皇帝との謁見
しばらくして門番が許可が得られた事を伝えると、オーウェンは1人でオネットへと入り借家をさっさと決めてきた。オーウェンに付き従ってナサニエル達がオネットへ入ると、街の人達は動きを止めてオーウェン達一行を見守っていた。それもそのはず、オーウェンこそ顔を兜で隠しているが、シャルロッテ達やナサニエル達は特に顔を隠していない。ナサニエルやコリンもあれから身長が伸びて183cmほどになり、198cmのオーウェンほどでは無いが人族にすれば高身長の超絶美青年である。またシャルロッテ達もあどけなさこそ残るものの、その美しさはエルフの女性でも頬を染めるほどで、人族から見れば女神が天界から降りてきたのかと思うほどである。そしてオーウェンと並んで歩くエルヴィスは、気品に溢れた笑顔で街の人達へと愛想良く挨拶を返したりしており、一瞬にしてオーウェン達エルフ一行は街の話題になった。特別エリアへ入っても同様の現象が起こるのだが、彼らは逆にオーウェンの姿に注目していた。白金で作られた継ぎ目の少ない鎧、金字で彫られた優美な模様、そして大きな体躯でより目立つ堂々かつ優雅な歩き方…一眼で高貴な育ちとわかる佇まいに、オネットのお貴族様達は早速根も葉もない噂を立て始めていた。
「なんでも、エルフ族のいいとこの坊っちゃん達がお見合いに来たそうだ!」
「あの鎧は神器の一つに違いないわ、数億コルナはくだらないはずよ」
「あのナイスミドルの方もお美しいわ、年は30代くらいかしら?」
などと人々が騒つく中、齢3000年を超えるエルヴィスがオーウェンに耳打ちする。
「狙い通り、オーウェン様の鎧に皆さん釘付けのようですね」
「あぁ、シャルロッテ様達への視線を少しでも逸らせるには、ジョーコ公国で使ったこの鎧が役に立つと思ってな。だが、注目されているのはエルヴィスも同じようだぞ?彼女達から見れば、お前は30代前後に見えるらしい」
「実際はその100倍も生きているのですがね、フフフ」
とエルヴィスは微笑んで見せた。
その後、オーウェン達は王城の謁見の間へと入る。中には多くの貴族や衛兵達、そして中央の玉座にはルドルフが座っており、両脇にはその奥方と子供達と思われる者が数名並んでいた。ルドルフが杖をコンコンと叩き、騒ついていた貴族達を黙らせて話始める。
「余は、パシフィス皇国76代目皇帝、ルドルフ・ケーゼル・フォン・フリーデンである。エルフ族の者達よ、遠路はるばる良くぞこの地へ参られた」
「お初にお目にかかれて光栄です、ルドルフ陛下。私はオーウェン・モンタギュー公爵、聖アールヴズ連合国国王ヴィルヘルム・アールヴズ・フォン・ヴァルド様より王女殿下達の護衛を拝命し、私の指揮する鳳雛隊の精鋭9名と共に参上致しました。隣におりますエルヴィス・アーヴァインはヴィルヘルム様にお支えする側近の1人で御座います」
とオーウェンが言うと、エルヴィスは一歩前へ出て深々と頭を下げて見せた。すると、次にシャルロッテ達が挨拶をする。
「お初にお目にかかります、シャルロッテ・アールヴズ・フォン・ヴァルドと申します。この度はお招きいただき本当に感謝しておりますわ」
「お初にお目にかかりますぅ、イザベル・アールヴズ・フォン・ヴァルドと申しますぅ。両国のより明るい未来のために尽力させて頂きますぅ」
とシャルロッテ達の優しい声が響き渡ると、貴族達からは感嘆の声が漏れ出ていた。その後、ドロシーやローラが挨拶を済ませると、ルドルフは驚いたように呟いた。
「まさか、他国のエルフの王女だけでなく、人魚の王女まで共に来られているとはな…」
「アールヴズ連合国はエルフ族以外のヒト族にも寛容な国ですので」
とオーウェンが言うと、ルドルフは「…なるほどな」と呟いたままオーウェンをマジマジと見つめていた。それでもオーウェンは、臆することなくルドルフに話しかける。
「ルドルフ陛下、英雄養成学院への編入試験を認めてくださり、誠に有難う御座います。早速ですが、編入試験の日程等をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、あぁ…そうだったな」
とルドルフが言うと、係の者が出てきて説明を始める。試験は明日の午前から、合格が認められれば明後日からでも学院へ通う事が出来ると伝えられ、オーウェン達は学院の見学へと案内された。
オーウェン達が出て行った部屋では、再び貴族達の話し声で騒がしくなる。ルドルフの下に参謀が何人か集まってくると、ルドルフは呟いた。
「あのオーウェン・モンタギューという者…おそらくあちらの国王と相当近しい存在だろう」
「そうなのですか?た、たしかに見事な鎧でしたが…」
「それもあるが…あの堂々とした立ち振る舞い、只者ではない。そして…我々の意図に既に気付いている節もある。…あの男には注意しておけ」
『はッ!』
ーーーーーー
オーウェン達が校門近くでそれぞれの施設の説明を受けていると、ちょうど座学を終えた生徒達がゾロゾロと出てくる。生徒達はオーウェン達の姿を見るや否や、取り囲んで質問を始めた。
「スッゲェ綺麗!エルフ族だよね、何処から来たの?」
「この鎧ピカピカだなぁ、いくらくらいするんだ?」
「エルフ族でこんなに胸がある子達、初めてみた!可愛い〜♡」
などと生徒達が騒いでいると、50代くらいの淑女が出てきて一喝した。
「何を騒いでいるんです!?英雄たる者、いつ如何なる時でも冷静さと気品を保ち続けるようにと、普段から口酸っぱく教えているではありませんか!?」
『す、すみませんダフネ様…』
「学院内では学院長とお呼びなさい!良いですか、貴方達にはいつかそれぞれの分野で立派な英雄になってほしいと、私は心から願っているんです。そう、あの中庭の騎士像のように凛々しく精悍で堂々とした人物に成長してほしいのですよ!」
『は、はい…』
と説教を喰らう生徒達を余所に、オーウェン達は施設を回る。ダフネの話に出ていた騎士像があるという中庭は時間の都合上回る事が出来なかったが、大体の施設を見終えると係の者が明日の予定を告げた。
「…とまぁ、こんな感じですね。明日は朝の9時から講義棟の方で編入試験を受けて頂きます。学年は全部で4年次までで、試験結果に応じて最高で3年次に編入出来ますが、試験自体難しい問題も多いので、結果が悪くてもあまり落胆されないでください。余程悪くない限り、1年生には入れますので。その後、午後は実技と魔法の試験があります。その結果に応じSクラスからEクラスまでクラス分けされますが、上位のクラスほど環境も整っており、社交界などのコネクション作りのイベントが充実しているので、なるべく上位のクラスに振り分けられるよう努力することをお勧めいたします」
「詳しく説明頂き、有難う御座いました。それでは」
と言うと、オーウェン達は学院を後にした。
帰り道、ナサニエルがオーウェンに話しかける。
「こっちの学院も結構綺麗だったな。あの学院長は怖そうだったけど…」
「確かにな。だが見た所、貴族も平民も分け隔てなく授業を受けられているようだった。貴族と平民が同じ教室で学べるというのは、そう簡単に出来ることではない。きっと彼女の教育理念が学校中に浸透しているということなんだろう」
「ハハ、そうかもしれないな。…ところで、借家にはまだ着かないのか?人もかなり疎らになってきたが」
と言いながらナサニエルが周囲を見渡す。
すでに街灯が付くくらいの時間帯だが、街全体にはまだまだ多くの人達が出ていた。しかし、オーウェン達が向かう方向には街灯こそ付いているものの空き家が多く、人気がなくシンとしている。すると、オーウェンが「あそこだ」と指を差す。その先には小高い丘に巨大な館が建っているのが見えるのだが、周囲を囲む柵にはツル植物がびっしりと巻きついており、館の周囲にはコウモリが飛び回るという、パッと見で誰も借りたくなくなる景色が広がっていた。シャルロッテ達が怯える中、ナサニエルが尋ねる。
「嘘だろ…なんでこんなトコ借りちゃったんだよ?」
「いい所だろう、この広さで月に10万コルナ程度と格安だった。学院からは少し離れているが、周囲に高い建物も無いし、ここら辺一帯は空き家が多いから魔力感知で侵入しようとする者を見つけやすいというわけだ」
「その人…他にも何か言ってなかった?」
「何百年も前にここに住んでいた一家が行方不明になり、その後奇怪な現象がこの館周辺で起こるようになったため人が寄り付かなくなったこと以外、特には…」
「紛れもない事故物件じゃねぇか!」
「行方不明になっただけだ、特に殺人などが起こったわけじゃない。それに、俺達が住むのは館の上に着けた飛空艇だし問題無いと思うが…」
「その飛空艇に入る前に、あの館に入らなきゃなんねぇだろ!オバケが出たら、どーすんだよ!?」
その後もナサニエル達はあれこれ騒いでいたが、オーウェンは「…レイスじゃあるまいし、そこまで驚く必要はないだろう」と最後まで何故怒られているのか理解できていなかった。