船出
操縦室でオーウェン達がティンカーの説明を聞いていると、ナサニエルが下の階から上がって来て合流する。
「うわっ!?なんだ、この部屋!?よくわかんないけど、男のロマンを感じる部屋だぜ!」
「ここは操縦室だよ。オーウェンとエルヴィスさん以外には操作できないようにしているけど、無闇に触れちゃダメだからね」
とティンカーに注意を受け、ナサニエル達は「はーい!」と元気よく返事をすると、他の会議室や書庫を観に部屋を出て行った。一通り説明を受けたオーウェンが呟く。
「思っていたよりも、簡単そうで良かった」
「そうでしょ?2階のデッキにも簡易操縦装置があるけど、そっちも扱い方は一緒だよ。行き先はタッチパネル上の地図で決められるし、航行速度の変更や緊急時のルート変更も全部自動で出来るように設定しているから、オーウェンは目的地と到着予定時刻を入力するだけでオッケーという訳さ」
「緊急時のルート変更とはどういうことだ?」
「海に比べれば少ないけど一応空を飛ぶ魔物もいるからね、隠れる場所が無いと困るでしょ?」
「あぁ、そうだな」
「さっき渡した鍵は呪具の端末でね。その鍵にオーウェンがスキルを登録しておくと、船が必要と判断した時に自動でスキルをこの船全体に発動する仕組みがあるんだ。つまり、オーウェンの迷宮スキルを登録しておけば…」
ティンカーの言葉に、オーウェンがピクッと眉を動かして言った。
「!!…魔物が寄って来た時にこの船が俺の迷宮に自動で避難することが出来るという事か?」
「ピンポーン、大正解!面白いでしょ?」
「あぁ、凄い発想だ。いつ思い付いたんだ?」
「前の旅で、迷宮の中を馬車で移動したじゃない?その時気付いたんだよ、迷宮の入り口が自動で広がっているのをね。つまり、この飛空艇をオーウェンの所有物に登録すれば、馬車と同じ現象が起こるってわけさ」
そう言うと、ティンカーは自慢げに鼻を啜ってみせた。その時、一通り見終わったナサニエル達が再び操縦室へと戻って来る。
「なぁ、ティンカー?ここの階の後ろのエリアには行けないのか?」
「あぁ、そこはオーナーズエリアだから、オーウェンの許可無しでは入れないようにしてあるんだよ。シャル様達専用のスイートルームもオーナーズエリアにあるし、オーウェンのプライベートな空間だから出来れば遠慮してくれた方が良いと思うけどね」
とティンカーが言うと、ナサニエルはピンと来たようで「そっか…じゃあ、俺達はもういっちょ下の階を探索しに行こうぜ!」とコリン達を引き連れて下の階へと降りていった。
オーウェンが不思議そうな顔をしながら言う。
「…別に俺は寝室に入られても構わないが?」
「そういう事は実際に観てから言った方がいいかな。じゃあ今度は、オーナーズエリアの説明をしてあげるから付いてきて」
そう言うとティンカーはオーウェンの手を引っ張ってオーナーズエリアへと向かった。
ーーーーーー
3階の総面積の6割近くを占めるオーナーズエリアには、オーウェンの執務室と寝室とプライベートルームに加えて、さらにそれを囲むように10部屋もスイートルームが並んでいる。オーウェンのプライベートルームは船の後方を広く使っており、周囲の景色が見渡せるよう全面を強化ミラーガラスで覆われた部屋にバーカウンター、そして大きなジャグジー付きでこれまた全面ガラス張りのシャワールームまで備え付けられている。
シャルロッテ達のために作られたスイートルームはシャワールームとトイレはもちろん、ドレッサーにウォークインクローゼットまで完備されており、ハート型の天窓から光が差し込むなど、どんな女性でもたちまち気に入ってしまうほど可愛らしいデザインとなっていた。また、ローラ専用の部屋には広めの浴場が付いており、ローラはこの心遣いにとても感動していた。部屋を見て回っていたシャルロッテが、ウォークインクローゼットの中に、入り口とは別のドアを見つける。
「ティンカーさん、こちらのドアはどこに繋がっているのかしら?」
「あぁ、それはこっちだよ」
そう言うとティンカーはオーウェンの寝室へと案内した。オーウェンの寝室に入った一同が思わず絶句する。そこにはそれぞれの部屋に繋がるドアが壁一面にズラリと並んでおり、その中央にはちょうど10人くらいが雑魚寝出来るほどの大きな天蓋のかかったベッドがあった。意味に気付いたシャルロッテ達が顔を真っ赤にして顔を伏せる中、オーウェンも顔を真っ赤にしてティンカーに詰め寄る。
「ティンカー…一体どういうつもりだ?」
「どういうつもりって、そういうつもりだよ。夫婦になったら愛し合うのは当然でしょ、でも奥さんがいっぱい居ると色々気まずい状況が起こりうるじゃない?例えば、オーウェンの部屋に入る時に他の奥さんと出会したり、ドアが閉まる音で『あぁ…今日は他のコが呼ばれちゃったのかなぁ』とかさ」
「俺的には、今が一番気まずい状況なんだが!」
とツッコむオーウェンを、エルヴィスが嗜める。
「いけませんよ、我が主。ティンカーさんは主と奥方様達がより良い関係になれるようにと、このように大変工夫を凝らした設計にしてくださいましたのに」
「し、しかしだな…エルヴィス。物事には順序というものがあると思うのだが」
「どのような順序を経ても、夫婦関係の先には必ず世継ぎが生まれるものです」
「だ…だが、10部屋も用意されているとはどういうことだ?」
「我が主ほどの器量が有れば、そのくらいの数の奥方様を迎えても不思議では無いと…そうお思いになったのでしょう、ティンカーさん?」
とエルヴィスが言うと、ティンカーは嬉しそうに親指をグッと立てて言った。
「だって、12歳の時点で既に4人と婚約しているからね。この先も増えるだろうなって、なんとなく想像つくでしょ?」
「い…要らん想像をするんじゃない!」
「あ、ちなみに壁は全室完全防音魔法をかけてあるから小さな音はもちろん、大きな声も聞こえないから安心してね!」
「お前は、俺が何の心配をしていると思っているんだ!?」
とオーウェンは真っ赤になりながらツッコんでいたが、シャルロッテ達は終始、恥ずかしそうに下を向いたままだった。
ーーー
その後、ヘトヘトになったオーウェン達がオーナーズエリアを出て下の階へ降りると、たまたま突っ立っていたフレッドがオーウェンに呼びかける。
「おー、オーウェン!俺達は1階探索しまくって来たぜ、今度はお前の部屋探検するか?」
「悪いがダメだ…」
「え、何でだよ?良いじゃねぇか、何もシャル様達の部屋を観る訳じゃねぇんだし…」
「絶対にダメだ…これは隊長命令だ」
とオーウェンが言うと、フレッドは「そ、そんなに?…まぁ、いっか」と言いながら、ナサニエル達の方へと戻っていった。
ーーーーー
しばらくして、ティンカーが皆をデッキに集めて言った。
「さて…説明が長くなったけど、細かい性能に関しては実際に飛んでみてから確認していこうかな。オーウェン、そこの簡易操縦装置で目的地をファブリカ商工国に、航路日程を30日にしてみてくれない?」
「あぁ、わかった」
オーウェンがパネル上で行き先と到着日時を30日後に設定すると、船がゆっくりと上昇し前進を始めた。高度500mを超えた辺りで、次第に強くなっていた風が急に治まった。オーウェンがティンカーに尋ねる。
「急に風が治まったな、それに暑くも寒くも無いんだが?」
「ヒトが快適と感じられる空調を、船全体で維持するようにプログラムしてあるからね。外気のデータを複数の小型の呪具で解析し、それらを補正するのに大型の呪具を使っているから雨の日はもちろん、雪の日も真夏日だって快適な温度で過ごす事ができるのさ」
「なるほどな」
そう言うと、オーウェン達はリビングへと戻る。
リビングには大型のモニターがいくつもあり、そこに居ながらにして船の周囲を見渡す事が出来るようになっていた。オーウェンがまたティンカーに尋ねる。
「…これもまた呪具を使っているのか?」
「そうだよ、飛空艇が稼働すると同時に投影魔法で周囲の様子をこのモニターに映すようにプログラムしてあるからね。ちなみにこの映像は3階の操縦室にも届いて、さっき話した自動危険回避システムが発動するのに一役買っているというわけさ」
「なるほどな。ティンカー、この船に幾つの呪具を使ったんだ?」
「んー…さっき話した空調や自動スキルのものとか、船の航行に適した高度を維持するものとか、航行速度を調整するものとか…他にも決まった量と水質を転写し続けるものとか、船内の光を維持するものとか色々使ったからなぁ。大小合わせたら100個は軽く超えているんじゃないかな」
「…そんなに使ったら魔物とかも寄ってくるんじゃ無いのか?」
「あぁ、それは高度や迷宮スキルでカバー出来るし、物理攻撃や魔法攻撃も防ぐための呪具も積んであるから大丈夫だよ」
「そうか、なら良いが…」
ティンカーの説明を、オーウェンは「…呪具ってこんなに乱用出来るほど、ありふれたものだったのだな」と思いながら聞いていた。一方たまたま側で会話を聞いていたナサニエル達は、規格外なのはオーウェンだけで無かったことを思い知らされて、再び床にへたり込んでいた。