猫耳族という種族
情報のあった街に着くと、まずオーウェン達の目についたのは変わった亜人が多いという点である。ティアマン共和国やティア軍国にも獣人族はいたが、ほとんどは哺乳類とヒトの中間に近い格好だった。だがここでは爬虫類のように身体が鱗で覆われた者や、獣により近い格好の者達も多く、むしろヒトに近い姿の方が少ないといった印象だった。そして露店で売られているものもウサギや鳥を丸々1匹姿焼きにしたものや、蜘蛛やムカデのような昆虫を姿揚げにしてあるものなど、よく言えばダイナミックな料理がズラリと並んでいた。ティンカーが、顔を真っ青にしながら言う。
「あまり食欲をそそられ無いね、ハハ…」
「そうか?昔、ナサニエル達とサバイバルした時は脚がたくさん付いているものも、無いものも何でも食べた。毒さえなければ大概の物は食べられる」
「“食べられる”かどうかじゃなくて“食べたいか”どうかを気にしてほしいな」
「ふむ…ナサニエルも似たような事を言っていたな」
「…だろうね」
呆れた様子のティンカーを他所に、オーウェン達は冒険者ギルドへと向かう。建物へと入り、遠目に受付嬢を見たティンカーが思わず「あぁ、良かった。受付嬢は普通みたいだ」と呟く。すると、席に着いていた冒険者の一部が、その言葉に反応してオーウェン達に向かってきた。深緑色のカメレオン男とテカテカに滑ったカエル男が、意地悪そうに笑いながら話しかけてくる。
「おい、今なんか聴こえたな。受付嬢が普通なら、俺達はどうなんだ?」
「俺達にすりゃ、普通じゃ無いのは爪も鱗も無いお前達の方なんだが?」
2人がティンカーに詰め寄ろうとすると、オーウェンが片手で牽制して言った。
「見たまんまの感想を言っただけだ、他意はない」
「あぁ!?差別発言だろ!?ヒトが傷付く事を言っちゃいけませんって、母ちゃんに習わなかったのか!?」
「ある程度の配慮はするが、傷付くのはそっちの勝手だ。そこまで責任はとらん」
「何だと!?」
などとオーウェン達が言い合っていると、席に着いていたリザードマンが机をバンッと叩いて言った。
「そこまでにしとけ、メシが不味くなる。…そこのエルフ、ウチのヤツらが突っかかって済まねェな」
「…まぁ、こちらにも非がないわけではない。お互い様といった所だ」
「…あぁ、そうだな。よし、仲直りといこうや。俺がメシを奢ってやるよ」
そう言うとリザードマンは、オーウェン達に席に座るよう勧めた。周囲の冒険者達が、何故かニヤニヤしながらオーウェン達を見つめている。
「気持ちは嬉しいが、奢ってもらう理由が無い」
「お前ら、ここに来るのは今日が初めてだろ?その記念みたいなものさ、たくさん食っていきな。おい、いつものを頼む」
リザードマンが厨房に声をかけるとしばらくしてウェイトレスが引き攣った顔で皿を運んできた…のだが、問題はその皿の上に乗っているものである。どこからどう見ても、見紛うことなき手のひらサイズのG(○キブリ)の姿揚げが、瑞々しいレタスの上に何匹も乗せられており、揚げた影響か一部は腹から形容し難いモノが飛び出していた。ティンカーやゴーシュが口元を押さえて嘔気を抑えていると、リザードマンはニヤニヤしながら言った。
「せっかく奢ってやるんだ、しっかり食べてくれよ?お前たちが初めてここに来た記念と、俺達との仲直りの印なんだからな、フフフ」
リザードマンがシュロシュロと舌を出しながら見守るなか、オーウェンが皿に乗ったGを凝視しているとカメレオン男達が煽ってくる。
「まさか、食べられないとか言うんじゃ無いだろうな」
「ヒトの好意を無駄にしちゃいけませんって、父ちゃんに習わなかったのか!?」
などと揶揄いの言葉をかけられるなか、オーウェンは徐ろにGを掴み齧り付いた。躊躇なく齧り付くその姿に、周囲の冒険者達が驚きで目を丸くする。冒険者達が見守る中、その後もオーウェンはバリバリと食べ続け、あっという間にGの姿揚げを平らげてしまった。リザードマンが頬に汗をかきながら尋ねる。
「…ど、どうだった?き、気分が悪くなったりしたんじゃないか?」
「食べられる味だった、どちらかと言うとエビに近い。だがエグ味のようなものもあり、誰もが好んで食べたくなるものではないかもな。…奢ってくれたのに済まない、やはり最近味付けの良いものを食べ慣れているせいかもしれないな」
オーウェンがそう言って笑うと、リザードマンは急に目にいっぱい涙を浮かべて言った。
「なんっつーか…ほんと、済まん。まさか、コレを食べられるヤツが他に居るなんて思わなくてな」
「ん、いつもの食べているヤツじゃないのか?」
「いや…俺達にとってはそうなんだが、他の獣人族には本当に受けが悪くてな。実の所、お前もこの食事を出されれば体面を取り繕えなくなるかと試していた部分もあるんだ…本当に済まなかった」
「昆虫はタンパク質が豊富で栄養面は優れているが、見た目でどうしても受け入れられない者も居るからな。だが…お前達は普段、自分達が口にしている物を俺に勧めてくれたのだろう。気にする必要はない」
見た目だけでなく性格までイケメンなオーウェンの発言を聞き、リザードマンは感極まったのか号泣していた。しばらくして、リザードマンが握手を求めてくる。
「俺の名はアイデだ。お前の名前を教えてくれないか?」
「オーウェンだ。よろしくな、アイデ」
「オーウェン…こんなに気持ちいいヤツと出会えたのは久々だ。何か有れば力になる、遠慮なく言ってくれ」
「あぁ、助かる」
オーウェンがそう言うと、アイデ達は満面の笑顔で冒険者ギルドから出ていった。オーウェンがティンカー達の方を振り返り言う。
「どうやら、あちらの腹の虫も収まったようだ。それより済まんな、俺だけ腹一杯になって」
「いや、全然いいよ。最初から手を付けるつもりは全くなかったし、むしろ感謝してるくらいだよ。それよりさ、その…くっついてんのよ。ほっぺに…脚が…ウェ」
そう言うとティンカーは何かが込み上げてきたようで、口元を押さえて手洗い場へとダッシュした。
ーーーーーー
ティンカーの気分が落ち着くのを待っていると、猫耳族のパーティーがギルドに戻ってくる。パーティーメンバーは全員が女性で、リーダー格の女がオーウェン達に絡んできた。
「お!アンタだね、“ゲテモノ喰らい”のエルフってヤツは?アイデ達に出された虫を断らなかったって、既に街中で有名になってるよ」
「“ゲテモノ喰らい”かは知らんが、アイデに料理を奢ってもらった」
「世間一般では、その料理の事を“ゲテモノ”って呼ぶんだよ。とても良いヤツだったってアイデが言いふらして居たから、友達になれるかと期待していたんだが…」
と言いながら女はチラッと横目でナギを見る。
「どうやら、そうでもないようだね…そこのコはアンタの奴隷かい?」
「あぁ…まぁな」
「なるほど…それなりに大切にされているようだけど、アタシ達はそもそも奴隷を連れ回す連中が嫌いでね。表に出なよ、誰かに虐げられる苦しみってヤツを、アタシ達がアンタの身体に直接教え込んでやるからさ」
「待て、俺はそう言うつもりでナギを連れているわけでは…」
「そのコを奴隷にしている、その事実だけでアンタをボコるには十分な理由さ。男が言い訳するんじゃないよ、さっさと表に出な」
そう言うと猫耳族の女達はギルドの建物の前の道を空けるように呼びかける。その声に引き寄せられた多くの群衆が駆けつけて、オーウェン達を取り囲みながらあれこれと無責任な憶測を語り始めた。
「どうしたんだい、あのエルフは?」
「なんでも、あの“キャッツアイ”に喧嘩をふっかけたらしいよ」
「猫耳族の奴隷を連れているぞ、アイツまさか“キャッツアイ”のコ達も奴隷にしようって腹積りじゃねぇのか?」
などと、勝手に言い合う群衆達。額に汗をかいたオーウェンがゴーシュに尋ねる。
「何かおかしなことになっているんだが…俺は何かしたか?」
「んー、ただ誤解を生みやすいってだけだと思うよ。まぁ、そのおかげでボク達は退屈しないんだけどね」
そう言うとゴーシュは、他人事のように笑って見せた。