束の間の休息
治療から2週間ほど経っただろうか。寝たきりだったブレイブも、今ではベッドに腰掛けて自分で食事を取れるほどになっていた。ブレイブは成長したドロシーの姿にも驚いていたが、そんな娘に婚約者ができていた事にももっと驚いていた。ちなみに、ドロシーがオーウェンを婚約者だと説明した時、ブレイブが最初に放った言葉は、「お前が命の恩人でシャルロッテ様達の婚約者で無ければ、すぐにでも息の根を止めてやりたい気分だ…」であった。そんなブレイブもオーウェンとしばらく共に過ごすうちに、オーウェンのヒト柄を理解したようで、最近ではオーウェンの事を名前で呼んでくれるようになった。特にオーウェンのこれまでの旅の話を聞くことが好きなようで、ここ数日は食事の度に呼び出しては旅の話をする様にせがんでいた。
「なるほど、ブルーノがくれたあの釣り竿でバハムートを釣り上げたのか」
「えぇ、竿を壊さないようにするのは大変でした。ハハ」
などと談笑していると、ドロシーが変えのタオルを手に持ち、頬を膨らませながらブレイブの寝室へと部屋へ入ってくる。
「パp…お父様、そんなに長く話されては病み上がりのお身体に障りますよ?」
「オーウェンの話が面白くてな。それにお前にとっても、私とオーウェンが仲良くなるのは嬉しいだろう?」
「それはそうですけど…せっかく一緒に居るのに、オーウェン様を占領されては私が困ります」
「ハハハ、それは申し訳ない事をしたな。ではオーウェン、この続きはまた明日にするとしよう」
「もう、パパったら!」
と思わずドロシーが普段の呼び方をすると、ブレイブは嬉しそうにニッコリ笑って言った。
「おっと、どうやらドロシーを本気で怒らせてしまいそうだな。オーウェン、明日はドロシーと2人で出かけて来るといい。私も娘の言いつけ通り、明日はしっかり休むことにする…ドロシーの事を頼んだぞ?」
「わかりました、お任せください」
オーウェンがそう言うと、ブレイブはドロシーに向かって親指をグッと立ててウィンクして見せた。
「もぅ、パパったら…」
と言いながらドロシーも嬉しそうに顔を赤らめる。オーウェンはそんな2人の様子を微笑ましく見つめていた。
ーーー
翌日、オーウェンはドロシーと街に出かけた。以前の密入国の時と違って、今回は堂々と観光する事が出来るため、オーウェンはドロシーと共に色んな港町を歩いて回った。密入国の際に利用したマーブルの居る港も訪ねると、グラニットは船の仕事で不在だったがマーブルが出迎えてくれた。マーブルは最初、オーウェンの姿に気付き切り出した石の上から手を振っていたが、隣に居るのがドロシーだと分かると飛び降りてきて平伏していた。タンクトップ姿のマーブルが汗を拭いながら言った。
「いやぁ〜、オーウェンが王女殿下と知り合いだなんて知りませんでした。以前、オーウェンには良質な魔石をたくさんウチに卸してもらったんです。あの儲けのおかげで石切場の環境も整える事ができて、従業員も増やせたんですよ」
「そんな事があったんですね」
「えぇ。オーウェン、またいい魔石があったら持ってきてね。喜んで買い取るからさ」
「あぁ、考えておこう」
そう告げると、オーウェンとドロシーはマーブルに見送られながら港を後にした。しばらく道なりに歩いているとドロシーがオーウェンの腕に胸を何度も押し当ててくる。しばらく迷っていたオーウェンだったが、意を決してドロシーに向かって言った。
「あの…ドロシー様。先程から腕に当たっております、その…胸が」
「当てているんです!…オーウェンは、女の子の胸が大好きなようですから!」
「まぁ、男子で嫌いなヤツは居ないと思いますが…急にどうしたんです?」
「見てたでしょ、マーブルさんの作業着の隙間から見える胸の谷間を…」
「…そんなつもりはありませんが」
「本当ですか?本当に見てなかったって私の目を見て言えます?」
「…そりゃ、多少は目に入りましたが…」
「やっぱり見てたんじゃないですか!」
と言いながらドロシーはグイグイと胸を当てて来る。たまらずオーウェンが言った。
「ふ、不可抗力というものです!健全な男子なら、多少目が泳いでしまうのは仕方のない事です。だいたい、それがどうしてドロシー様が胸を押し付ける理由になるんですか?」
「好きなヒトと一緒にいて、違うコに目移りされたら誰だって気を引きたくなるんです!」
そう言うと、ドロシーは顔を真っ赤にして抱きついてきた。オーウェンは顔を真っ赤にしながらもドロシーの頭をポンポンと撫でて言う。
「ドロシー様、そんな事をしなくても私はドロシー様に夢中なんですよ」
「…本当に?」
「えぇ、もちろんです」
「…フフ、そうですか。私がオーウェンを夢中に…」
と言いながらドロシーは嬉しそうに、また腕を組む。オーウェンが照れながら「また当たってるんですが…」と言うと、ドロシーは悪戯っぽく笑って言った。
「もっと夢中になってもらうんです!」
ーーー
その後、2人はベリーブトの港町で夕食を済ませて王城へと戻る。ブレイブはドロシーの表情を見て、今日のデートがどれほど満足するものだったのか察したようで、オーウェンに一言「ご苦労だったな」と声をかけた。オーウェンは少しやつれた表情で「…ありがとうございます」と呟くと、部屋に戻ってすぐにシャワーへと急いだ。シャワーを浴びながら今日のデートを振り返る。
(考えてみれば2人きりでデートをしたのはドロシー様が初めてだったな。…四六時中ドキドキしていたからだろうか、普段は使わない顔の筋肉が痛む…。俺はいつから、こんなにウブになったのだろうか)
などと考えながら、汗を流すオーウェン。シャワーを浴び終えて部屋に戻ると、ちょうどドロシーもシャワーを浴びて部屋に戻る所だった。
「あ、オーウェン!今日はとても楽しかったです、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。こんな風にデートをしたのは初めてだったので、上手くエスコート出来たか不安でしたが」
「…シャルちゃんやベルちゃんとは、デートしなかったんですか?」
「3人で出かける事は良くありましたが、2人きりでのデートは初めてだったので…少し緊張してしまいました」
オーウェンがそう言って困ったような笑顔を見せると、ドロシーは顔を赤らめながら抱きついて言った。
「また今度…デートしましょうね」
「はい、こちらこそ宜しくお願いします」
ーーーーーー
翌日、オーウェンはブレイブに呼び出された。
「お呼びでしょうか、ブレイブ様?」
「あぁ、オーウェン!今しがた、ヴィルヘルム様から速達が届いてな。至急、戻ってきて欲しいそうだ」
「わかりました、すぐに向かうとしましょう」
そう言うと、オーウェンはドロシーの部屋へと向かう。事情を話すとドロシーは少し残念そうに言った。
「そうですか、ヴィルヘルム様から…。もっとデート出来ると思っていたのに、残念です」
「心配いりません、またいつでも出来ますよ。それで、ドロシー様はどうしますか?学院の方へ戻られますか?」
「いえ、高等学院の卒業も決まってますし、私は卒業式が近くなるまでここに残ってパp…お父様のお世話をします」
「わかりました。学院の方にはシャル様達の方から伝えてもらえるようにしましょう。久しぶりに親子水入らずの時間を過ごされてください」
「ありがとう、オーウェン」
と言うドロシーに別れを告げると、オーウェンは一瞬でヴィルヘルムの政務室へと移動する。ちょうど資料に目を通していたヴィルヘルムがオーウェンに気付くと、オーウェンは話し合いのために用意した迷宮の一室にヴィルヘルムを招き入れた。
「ブレイブ殿の様子はどうだった?」
「快復に向かっており、今では城内を自由に歩けるほどにまで戻られました」
「そうか、ドロシー嬢もさぞ喜んでいただろうな」
「はい。…それで、ヴィルヘルム様、何かご用でしょうか?ひょっとしてブルイン王国に出発する前に言っていた“大事な話”ですか?」
とオーウェンが聞くと、ヴィルヘルムは少し間を置いて言った。
「オーウェン…、お前とシャルロッテ達との結婚を白紙に戻さなければならない」