それぞれの地図
オーウェン達はシガロの下を去ると、人目につかない所で迷宮の中に入り地図を開いた。
「さて、地図を手に入れたのは良いが…問題はどれがナギの村で、その村がどこにあるかがわからないという所だな」
「地図自体も意図的に簡略化されているようだしね。その場所を知っているヒトなら気付けるかもだけど…」
そう言いながら、ティンカーが地図を何枚か並べて見る。簡易的な道や森、丘といった地形の絵が描かれている以外はアルファベットと数字のみで非常に情報量は少なく、シガロがこれを地図だと分かったのは特徴的な地形のおかげと言わざるを得なかった。
「このアルファベットと数字の意味もわからん…何かの暗号だろうか?」
「んー…その可能性もなくは無いけど、複雑にすれば手下の人達にもわかりづらくなっちゃうんじゃない?中には学が無いヒトも多いからさ」
「確かにな…」
などと言いながらオーウェンとティンカーが悩んでいると、ゴーシュがポツリと呟いた。
「…もしかして、これって地図の索引じゃない?」
「なんだ、それは?」
「大きな地図を一定の間隔で縦と横に区切ってそれぞれの行列に数字とアルファベットを当てはめれば目的の場所がおおよそどこにあるか、たった2文字で伝えられるんだ。これなら余計な情報を載せなくて良いし、元となった区切られた地図を持っていないヒトにはわからないと思うんだ」
「ほう、面白いな。…だが、それならその区切られた地図を持たない俺達にもわからないんじゃないのか?」
オーウェンがそう言うと、ティンカーが口を挟む。
「いや…出回っている大きな地図はこの1種類しかないし、区切り方もある程度推測することは出来ると思うよ。シガロの村は「c/6」って表記されているでしょ?さっき「c/7」の地図もあったから、これらの地図は隣接していると考えられる。そうすると「c/7」に近似した地形は下方向にあるから縦方向は数字で、横方向はアルファベットで表記されていると考えられるでしょ。他の地図も、表記された文字と等間隔で区切られていることを利用すれば…」
と言いながらティンカーが持ってきていた大きな地図に線を書き込む。
すると、先程までは何処を指しているかわからなかった地図がパズルのように当てはまっていった。オーウェンが感心した顔で言った。
「すごいな…よく、こんな方法を知っていたな」
「フフ、まぁね」
とゴーシュが照れていると、その様子をジト目で見ていたティンカーが思い出したように言った。
「あぁ…そういえば、ゴーシュがハマってたあのシューティングゲーム…事前に仲間達と地図見ながらブリーフィング(打ち合わせ)するやつあったよね。たしか…「Arm」だっけ?」
「『Army』だよ!いやぁ、あれほど戦術の勉強になるゲームは無いと思うんだよねぇ…もっとも、あっちの方はもっと厳密な座標で表示されてるんだけどね!ティンカーが寝てる時は海外勢の人達と何時間もミッションこなしてたんだよ!そのあと少し夢中になっちゃって、実際の地図を見てはどう攻略するかなんて考えてる時に、地図の事を色々勉強したんだよね。実は、これまで移動してきたユニコ神聖国やジョーコ公国も、僕が独自にマッピングしてて、手元にある地図よりもはるかに正確な…」
と嬉しそうに話していたゴーシュが、オーウェン達の視線に気づきハッとした様子で話すのをやめる。ナギやオベハは3人がなんの話をしているのか分かっていなかったが、仲睦まじそうに話す様子を見て何処となくホッコリした様子で見守っていた。
ナギとオベハが買い出しに出かけると、オーウェンがゴーシュに話しかけた。
「…ゴーシュも、ティンカーに負けず劣らずゲームが好きだったんだな」
「実戦の勉強になるから興味があったってだけだよ…」
「あまりに過酷なミッションばかり選ぶから『鬼軍曹』ってあだ名つけられてたよね」
とティンカーが言うと、ゴーシュは「それは言わない約束でしょ!」と顔を赤らめていた。オーウェンは頬を弛ませながら言う。
「だが、そのおかげでどうやら立ち止まらずに済みそうだ…ありがとな、鬼軍曹」
「ほら〜、オーウェンまでそうやって〜!」
などと言いながらも、ゴーシュはオーウェンに褒められて何処か嬉しそうな様子だった。
ーーーーーー
翌日、朝食を取っているとナギが急に手を挙げて言った。
「オーウェン…ちょっといい?」
「あぁ、なんだ?」
「皆には、ここまで連れてきてもらって本当に感謝してるんだけど…でも、ここから先は自分で探したいの」
「…急にどうした?」
オーウェンがナギに訊ねると、ナギは昨日の買い出し中にミアに再会した事を話し始めた。
「ミアに故郷が見つかりそうだって話をしたら、すごく喜んでくれてね。でも話を聞いてもらっているうちに私は自分で何も出来ていないなって思ったの。もちろん、ここまで来れたのは皆の力があったからだって分かっているんだけど…だからこそ最後まで頼りっぱなしじゃなくて、この先は自分で探し出したいのよ」
ナギの真剣な表情を見て、オーウェンは少し間を置いて言った。
「…そうか。ナギがそう望むのなら止めはしない。だが…一人旅は危険じゃないか?」
「私は、もともとそんなにヤワじゃないわ…オーウェン達の側にいるからそう見えるだけでね。それにミアに事情を話したら、パーティーとして一緒に旅をしてくれるって」
「それなら多少は安心できるか…いいだろう。お前の好きなように歩むといい」
そう言うとオーウェンは、ティンカーが昨日マーキングした地図と金貨の入った袋を手渡して言った。
「シガロとの約束で原本は渡せない、代わりにこれを持っていけ。それと、これは当分の旅の資金だ。ミア達にもよろしく頼むと伝えておいてくれ」
「こんなに…。ありがとう、いつか必ず返すから」
「あぁ、いつでもいい。それと…やはり奴隷の呪印も外しておこう」
「え!?どうして?」
「主人が一緒に居なければ逃亡を疑われるかもしれないし、そもそも奴隷がそのような大金を持っていれば在らぬ疑いをかけられてしまうだろうからな」
「で…でも…そしたら、オーウェンと一緒に居られる理由が…」
「一緒に居るのに理由は必要ないと思うが…それでもナギがそういう関係を望むのなら、また戻ってきた時に契約すればいい」
オーウェンがそう言うと、ナギは安心した様子で何度も頷いてみせた。
その後、「キャッツアイ」を率いてミアが宿まで迎えにくると、ナギは名残惜しそうにしながらもオーウェン達にお礼を言って宿を去っていった。ティンカーがふぅとため息をついて言う。
「なんか急な展開でびっくりしちゃったね」
「あぁ…だが、これまでナギが自分から何かをしたいと望む事はほとんどなかった。旅を通して色々と学ぶ事があったんだろう、喜ばしいことだ」
「そうだね、それじゃあボク達はこれからどうしよっか?」
「俺も、1つ提案があるんだが…」
オーウェンがそう言うと、ティンカーはギョッとした顔をして尋ねた。
「まさか、オーウェンまで1人で旅をしたいとか言い出すの?」
「いや、そうじゃないが…そろそろアールヴズへ向かわないと、約束の期日に間に合わなくなると思ってな。申し訳ないが、一度故郷に戻ろうと思うのだ」
「そっか…たしかにある程度の距離を移動出来るようになったとはいえ、アールヴズまでは船に乗らなきゃムリだもんね」
「ティンカー達はどうする?故郷に帰るか?」
「いや、ボクもアールヴズに向かうよ。フルール様にも久しく会えていないし、何よりオーウェンの結婚式にも参加したいしね」
ティンカーがそう言うとゴーシュもウンウンと頷く。オベハは「あのー…私も付いていっていいんですよね?」と不安そうにしていたが、オーウェンが「無論だ、むしろ一緒に来てくれ。紹介したいヒト達もいるしな」と言うとホッとしたように微笑んでいた。
こうしてオーウェン達の1年半近くに及ぶ旅は、シャルロッテ達との結婚を済ませるために、ひとまず休止ということになったのだった。
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一方、その頃ヴァルドにいるヴィルヘルムの下には1通の手紙が届いていた。封を切って中身を見たヴィルヘルムが眉間にシワを寄せる。
(何やらまた良からぬ事を思案している者がいるようだな…)
ヴィルヘルムの握る手紙には、ある人族の国の名が記されていた。