2年間
シャルロッテ達の寮は、旅に出る前にオーウェンが迷宮スキルで設置したものである。寮に入ると、早速シャルロッテ達はこの2年間で起こった事をあれこれと話し始めた。高等学院同士の魔法大会でシャルロッテがMVPに選ばれたこと、イザベルが植物学の博士課程に進んだこと、ドロシーの胸がまた大きくなったこと、ローラが精霊魔法を使えるようになったことなどを皆が嬉しそうに話す中、オーウェンは微笑みながらただただ話を聞いていた。一通り話し終えたシャルロッテ達が、急に慌てて言った。
「こんなに私達の話ばかり聞かせてしまって…すみません」
「いえ、皆がこの2年間変わらずに頑張ってきたのがわかって、とても嬉しいですよ」
「私に至っては、また胸が大きくなったくらいしか言われてませんでしたけど…次は、オーウェンのお話を聞かせてもらえませんか?」
とドロシーが言うと、オーウェンは旅の事を掻い摘んで話す。ティンカーの故郷で天魔石の加工を頼んでいることや、カジノで多少勝った話など、楽しそうに聞こえる話題を多めに話したつもりだったが、結局シャルロッテ達が食いついたのは船でナギと2人きりで同室に泊まった件だった。
「嫁入り前の女の子と同じ部屋で寝るだなんて、不用心にも程がありますわ!」
「襲われちゃったらどうするんですかぁ?」
「ホント、オーウェンは危なっかしいんだから」
などと口々に騒ぐシャルロッテ達を、オーウェンが宥めながら言った。
「…俺は襲われるほど、弱くは無いですし」
「物事には勢いってのもあるんです!勢いに身を任せようとする女の子だっていっぱい居るんですから、気をつけてもらわないといけませんわ!」
「は、はい…以後、気を付けるようにします…?」
女の子の勢いってなんだろう…と混乱して目が泳ぐオーウェンに、ローラが詰め寄った。
「それで…他に何か隠し事はないでしょうね?」
と聞かれて、オーウェンは逡巡する。
(スノド村で死にかけた事は話していないが、ヴィルヘルム様やエルヴィスでもかなり怒っていたからな…シャル様達に話すのはよしておいた方がいいだろう…)
「えぇ、他に驚くような事は特に…」
「そう…ならいいけど」
と言いつつ、4人ともオーウェンの事を訝しむような目で見つめてくる。何か明るい話題を振らなければと考えて、オーウェンが話し出す。
「そう言えば、こちらに来る前に王都を訪ねてきました。ヴィルヘルム様もエルヴィスも元気そうで何よりでした」
とオーウェンが言うと、シャルロッテ達は嬉しそうにしていたが、ドロシーが浮かない顔をしている。
「どうかされましたか、ドロシー様?」
「い、いえ…この間、ヴィルヘルム様からのお手紙にドゥッセルの容体が安定しないと書いてあったあとから報告が無かったから、気掛かりで」
「その事でしたら、心配ありませんよ。旅で得てきたスキルで、彼を治す事に成功したんです」
「ほ、本当ですか!あぁ、良かった…でも、あんなにたくさんの解呪師や治癒師が頑張っても出来なかったのに、どうやって?」
とドロシーが言うと、ドロシーの表情を明るくする事が出来て嬉しかったのか、オーウェンはいつもよりも饒舌に、ことの顛末を話した。
「…つまり、そのレイスという魔物を体内から引きずりだして治したんですね…オーウェン、本当にありがとう。でも、貴方の身体に負担は無いの?」
「あ、俺は一度レイスに殺られかけたので、免疫が…」
と言いかけて、オーウェンは口を噤む。
「…殺されかけたってぇ、どういうことでしょうかぁ?」
とイザベル達が鬼気迫る表情でオーウェンに近付くと、もはや言い逃れは出来ないとオーウェンは旅の途中で死にかけた話をした。その結果、オーウェンはシャルロッテ達の涙ながらの説教を4時間ほど食らう事になり、気がついた時には夕暮れを通り越して、辺りはすっかり暗くなっていた。
一通り説教が済んだ所で、オーウェンが口を開く。
「ま、まぁ、ドゥッセル様はあの件がなければ救えなかったのですし、怪我の功名というヤツで…それに、もしブレイブ様も同様であるなら、私の力でお救い出来るかもしれません」
「お父様の病気が、良くなるかもしれないんですか!?」
「ドゥッセル様にもまだ確認できていないのではっきりとは言えませんが、可能性はゼロでは無いと思います」
とオーウェンが言うと、ドロシーは嬉しそうにオーウェンに抱きつく。シャルロッテ達も嬉しそうに微笑み、オーウェンはドロシーの気持ちを受け止めるように、肩をポンポンと叩いていた。しばらくして、オーウェンがステータス画面で時刻を確認して言う。
「さてと…そろそろ私は王都に戻ります」
「え?…泊まって行かないんですか?」
「嫁入り前の女の子と同じ部屋で寝てはいけませんと、先程お叱りを受けましたので」
「さ、さっきはそう言いましたけど…私達はもう嫁入りカウントダウンに入っているので、いいと思いますわ」
とシャルロッテが言うと、イザベルやドロシーやローラがそうだそうだと声をあげた。オーウェンは、その必死な言い訳に苦笑しつつも言った。
「冗談ですよ…シャル様達が卒業する前に、あらぬ噂がたっては申し訳ないと思ったからです。結婚する前からお義父様達に睨まれるわけにはいきませんので、それまでは辛抱させてもらいます」
「でも…私達はもう、オーウェン様と離れたく無いんです…」
とシャルロッテが言うと、皆も静かに首を縦に振る。
ちょうどその時チャイムが鳴り、ベアトリスとナサニエルが寮に入ってきた。
「オーウェン!久しぶりだな!」
「元気にしていたか、ナサニエル!生徒会長をしているとビーから聞いたぞ、頑張っているな」
「ハハ、色々と仕事を押し付けられているってだけだよ。まぁ、もう慣れちゃったけどな。それより、前にも増して身体大きくなってるな…俺もそれなりに大きくなったはずなんだけど」
「まあな、ナサニエルも大きくなっている…しっかり鍛錬を続けているようで安心したぞ」
「…お前の側に立つためには、このくらいしなきゃいけないからな」
とナサニエルが言うと、オーウェンは嬉しそうに肩を叩いた。すると、シャルロッテ達の寂しそうな顔を見てベアトリスが悟ったのか、オーウェンに話しかけてくる。
「オーウェン、今から王都に戻るの?」
「あぁ、そのつもりだが」
「泊まっていけばいいのに?」
「…今のは、王女殿下達の相談役が言っていい言葉ではないと思うぞ」
「ほぼ結婚確定の婚約者同士なんだから問題は無いでしょ…王都に何か急ぎの用事でもあるの?」
「いや、特には無いが…」
とオーウェンが言うと、ナサニエルが何か思い付いたように言った。
「じゃあさ、俺んトコの寮に来いよ!寮長には俺から掛け合うからさ。その代わりと言っちゃなんだが、俺の部活の臨時顧問をしてくれねぇか?」
「それは特に問題ないが…大丈夫か?」
「あぁ、元々は寮長が俺たちの部活の顧問をしていたんだけど、この前の練習の時に張り切り過ぎて、腰を痛めちゃってさ。オーウェンは教員免許もあるし、臨時で俺が手配したって言えばどうにかなるよ。宿代わりに寮に泊めるのも、その流れで説得するからさ」
「そうか…では、頼むとしよう」
と、オーウェンが言うとナサニエルはシャルロッテ達にグッと親指を立てた後、嬉しそうにオーウェンと肩を組んで部屋を出て行った。
ベアトリスが溜息を吐きながら言った。
「ごめんなさい…ナサニエルが、シャル様達からオーウェンを奪うような事になっちゃって…」
「い、いいんです…それにナサニエルさんのおかげで、また明日から、学院でオーウェン様と過ごす事が出来るんですもの」
そう言うとシャルロッテ達は、複雑な胸の内を隠そうと、いつもより上品に微笑んだ。