ナギのルーツ
旅に出てもうすぐ1年経とうというのに、オーウェン達は“劉備の母”を、未だに見つける事が出来ていなかった。当初、たとえ一般人レベルであろうとチート枠で転生してくるのだから、多かれ少なかれ目立つであろうなどと考えて短期間で見つけられると踏んでいたのだが、ティンカーの情報網にすら引っかからない始末である。オベハにも転生がバレない範囲で情報を与えているのだが、予見が得られた様子は全くなかった。その結果、この1年間は魔物化の果実の出所などに多く時間を割くことになったわけだが、こちらも順調に調べが進んでいるという訳では無い。元服を迎える1年後までに、何とか情報を掴みたいと考えていたオーウェンが、珍しく溜息を吐いた。ティンカーは不思議そうに見つめる。
「…フゥ」
「どしたの?」
「思っていたよりも、情報は入ってこないものだな」
「確かにねぇ…チート枠って事なら、ちっちゃい時から何かしら不思議な力があるとかで有名になるはずだし、ガンダルフ商会は結構な田舎にも商品を運んだりしてるから、何かしら引っ掛かると思ってたんだけど…」
「…商会の手が届かないほどのド田舎にいるとか?」
「んー…可能性はなくは無いけど、わざわざチート枠で転生してきた異世界でそんなトコ行くかなぁ」
「あるいは、イイとこに生まれたが捨てられて…という線もあるか?」
「あぁ〜…そっちはあるかもね。そう考えるとより難しくなっちゃうなぁ…誰も『子供を捨てました』なんて言わないだろうし」
「…いずれにしても、あのランキングが次にいつ行われるかわからない以上、彼女を早急に見つける必要がある」
真剣な表情のオーウェンにティンカーが揶揄うような表情で言った。
「…っていうかさ、ゼウス様にあのマザコンサイコパスを転生させないでくれって頼む方が、ぶっちゃけ手っ取り早くない?」
「…ダメだ」
「どうして?」
「俺が転生出来たのは、現世の人達がそうあって欲しいと望んでくれたからだ。その彼らが劉備の転生を望むというのなら…阻むことは出来ん」
「…相変わらず、変なトコだけ真面目なんだから」
「それに…」
「…それに?」
「それに、俺は劉備も救えるんじゃないかと思っている。この世界で昔と同じ間違いを彼が犯さないように出来れば…俺の気持ちも晴れるというものだ」
「ったく、そのお人好しで足を掬われたってのにさ。まぁ、そういう所が良いんだけど…とにかく、キミの元服まで後1年はあるんだ。焦らず目の前にある問題から解決していこうよ、ボク達には足掻く力があるんだから」
「あぁ…そうだな」
などとオーウェン達が話していると、昼寝をしていたオベハが飛び起きて言った。
「見えました!」
「チート持ちの少女か!?」
「い…いえ、そうではなく。ナギさんの故郷を探す件です」
「あぁ…そう」
「…今、あからさまに落ち込みましたよね?」
「いや、そんなことはないが…それで、何が分かったのだ?」
「以前渡された地図によれば、ナギさんと同様の特徴を持つ猫耳族はこの大陸南部辺りのギルドで多く登録しているようです。『予見』では、ナギさんに何らかの関わりを持つ男が船に積荷を下ろしている様子が見られましたが、その港からは別の大陸が見えました」
「…となると、候補地はこの辺りということか。しかし、オベハ殿の『予見』もかなり精度が上がっているようだな。見える範囲も以前より広がっているんじゃないだろうか?」
「確かに…以前は自分を中心にして起こる事ばかり見えていましたが、ここ最近はターゲットとする人物の周囲で起こる事まで見えるようになっていますね。旅の中で、私の力も成長しているのかもしれません」
オベハはそう言うと、満足そうに微笑んでみせた。
ーーーーーー
迷宮スキルを使い、オーウェン達はかなりの距離を短時間で移動する。途中でステータス画面に「!」マークを見つけ開いてみると、迷宮スキルのレベルアップと追加事項が記されていた。オーウェンがティンカーを呼び確認する。
「迷宮スキルがレベルアップしたようだ」
「凄いじゃん!何が出来るようになったの?」
「んー…モデリング、移動距離の最大値増加と…後は高さ制限の解除だと」
「モデリングはひとまず置いといて、移動距離の最大値増加はかなり役に立ちそうだね。高さ制限の解除ってのは…なんだろ?」
「…考えてみればこれまで横に広がる空間は多く作ってきたが、高さを意識した作りはしてこなかったな。ヴュステの時も、ザントに入るための通路として下向きに階段を作ったくらいだからな」
「んー…つまり、これまでは通路と部屋だけの空間しか作れなかったのが、迷宮内にビルが作れるようになったってこと?」
「簡単に言えばそうだな。今の所は建物は10階までが限度のようだが、迷宮自体に高度の制限は無いようだし、いずれは高層ビルが出来るかもしれん」
「へぇ〜、なんか便利そうだね。今の所、利用方法は思い浮かばないけど」
などと会話しながら、オーウェンが新しくなった迷宮スキルを使用する。すると、これまではスキルを続けざまに2回使用して移動出来た距離が、1回分で移動出来るようになっていることがわかった。より効率的な移動が出来るようになったおかげで、オーウェン達は夕方頃には港町の近くにたどり着いていた。宿泊する宿屋を決めて、オーウェン達は冒険者ギルドへと向かう。
〜〜〜この街の冒険者ギルドは、冒険者向けの宿泊施設と一体になっており、ロビーには受付と共に食事処がついていた。当初、オーウェン達もここの宿泊施設に泊まる事を考えていたが、ティンカーの「なんか、布団とか色々臭そう…」という一言から、少し割高な宿屋に宿泊先を変更することになった。〜〜〜
受付嬢に猫耳族の冒険者が在籍しているか確認を取ってもらっている間、オーウェン達は食事処でご飯を注文して待つ。だがオーウェン達の一行は、種族にバラエティがあるため変に目立っていた。見るからに金持ちそうなドワーフ、巨体で筋骨隆々のケンタウロス、絶対に戦わなさそうな羊の獣人族、奴隷の印をつけた猫耳族の少女、そして、フードを頭からすっぽり被った巨躯のエルフと、冒険者にいなさそうな見た目の連中ばかりである。そして、そんな物達が居れば絡んでくる冒険者が出てくるのも、当然なのであった。世紀末風の痛々しい格好をした男達が、ニヤニヤしながら話しかけてくる。
「…おいおいおい、こんな所に金持ちそうなドワーフのガキが居るぜ?ボクちゃん、お兄ちゃん達がクエストを受けてあげまちょーか?ギャハハ」
「羊毛は高く売れるぞ!羊のおっさん、俺たちが売ってきてやるから毛を刈ってこいよ」
「この嬢ちゃん奴隷じゃねぇか?ガキのくせに一丁前にメス奴隷なんか連れやがって…、ほれ、こっちで俺たちの酌でもしてくれや」
そう言って男がナギに触れようとした瞬間、オーウェンがナギを引き寄せて男の手を素早く払う。
「触わるな」
「痛ってぇ…なんだ、テメェ!やんのか!?」
そう言いながらオーウェンの胸ぐらを掴もうとした男の脇腹をゴーシュが後脚で蹴飛ばすと、男は遥か遠くの壁に全身を打ち付けて気絶した。唖然として固まる連れの男達にゴーシュが凄む。
「…聞こえなかったかな?オーウェンは触るなって言ったんだよ」
「ヒィ!?お…覚えてやがれ!」
急いで逃げていく男達の背中を見て、オーウェンが呟く。
「何がしたかったんだ、アイツらは…」
「冒険者の質もピンキリだからね。特に金と女を見かけたら、すぐちょっかい出そうとする連中も少なくないんだよ」
「なるほどな…」
などと会話しながら、オーウェンがナギに声をかける。
「大丈夫か?」
無言で頷きつつ、離れようとしないナギ。オーウェン達は怖くて固まっているのだと勘違いしていたが、実際はオーウェンの身体に触れて緊張して動けなくなっただけだった。