クラブ活動の顧問
翌日、オーウェンはナサニエル達に混じって登校していた。というのも、寮長は自分の怪我が原因で、ナサニエル達のクラブ活動に支障を来してしまうことにとても心を痛めていたのか、臨時顧問として来たオーウェンの事を喜んで受け入れてくれた。また寮に置き忘れられた制服の中から、1番大きいサイズを貸し出そうとまでしてくれたのだが、700年ほど前の旧式でサイズも合わなかった。そこで、オーウェンは自分の所持している服の中で1番フォーマルと思われる、ジョーコで手に入れた燕尾服を着て登校しているというわけである。当然、他の生徒達の目に付いたようで、昼休みまでには「生徒会長のナサニエルやシャルロッテ王妃様達と共に登校した謎の紳士」として、全校生徒の話題になっていた。
授業が終わり放課後、オーウェンはナサニエルと共に鍛錬場にいた。オーウェンがナサニエルに尋ねる。
「そういえば、何のクラブ活動か聞いていなかったな?」
「あぁ、弓だよ。公爵家の方達もそれなりに戦闘訓練をこなして来ているんだけど、俺たちほど当てるのは難しいみたいでね。もちろん騎士団に入るときはもっと練習させられるんだろうけど、それまでにある程度上手くなった方が有利だって事で、有志を募ったら集まってくれたんだよ」
そう言ってナサニエルが指差した先には、多くの公爵家の者達がそれなりに整列しているのだが、いつもより少し緊張感に包まれている様子だった。オーウェンが居るからというのもあるが、問題はオーウェン目当てに集まって来たオーディエンスが普段よりも多くなっていたからであろう。動きのぎこちない生徒達に、ナサニエルが呼びかける。
「えー、それでは今日も鍛錬を始めていきましょうか」
「その前にナサニエル君。君の隣にいる彼は誰かな?大量に集まってるオーディエンスも、彼の事を気にしているようだし」
「あー、彼の名はオーウェン。私が属する鳳雛隊の隊長で、私に弓を教えてくれた…まぁ先生です」
とナサニエルが伝え、オーウェンに自己紹介する様に勧めると、オーウェンは一歩前に出て言った。
「初めまして、オーウェンと申します。ナサニエル君からのお願いもあり寮長の体調が治るまでの間、臨時顧問として皆様の指導をさせて頂くこととなりました。短い間ですが、宜しくお願いします」
とオーウェンが言うと、並んでいた女子やオーディエンスから黄色い声が上がる。当然、男子生徒達は面白くないようで、早速突っかかってきた。
「オーウェン先生はー、これまでどんな魔物を弓で倒して来たんですかー?」
「弓で倒した魔物…ですか」
そう言ってオーウェンは、これまで魔物を倒してきた時のことを思い出していた。そのほとんどが方天画戟を使わなければ倒せないような大物ばかりであり、弓を使って止めを刺した魔物と言えば、最初の迷宮に居たスケルトンくらいである。
「スケルトンくらいでしょうか」
「ス…スケルトン?ナサニエル君は熊の魔物やバイコーンも射ったことがあるのに、オーウェン先生はスケルトンだけですかぁ?」
「まぁ、そうですね。私はよく敵と近接して戦うので、こっちを使います」
と言いながら、オーウェンが方天画戟を取り出す。そのあまりの大きさと凶暴な見た目に、見ていた生徒達はオーディエンスも含めて皆、唖然として固まっていた。しばらくして、別の生徒が気を取り直したように話し始めた。
「ま、まぁ、でもこのクラブは弓の腕前が最も重要ですから!オーウェン先生は近接戦が得意なようですが、弓はどのくらい遠くの的まで射ることが出来るんですか?」
「どのくらいでしょうか…昔(転生前)は250mほど先の的を射た事がありますが、正確に測ったことはありません。今なら、もう少し遠い的でもイケると思います」
とオーウェンが言うと生徒達は騒ついた。
〜〜〜それもそのはず…250m先に矢を飛ばしその先の的を射抜くと言うのは、針に糸を通すような難しさなのだが、オーウェンはそれを転生前の呂布だった頃に成し遂げている。しかも、正確に言えばもう少し離れた城壁から動いている相手を射抜いており、その言葉は決して誇張したものではなかった。〜〜〜
ほとんどの生徒達が信じられないといった表情をするなか、その生徒がリクエストした。
「ほ…本当にそのような事が出来るなら、是非見せて頂きたいものですね」
「構いませんよ、どの的を射抜きましょうか?」
「そうですね…それでは校舎の端にあるあの木に的を掛けてきますので、お願いしますね」
そう言って生徒が指を差したのは、500mほど先に生えた大木であった。
生徒が的を掛けてくる間にオーウェンは弓を選ぶのだが、どれもオーウェンにとっては思い切り引ける程の強度は無かった。もちろん、旅に出ている間も弓の鍛錬はこなして来たが、せいぜい数十m先の的を射る程度のことだったため弓を壊さないように力加減をする事が出来ていた。しかし、500m先の的を射抜くとなれば、話は別である。これまでに試した事のない距離であるため、力いっぱい引ける弓でなければ届くかどうかも想像できない。オーウェンが3本ほど弓をダメにした所で、ナサニエルが言った。
「オーウェン…今のお前の力じゃ、ここにある弓はどれも耐えきれないと思うぜ?」
「だが、腕を見せると約束してしまったからな。今更、弓が耐えられませんでしたでは格好がつかん。何か、いい策は無いだろうか…」
と言いながら、オーウェンは自分のステータス画面で所持品リストから武器を選択して確認していく。しばらくしてオーウェンの動きが止まった。ナサニエルが尋ねる。
「どうした、オーウェン…なんかあったのか?」
「…何故、こんな物が俺の収納バッグの中に入っているんだ」
と呟くオーウェンが取り出したのは、「氷の覇弓」と表示された神器だった。
「それって、確かエルヴィスさんが言ってたラグラスの迷宮にあった神器じゃないか?」
「あぁ、そのようだ。だが、今の今まで収納バッグに入っているとは知らなかったぞ。これまで新しいアイテムを入手した時は、必ず『!』マークが出ていたはずなのに」
「考えてみればさ、1つの迷宮に2つの神器ってのも変な話だよな…もしかして他の迷宮から持ち去られたものなんじゃ無いか?だから、一応オーウェンの手元にはあるけど、所有は出来てなくてマークが出て来なかったとか?」
「わからん、後でエルヴィスやティンカーに聞いてみるとするか…。いずれにしても、神器であれば俺の力に耐えられるはずだ。この弓を使うしかあるまい」
弓はガラスのように透明で、キラキラと輝きながら雪の結晶のような光を纏っていた。触るとひんやりと冷たいが、見た目と感触以外は特に変わりは無い。ナサニエルが不安そうな目で見つめて言う。
「なんか…見た目的には1番脆そうに見えるぜ」
「あぁ。だが、引いてみると安定感が全然違う…この弓なら俺の全力にも耐えられるだろう」
オーウェンが弦の張り具合をグイングイン引いて確かめていると、ナサニエルも気になったのか「俺にも引かせてくれよ」と言ってきた。オーウェンが氷の覇弓を手渡すとナサニエルが思いっきり弦を引っ張る。しかし、弦はびくともしなかった。
「…どうやら俺にはまだ早いみたいだな」
「気にすることはない、いずれお前も引く事ができるようになるさ」
「今のところ、そんな日が来るとは全く思えないんだけどな…まぁ、いいや。これで、久々にお前の全力を見せてもらえるんだしな」
そう言うとナサニエルは満面の笑みを浮かべてみせた。
的を掛けに行っていた生徒達が戻ってくると、オーウェンが皆に少し離れるように声をかけていった。
「それでは…いきます」
そう言うとオーウェンは、呼吸を整えて弓を目一杯引き絞った。