知り合い
翌日、オーウェン達は船着場へと向かう。記憶を元にオベハが夢で見た男を探すと、しばらくしてある男を指差して言った。
「あの男です」
オベハが指すその先に、積荷を船へと運ぶ30歳前後の奴隷がいた。ナギは遠目に男を確認したが、見覚えがないという様子である。オーウェンが男に近付き声をかけた。
「ご主人は、どちらにおられるか?」
「対岸の船着場の方ですが…」
と話しながら、男はナギの方をチラチラと見つめていた。
「どうした?」
「い、いえ。旦那の連れている奴隷が、昔見かけたコに似ているなと思っただけです。…あのコが生きているわけないのに」
「その“あのコ”という人物について聞かせてくれないか?」
オーウェンが訊ねると男は淡々と話し始めた。
〜〜〜男は奴隷として長年この船着場で働いている。今から何年も前の事だが、積荷に紛れ込んだ猫耳族の少女が見つからないように手助けしたことがあるとのことだった。当時その少女は9歳くらいだったが、その特徴的な毛並みと、幼い見た目に似つかわしくない鋭い眼光が、印象的で覚えているのだと男は話した。〜〜〜
「まぁ、手助けしたと言っても見えなかったフリをして貨物室の1番奥に積荷を置いただけなんですが…。行き先も知らない船に乗せてしまったので、そのコがどうなったかもわからないんですけどね」
「…何故、その少女を助けた?」
「…わかりません。奴隷逃亡の手助けは見つかれば、同罪で処分されると分かっていましたが…。彼女の目が必死だったから、頑張ってほしいと思ってしまったのかもしれません」
「そうか…。時間を取らせたな、これはお礼だ」
オーウェンが10万コルナに相当する金貨を手渡すと、男は酷く動揺していた。
「い、いけません、旦那…。そんな大層な話もしてませんし、俺は奴隷で…」
「お前は立派な事をした。奴隷であろうと報いはあるべきだろう、受け取ってくれ」
オーウェンがそう言うと、奴隷は何度も深々と頭を下げて、船の方へと戻っていった。
オーウェンは少し離れた所で見守っていたナギ達のもとへと戻り、話をする。
「5年以上前に奴隷の少女が逃亡するのを助けた事があると言っていた。状況から考えればその少女がナギでもおかしくは無いと思うが…どうだ、思い出せそうか?」
「…わからないわ。逃げ出すのに必死だったから」
「そうか。その男の話では、ナギの乗った積荷は対岸から来たということだ。…向こうに渡って調べてみるとしよう」
ーーーーーー
オーウェン達は迷宮スキルで一瞬にして対岸へと移動する。そこらにいる奴隷の呪印を確認していくが、どれもナギの呪印とは違うものばかりである。しばらく歩き回っていると、ナギが小声でオーウェンに耳打ちした。
「…オーウェン、尾けられているわ」
「気づかないフリをしていろ、次の路地を曲がって何者か確かめてみる」
そう言うとオーウェン達は、路地を曲がり迷宮スキルで姿を隠し、見失い慌てる男達の背後から出現して声をかけた。
「貴様ら、何者だ?」
「!!何故、オレ達の背後に?まぁ、見られたら仕方ねぇ…お前、そこの奴隷をどうやって手に入れた?」
「…奴隷商から譲り受けたが?」
「適当な事を言うんじゃねぇ!俺達は顧客管理は徹底しているからな、商売した相手は全員覚えているんだよ!」
「なるほど…なら、お前達はこの呪印を管理する奴隷商の手下か」
オーウェンに訊ねられ、男達が「…あ、やべぇ」と呟き動揺していると、オーウェンが構わず話を続けた。
「さっきのは冗談だ、とある街でこの奴隷を引き受けてな…だが、正式に主従契約を結んでいないせいか、言うことを聞いてくれない。出来れば、お前達の上司に会って正式に譲り受けたいと考えて訪ねてきたのだが…案内を頼めるか?」
「な、なんだ、これから客になってくれるって事かよ。ボスに殺されると思ってヒヤヒヤしたぜ…良いぜ、そういうつもりならボスの所に案内してやる」
そう言うと男達は、先程までと違った様子で道案内をし始めた。案内された場所は意外にも大通りに面した巨大な建物で、「人材育成・派遣の事であればこちらまで」と、堂々と看板まで出している。階段を登る途中で何人も奴隷と出会すが、彼らの呪印とナギのモノは全く異なっていた。
建物のある一室へ案内されると、葉巻を咥えた男が情報誌に目を通していた。男はこちらを一瞥すると、少し深いため息を吐いて飛びきりの笑顔を作って握手を求めてきた。
「ようこそ、フロドゥール人材派遣会社へ。今日は、どう言ったご相談でしょうか?」
「この奴隷を、正式に譲り受けたいのだが…」
「…えー、ぁあー、お客様…この呪印は当社のものではありませんが?」
「そこの男達に事情を話して、正式に案内してもらったのだが…間違いだったか?」
オーウェンがそう言うと、葉巻男は舌打ちをしながら部下達を睨み付けた。部下達は罰が悪そうに下を向く。葉巻男はフゥーと口から長く煙を吐いた後、先程よりも雑な対応をし始めた。
「まぁ、こっちで合ってるっちゃぁ合ってるがな。ちょっと待ってろ、照会するから」
そう言うと葉巻男はナギの呪印を覗き込み、手元にある奴隷リストを確認し始めた。不意に男が動きを止めてニヤリと笑って言った。
「…すまんが、やっぱりこの奴隷は売れねぇな。コイツは…前科持ちなんだ」
「既に本人から事情は聞いている、その上で買おうと言っているんだ」
「ダメだ。契約違反した者は処分するのがこちらの慣例でな、コイツは牢に繋ぐ」
そう言ってナギの手を掴もうとする男に、ティンカーが声をかけた。
「5000万コルナ出すと言っても、そのコを牢に入れるの?」
「…なんだと?」
「ウチのご主人様は気前の良い方でね。そのコを自分のモノにするために長旅を続けてきたんだ。連れて行けないなら5000万は出さないけど…どうせなら、双方にWin-Winになるようにした方がいんじゃないかな?」
「1億…いや2億でどうだ?」
「んー、悪いけど足元を見て値段を急に上げる商人は3流だよね。奴隷商と言えど、きちんと仕事するならモノの価値を自分で見極められるようにしなきゃね」
「…7500」
「ご主人様、ここじゃなくて他の奴隷商に行きましょう。似たようなコはもっと安くでいっぱい居るはずですよ」
「…7、7000でどうだ?」
「オークションで競り落とす高級娼婦ならまだしも、その値段ならそれなりのコが2人は買えるはずだよ。ご主人様、やっぱり他の奴隷商の方が…」
「6500でどうだッ!?」
「んー…まぁいいでしょう」
ようやくティンカーが首を縦に振ると、葉巻男は少し興奮気味に契約書を提示してきた。契約書が本物である事を確認するのだが、所有者の名前欄を見たティンカーの動きが止まる。
「確かに本物の契約書だけど、キミはどうやって所有者を書き換えるつもりかな?」
「どうって、修正液に血を混ぜて…」
「ボクが聴きたいのは、“所有者じゃない”キミがどうやって書き換えするつもりなのかって聞いているんだよ?」
ティンカーの言葉に葉巻男が不気味な笑顔を浮かべる。ゴーシュ達が身構える中、男は机の引き出しへと手を伸ばす。
「それはな…、これだッ!」
そう言って葉巻男が机の中から壺を取り出した。
「…何?これ」
「これは前の所有者の血が入った壺だ。以前ここにいた奴隷商が奴隷達の反乱にあって殺された際に、契約書と血液を掠め取ってやったというわけさ」
「随分と守備良く手に入れられたね?」
「あぁ、奴隷達を焚き付けたのは、他ならぬ俺だからな。大勢で襲い掛からせたら、あっさり上手くいったというわけさ。あの野郎、中途半端なタイミングで『動くな』なんて命令するから、大勢の奴隷に押し潰されて窒息死しちまいやがったんだ。悪どい商売をした因果応報ってヤツよ、ハハハ」
「…すっごい勢いでブーメラン刺さってるけど大丈夫?」
「俺は違うぜ?行き場の無くなった奴隷達を、他の所有者に売り払っているだけさ。それにウチが所有している奴隷達も、ここの領主の爺さんの血液を使わせてもらってる。俺がヤツらを虐げる事は無いが、いざとなったら身一つで逃げ出して、俺の尊敬するあのヒトのように真っ当な仕事で金を稼いでやるのさ」
「なるほど、リスクマネジメントの考え方は多少あるみたいだね…シガーロくんでいいのかな?」
ティンカーが鑑定で見た名前を呼ぶと、男はふぅと煙を吐いて言った。
「俺はシガロ…元奴隷のシガロだ」
オリンピックの開会式見て、投稿し忘れるとこだったー汗
危なー。