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氷の覇弓

ナサニエルやオーディエンスが少し離れて見守る中、オーウェンは呼吸を整えて弓を目一杯(めいっぱい)引き絞る。キリキリという音が鳴り響く中、オーウェンがカッと目を見開き矢を放つとキィーーーンという耳をつん裂く風切音と共に、矢が的の中心にむかって一直線に進んだ。遅れて凄まじい爆風が吹き、女生徒達は耳元とスカートを押さえなければならず、悲鳴をあげる。


一方、矢はあまりのスピードに空中分解しかけていたのだが、急に冷気がその周囲を覆うと氷の矢へと変わり、そのまま的に向かって飛び続けた。そして的に刺さった瞬間、おおよそ矢が刺さった音とは思えない轟音と共に大木の幹が吹き飛び、さらにその一帯が飛び散った破片ごと氷漬けになった。決して1本の矢を放っただけとは思えない惨状に皆が絶句していると、オーウェンはふぅと息を吐いて何事もなかったかのように言った。


「ふぅ…当たりましたね」


その後、オーウェンの腕を試そうとする者は1人も出てこなかったため、オーウェンは氷の覇弓を収納バッグへと戻す。するとステータス画面に、氷の覇弓をあたかも初めて入手したかのように「!」マークが記された。


(今までと変わらず収納バッグに入っていたはずだが、急に俺の物になったのはどういうことだろうか…)

などとオーウェンは考えていたが、多くの生徒が駆け寄ってきて質問責めに合い、いつしかその疑問も薄らいでしまった。ちなみに吹き飛んだ大木の周囲は3日3晩経っても氷漬けのままで撤去もままならなかったのだが、4日目の朝になると何事もなかったかのように独りでに自壊していた。

ーーーーーーー


2週間ほど経った頃、オーウェンの下にヴィルヘルムから手紙が届く。内容はドロシーを連れて戻ってくるようにとだけ書かれていた。シャルロッテ達に事情を話し、オーウェンとドロシーが迷宮スキルで王都に向かうと門番がすぐに来賓室へ向かうように説明した。


「応接室では無いのですか?」

「ブルート様とブルーノ様も同席しているようですので、来賓室の方へお願いします」

「…わかりました」

ブルートの名を聞いて、ドロシーが表情を強張らせる。オーウェンはドロシーの手を握って言った。


「大丈夫です、私がついていますから」

「オーウェン…」

「さぁ、行きましょう」

オーウェンがそう言うと、ドロシーは静かに頷いた。


来賓室のドアを開けると、そこにはブルーノとブルート、そして回復したドゥッセルの姿があった。ブルートはオーウェンの姿を見ると嬉しそうにしていたが、側に居るドロシーの表情を見て申し訳なさそうに(うつむ)いた。


オーウェンが2人に声をかける。


「ドゥッセル様、ご快復御喜び申し上げます」

「あ…ありがとう。瀕死だった私を、君が命懸けで助けてくれたとヴィルヘルム様から聞いた…こんな罪深い私に、ここまでしてくれて。本当に感謝の言葉しか浮かばない」

「私だけの力ではありません。ブルート様が助命を必死で懇願し、それに応えたヴィルヘルム様が多くの治癒師と解呪師を手配してくださったお陰で、ドゥッセル様はなんとか命を繋ぎ止められたのです。1人のヒトが簡単に奪い、多くのヒトが一生懸命になっても守れない…それが命というもの。今後は安易な選択をしないことです」

「そうだね…あの頃の私は、本当にどうかしていた。父がブレイブ様に劣らず優秀である事を皆に誇示するのに躍起で、それが正しい事かどうか考えることが出来なくなっていた。だが、信じて欲しい。私は本当にあの薬が、風邪を引く程度だと教えられていたんだ。君の領内に出現した熊も、あの商人からもらった果物を与えた途端に凶暴化して…まさか魔物(バリアント)になるとは思いもしなかったんだ」


ドゥッセルの言い訳を聞き、ドロシーがフルフルと震えながらオーウェンの手をギュッと握る。オーウェンは、ドゥッセルの言葉を遮って言った。


「わかりました、その件は後日、私1人で聞かせてもらいましょう。ところで、今日ここに呼ばれたのはどういう理由でしょうか、ヴィルヘルム様」

「あぁ。話にも出ていたが、ブレイブ殿についてだ。先程ドゥッセルに確認したところ、ブレイブ殿は木の実に偽装された薬を飲み込んだようだ。そしてドゥッセル自身も、安全性を確かめる目的で同様の物を商人に飲まされたと証言している。つまり…」

「つまり、ドゥッセル様の中にレイスが入ったのはその時で、ブレイブ様の昏睡の原因もまたレイスによるものだと?」

「その可能性が高いだろうな。オーウェン、ブレイブ殿の治療のため今からブルイン王国に向かってくれるか?先方には既に話を通している」

「…わかりました、行ってまいります。ブルート様達も御同行されますか?」

「いや…2人は、しばらくこちらで保護する。目覚めたブレイブ殿に、いらん心労をかけるわけにもいかんからな」

「確かにそうですね、それでは、私はドロシー様と一緒に向かうことにします」

「頼んだぞ、オーウェン。ブレイブ殿の容体が落ち着いたら、またこちらに戻ってきてくれ…他にも話す事があるからな」

そう言うとヴィルヘルムは席を立ち、自室へと戻っていった。


オーウェンはブルート達に簡単に挨拶を済ませ、ブルイン王国の首都シュピールにむけて出発した。久々の里帰りということもあり、ドロシーの顔にも心なしか笑顔が戻っている。オーウェンはドロシーの嬉しそうな表情を見て、頬を緩めていた。

ーーーーーーー


シュピールの近くまで迷宮スキルで移動し、オーウェン達はそのまま城門へと向かう。門番はオーウェンに入国許可証を見せるようにしきりに求めたが、ドロシーの姿を見せた途端に借りてきた猫のように大人しくなり入城を許可した。


ブレイブの部屋の前では彼の主治医と思われる治癒師が待機しており、オーウェン達の姿を見るなり飛びついてきた。


「ブレイブ様を助けられるかもしれないというのは、本当の事でございますか!?」

「その可能性があるというだけです、やってみないことにはわかりませんが…」

などと会話しながら、オーウェンとドロシーは治癒師に連れられてブレイブの寝室へと入っていった。


ベッドに横たわるブレイブは以前よりも肌色が悪く、浅い呼吸で息も絶え絶えといった状況だった。治癒師の男が呟く。


「これまでなんとか騙し騙しで延命してきましたが、それはブレイブ様の体力があったからこそ…本来ならもっと早くに命を落としていたかもしれません」

「そうですか…わかりました、やってみましょう」

「お願いします。ところで、どうやって治療するのですか?」

「俺には特殊なスキルがあるのですよ」

そう言うと、オーウェンはおもむろにブレイブの口元に自分の口元を近づけて言った。


「さぁ、出てこい…ヒトの命を蝕む卑しき病魔め」


オーウェンの言葉と共に、魂喰い(ソウルイーター)のスキルが発動するとブレイブの身体がビクッと震え、その鼻腔や口腔から青白い光と共にレイスが飛び出してくる。オーウェンはそれを全て身体の中で魔素へと変換するのだが、これまでよりも強力なレイスだったのか、今まで数十秒程度で済んでいた浄化が今回は数分経っても終わらない。オーウェンの顔色が青くなったのを見てドロシーが駆け寄ろうとする。


「オーウェン!?大丈夫!?」

「離れて…いてください、ゲホッ。レイスは…完全に消滅するまで…油断出来ませんから、ゲホッ。私は問題ありません…しばらく休んでいれば…良くなります。それより…ブレイブ様の様子はどう…ですか?」


オーウェンに促されて、ドロシーがブレイブの表情を確認する。先程まで血管が浮き出て土気色をしていた顔は元の白い肌へと戻り、絶え絶えだった呼吸も今では落ち着いているようだった。


「オーウェン、治療は成功したようです!父上の表情が和らいでいます」

「そうですか、良かっ…た…」

そう言うとオーウェンはそのまま気を失ってしまった。

ーーーーーーー


どのくらいの時間が経っただろうか、オーウェンが目を覚ますと城内の医務室のベッドの上にいた。オーウェンの意識が戻ったのを見て、治癒師が大急ぎで駆け寄ってきた。


「気が付きましたか、オーウェン様!」

「…俺は、いったい」

「ブレイブ様の治療の後に倒れられたので、我々でここまで運んできたのです。今、ドロシー様を呼んできます、付き添うと言って聞かなかったのですが、オーウェン様が近づくなと仰っていたのを守るようにお伝えして、何とか(こら)えてもらっていたのです」

そう言うと治癒師は、衛兵にドロシーを呼びに行くよう指示した。


しばらくして廊下を走ってくる音が聞こえ、バンッと勢いよく扉が開くと共に息切れしたドロシーが飛び込んできた。

「オーウェン…」

「ドロシー様、ご心配をおかけしましt…」

と言い掛けたオーウェンの胸に、ドロシーが飛びつく。


「免疫があるから大丈夫なんて、嘘じゃないですか!どうしてこんなに危険な治療だと、教えてくれなかったのです!?」

「自分ではそれなりに免疫が付いていると思っていたのですが…今回のレイスは少し強力だったようです、驚かせてしまって申し訳ありません。それに治療の内容を聞けば、優しいドロシー様は必ず躊躇されると思ったので…」

「貴方ってヒトは、本当に大事なことは何一つ言ってくれないんですから。…でも、ありがとうございます。オーウェンのおかげで、久しぶりに父の安らいだ顔を見る事が出来ました」

「約束したでしょう、必ず貴方を幸せにすると…」

「えぇ、そうでしたね」

そう言うと、ドロシーはオーウェンの頬にキスをして顔を赤らめながら続けた。


「…本当は唇にしてあげたい所ですけど…そうすると他の3人に怒られちゃいそうなので…今は止めておいてあげます。でも、その時が来たら躊躇わないので…覚悟しておいてくださいね」

「わかりました、残念ですが楽しみに取っておくことにしましょう」

とオーウェンが揶揄(からか)って微笑む。


ドロシーは顔を真っ赤にしつつも「…やっぱり、今の自然な流れでしておけば良かったかしら」などと呟いて後悔していた。

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