ナギへの想い
女達がオーウェンを取り囲むと、リーダー格の女が仁王立ちして言った。
「どうだい?この先ずっと、彼女に近寄らないって約束出来るんなら、見逃してやっても良いんだけど?」
その言葉にナギがたまらず反論しようとするが、群衆はただ同情の言葉を投げかけてくるだけで、まともに話を聞いてくれない。そんな中、オーウェンが女に向かって言った。
「それは出来ない約束だな」
「あっそ、なら痛い目を見てもらわなきゃ…ねッ!」
そう言うと、猫耳族の女達がスキルを発動させながら次々に攻撃を繰り出してくる。オーウェンは無駄のない動きで、これらをいなしながら言った。
「やはり、色々と誤解があるように思えるのだが…一度話し合いをしないか?」
「余裕だね…だけどね、冒険者なら拳で語りなよ!言っておくけど、アンタが倒れるかアタシらが倒れるまで、この決闘は終わらないんだからね!」
「そうか、なら…」
オーウェンはそう言うと1番身近に居た女の足を払い、体勢を崩した女の胸に軽く掌底を合わせる。勢いよく吹っ飛んで気を失った女を見て、取り囲んでいた女の1人が震えた声で言った。
「…い、一体何を?」
「例え得物が棒切れだろうと、俺ならお前達を殺してしまうからな。出来る最大限の配慮をしたつもりだ」
そう言うと、オーウェンは続け様に女達に掌底を放つ。あっという間に1人になったリーダー格の女が額に汗をかきながら言った。
「と、とりあえず…話し合いをしようか?」
「…あぁ、そうしてくれると助かる」
そう言うと、オーウェン達は再びギルドの建物へと入っていった。
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集まった群衆が窓越しに見守る中、オーウェンが一通り説明し終えると、女達は床に手をついて平謝りしてきた。
「ホントごめん。…アンタの事、誤解していたよ」
「わかってもらえたようで何よりだ。ところで、猫耳族のパーティーはお前達以外にもいるのか?」
「いや、ここのギルドにはアタシら“キャッツアイ”くらいだよ。他は見ての通り、アイデ達のように変わった連中ばかりさ」
「そうか…俺達はナギが元々住んでいた村を探している。人族に攻められてたくさんの犠牲者が出たようなんだが、何か知らないか?」
「そういう村は一つだけじゃないから、はっきりとは言えないけどね。ただ…アタシらは他の冒険者ギルドにもよく顔を出すんだけど、その子の毛色に似た子はここら辺では見かけたことはないね」
「そうか…」
「でも、どうしてそのコの村を探してるんだい?見つけた所で、そのコはアンタの奴隷をやめる気はないんだろう?」
女が不思議そうに尋ねるとオーウェンは少し間を置いて言った。
「…今のナギには、奴隷として過ごして来た時間が日常になっている。『自分らしく生きろ』と他人が言葉にするのは簡単だが、幼くして“自分らしさ”を奪われたナギにとって、それは決して簡単なことではない。俺も、奴隷になって苦労したナギの姿しか知らないしな。…だから、俺は奴隷になる前のナギを知るヒトを探しているのだ。彼女が自分らしさを取り戻し、これまでの生き方も含めて自分に自信が持てるようになるには、周りに愛されて育ってきたルーツを思い出す必要があると思うからな」
『…』
“キャッツアイ”の面々だけでなく窓際で盗み聞きしていた群衆が目元を潤ませ黙り込む中、ナギが小声で言った。
「わ…私は、今が十分幸せなんだけど」
「俺は“今のナギ”と同じくらい、“これまでのナギ”も幸せになってくれたらと思っている。いつか辛かった頃の自分も安らかな気持ちで受け入れらたら…とな」
「オーウェン…」
ナギが声を震わせながらオーウェンに抱きつく。その拍子に顔半分を覆っていたマスクが外れて、オーウェンの素顔が皆の前に露わになった。
〜〜〜想像出来るだろうか?これまで粗野な連中しか集まらず、美しさという概念にほぼ接してこなかった街に、この世で最上とも言える美の存在が突然姿を現せばどうなるか。〜〜〜
オーウェンの素顔を見た者達が起こした症状は2つ、すなわち「呼吸を忘れる」か「過呼吸に陥る」かのどちらかであった。囲んでいた総勢60名あまりがオーウェンを中心に、さながらイスラム教の礼拝“サジダ”のような姿勢で次々と気絶していく。オーウェンは何が起こったのか分からず茫然としていたが、ティンカー達はいつものように慣れた手付きで気絶した者達を介助していた。余談だが、たまたまこの街に題材を探しにきていた割と有名な画家が、この時の出来事を絵に残した。しかしオーウェンの顔があまりにも整い過ぎており、描くことができなかった画家は、苦悩の末にオーウェンの姿を描かずに亡くなってしまう。その結果、その画家の絵は光を中心に人々が悶絶しているような絵になってしまった。後の世で、この光の先にいる存在は一体何なのかという論争が起こることになるのだが、まさか超絶美形のエルフが突っ立ってただけとは誰も想像できず、遺作となったこの絵画は「天使か悪魔か」と呼ばれる名画となった。
ーーーーーー
オーウェン達が街を去ろうとする際にリーダー格の女が駆け寄ってきていった。
「そ、そういえば…じ、自己紹介がまだだったね…アタシはミア。アンタ…じゃなくて、貴方の名前を教えてくれないか?」
「オーウェンだ」
「お、オーウェン様…か。また、いつか会えるかな?」
「エルフは長生きだからな、生きてさえいればいずれ会えるだろう」
「そ、そっか。ハハハ」
と言うと、ミアはナギを1人呼び出す。
「ナギは本当に羨ましいよ、あんなに想ってくれるご主人様がいてさ」
「うん。成り行きで付いてきたけど、今では本当に良かったって思ってる」
「でも、優しいからって求め過ぎちゃいけないよ?特に猫耳族のアノ時期は、色んな意味で貪欲になってるからね」
「アノ時期って…何?」
「あれ、アンタまだ来てないんだっけ?発情期だよ、発情期!」
ミアの発言を聞いてナギが顔を真っ赤にすると、ミアは揶揄うように言った。
「そういえば、長毛種は遅れてくるって話を聞いたことあるね。なんせアタシの時なんか…って、ヒトに言えるようなもんじゃなかったわ。とにかく気をつけなよ、このアタシでさえ治った翌日に、皆と顔を合わせるのは恥ずかしかったんだから」
「わ、わかった。…気をつける」
ナギがオーウェン達の下へ顔を真っ赤にしながらフラフラと戻ってきた。オーウェンが覗き込むようにしてナギに尋ねる。
「どうした、ナギ?顔が赤いし足にも力が入っていないようだが…」
「へ、平気だから…」
「そうは見えん。熱でもあるんじゃないか?」
と言いながらオーウェンがナギの額に額を重ねようとすると、ナギは驚いたように飛び退いて言った。
「だ、大丈夫だってば!…ってか、ちょっと近過ぎだから。もうちょっと離れてくれない?」
「!!」
ナギは照れ隠しで言ったつもりだったのだが、一応お年頃のオーウェンにはこの言葉が深く刺さったようで、それからしばらくはナギに近付こうとしなかった。
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2週間ほど経ち、オーウェンとナギのギクシャクした感じもようやく薄れてきた頃、シガロからオーウェン達に冒険者ギルドを介して手紙が届いた。手紙には前の奴隷商が狩場にしていた村々の地図が見つかった旨が記されており、オーウェン達は早速シガロの下へと急いだ。オーウェン達がドアをノックすると、シガロは酷く興奮した様子でオーウェン達を出迎える。
「あぁ!待ってましたぜ!以前オーウェン様達の話の後、何か見落としがあるかもと考えて、前の奴隷商が住んでいた館に探りに行ったんですよ。そしたら、暖炉の中に隠し扉からこれが出てきましてね」
そう言ってシガロは、汚れた手書きの地図を広げて見せた。
「…これは?」
「ヤツらが、以前奴隷の狩場にしていた村の大まかな地図が書いてあります。俺の村への地図もそこにあったんで間違いないでしょう。ただ…」
「…この地図が大陸全体のどこら辺を指しているかまではわからないんだな」
「えぇ。俺の村は女の胸のような形の丘と湖の近くにあったんでわかりましたが…他はどこにあるのか、見当もつきませんでした」
「そうか…」
オーウェンは、地図が描かれていた紙を隅々まで調べる。確かに多くの地図には、村の名前やランドマークは書き込まれておらず、村を表すマークの下に「c/7」のようにアルファベットと数字が小さく書き込まれているだけだった。
「ちなみにシガロの村は、大陸全体の地図で言えばどの辺りになる?」
「俺の村はこの辺りです。ほら、ここにさっき言った丘と湖があるでしょう」
そう言ってシガロが詳細に描かれた別の地図の方を指差す。その先には、たしかに女性の身体を彷彿とさせる特徴的な丘2つと湖があった。
「なるほどな…。シガロ、この地図を全て譲り受けたいんだが良いか?」
「いいですが…絶対に無くさないでくださいね?そこに載っている村々は、奴隷商達にとって格好の狩場なんですから、他の奴隷商に知られればターゲットにされてしまいますよ」
「わかった、約束しよう。それと…今回の報酬だ、受け取ってくれ」
オーウェンが金貨の入った小袋を手渡すと、中を覗き見たシガロが声を震わせて言った。
「こ、こんなに頂いていいんで?…俺は地図を見つけただけですよ?」
「俺が評価したのは、成果ではなくその過程だ。シガロは直ぐに動いて、この地図を見つけた事を俺達に真っ先に知らせてくれた。素晴らしい働きに報いるのは当然だろう?」
「お、俺のことを…そんなに買ってくれる…なんて」
オーウェンの言葉に、シガロは顔をくしゃくしゃにして男泣きしていた。