代の話をしてんだ?」
「それに僕達の国の方が、強い魔物に出会す確率が高いんです。レベルを知らない頃からそんなヤツらと渡り合えるエルフ族が、スキルを覚えたらどうなるか…教えてあげなきゃいけませんね!」
人族の俊足の倍以上の速さでコリンとフレッドが打ち合って見せると、呆気に取られていた生徒達が騒ぎ出す。
「普通にスキルつかってるぞ、あの教科書に載ってたのって古い情報なんじゃねぇのか?」
「っていうか、今の『俊足』か!?一つ上の『瞬足』かと思ったぞ!」
「やっぱカッコいいわねぇ、エルフって♡アタシ、お付き合い申し込んじゃおうかしら♡」
などと盛り上がっていると、今度はグレンとダリアが前に出て言った。
「個人技だけじゃないぜ、俺たちはな!」
「えぇ、戦いは常に信頼出来るヒトと隣り合わせだからね!」
そういうと、2人は背中合わせの姿勢をとり、周囲を囲むように置かれた的に対峙する。次の瞬間、攻撃スキル『双剣乱舞』が発動し、2人は鏡合わせになったように剣を舞わせる。すると周囲を囲んでいた的が、一度にたくさんの剣撃を受けてバラバラに飛び散った。多くの生徒達が開いた口が塞がらないといった様子で固まっているなか、騒ぎを聞きつけて集まった上級生らしき生徒達が話し出す。
「…今のって『双剣乱舞』だよな。あれって双剣使いが会得するんじゃ無かったか?」
「あぁ、俺もそう思ってたけど…でも、とても連携の取れたペアで有ればお互いに一本一本の剣でもスキルを発動出来るって聞いたことがあるぜ。1人で発動するよりも範囲が格段に広がり、威力も跳ね上がるってマジなんだな」
「ん?…ってことは、あの2人付き合ってんのかなぁ?」
などと生徒達が盛り上がっていると、ダフネ学院長も駆けつけてきた。
「あ、ダフネ学院長だ。ヤベェ…」と言って戻ろうとする生徒達をダフネが呼び止める。
「待ちなさい、貴方達。貴方達も彼らの動きを見ていきなさい、きっと勉強になるはずですから」
ダフネに呼び止められて生徒達は意外そうな顔をしながらも、引き続き編入試験の様子を見守る。
次に、アニーとエラが強固な防御魔法を張りその中に大量の水魔法を溜め始めた。一見地味にも思える光景だったが次の瞬間、防御魔法の隙間から圧縮された水が勢いよく飛び出すとそばにあった岩を一瞬で切断した。
「圧縮した水を一点に集中させてカッターのように使ったのか!?」
「っていうか、防御魔法を維持しながら攻撃魔法も使うってヤバ過ぎだろ!」
「2人とも大人しそうなのに、エゲつない技を思いつくな」
などと生徒達が思い思いに感想を言い合う中、ダフネも驚愕していた。
(防御魔法を使って攻撃魔法の威力を上げるなどこれまでに聞いた事がありません…。あちらには、余程優秀な教育者が居たのかしら?)
ダフネが額に汗をかきながら見守っていると、今度はシャルロッテ達が手を取り合って出てきた。
「皆さん、試験だからといって壊しすぎてはダメですわ」とシャルロッテが言うと
「そうですぅ、ここは他の生徒さん達も使う場所なんですからぁ」とイザベルが返す。
「祈りましょう。あらゆるもの達の傷が癒えるように」とドロシーが呼びかけると
「そうだねー、皆を元気にしてあげなくちゃ!」とローラが元気よく答える。
「さぁ、力を合わせて行きますわよ」とベアトリスが音頭をとると、シャルロッテ達が魔力を込め始めた。
するとシャルロッテ達の周囲が光に包まれて、斬撃で抉れた木々や地面が徐々に元の形へ戻っていく。
「『範囲回復魔法』か!?」
「いや…『範囲回復魔法』の対象は生物だけだが、抉れた地面まで元通りになっているぞ!これは『再生魔法』だ!」
「傷を“治す”んじゃなくて“全て元に戻す”上位魔法じゃん!ってか、皆可愛いぃ♡」
などと多くの生徒達が釘付けになるなか、ナサニエルが嬉しそうな顔をしながら出てきた。
「これ以上会場を壊すのはヤバいかなって思ってたけど、シャル様達が『再生魔法』で治してくれるなら、安心だなっ!」
そう言いながらナサニエルは、剣を構えて直立の姿勢を取る。攻撃スキル『剣撃向上』が発動しナサニエルが勢いよく剣を振るうと斬撃が飛び、離れた所に生えていた木々に深く切れ込みが入った。
ベアトリスが「もう、せっかく元通りにしたのにまた壊さないでよ!」とナサニエルを責めるのを見ながら、生徒達が呟く。
「なぁ…『剣撃向上』って、衝撃波が出るほどのスピードで剣を振り続けないと発動できないよな?」
「あぁ、確か冒険者だとCランクくらいから使える人がチラホラ出てくるくらいだったぞ」
「…アイツ、一体レベルいくつあるんだ?」
などと生徒達がもはやリアクションを取れなくなっていると、ベアトリスに追いかけられていたナサニエルが言った。
「悪かったって!でも、どうせこの後オーウェンがやるんだろ!?だったらいいじゃん、俺の比じゃないんだから!」
その言葉を聞いて、一同の目はオーウェンへと真っ直ぐ向けられ、試験官も焦りだしアタフタする。すると急に、「なんだ?面白そうな編入生ばかりいるな」と言いながら男が試験場へと入ってきた。その男を見て生徒達が騒ぎ出す。
「あ、あの人って、冒険者名鑑に載ってたルーイヒさんじゃない!?」
「ホントだ!確か“最もSランクに近いAランク冒険者特集”でピックアップされてたよな?」
「ここの卒業生だったのか!…でも、なんでここに?」
などと生徒達が騒ぐ中、ルーイヒがオーウェンの前に立って言った。
「俺はルーイヒ、ここの卒業生で冒険者をしてる。お前の名は?」
「オーウェンだ」
「オーウェン…どっかで聞いた気もするが…まぁいいや。試験官さん、俺が手を貸してやろうか?この坊主の相手は、きっとアンタじゃ務まらないぜ」
そう言うと、ルーイヒは剣を抜いてオーウェンに向かい合った。オーウェンがルーイヒに尋ねる。
「ルーイヒ殿のレベルは幾つくらいだ?」
「確か数字上は97くらいかな、それがどうした?」
「いや、どのくらい手加減すれば殺さずに済むかと思ってな」
とオーウェンが悪びれることなく言うと、ルーイヒは眉尻をピクッと動かして言った。
「なるほど…強気なのはいい事だが、その発言はやはりエルフらしいと言った所だな。…井の中の蛙って言葉の意味を思い知らせてやるから、全力でかかって来いよ」
「そうか…なら、試させてもらおう」
そう言ってオーウェンは、収納バッグの中から方天画戟をゆっくりと取り出した。