命の危機
〜〜〜レイス(幽霊)は肉体が完全に無くなったにも関わらず、この世への未練を断ち切れなかった魂達が、魔素を集めて生まれる魔物である。魔素を凝縮できるような依代を持たないためか非常に細かい魔石の粒で構成され、骸骨のホログラムの様相を呈している。レイスは過度に魔力を使用すれば勝手に消滅するのだが、タチが悪いのは体内に入り込んで、状態異常魔法を継続的に使ってくるという事である。一度入り込んだレイスを体外へ排出することは難しく、入られた者は原因不明の昏睡状態が続き、そのまま衰弱死してしまう。〜〜〜
ティンカーが、オーウェンに呼びかける。
「レイスに近寄っちゃダメだよ!鼻と口を布で覆って、極力吸い込まないようにして!」
「コイツの正体を知っているのか!?どう対処すればいい?」
「外にいる状態なら、浄化魔法でどうにかなるだろうけど!」
「俺は黒髪だから、そんな高度な魔法は使えん!」
「じゃあソイツが朝日を浴びて弱るのを、浄化魔法陣の中で待つしかないよ!急いで描くから待ってて」
「頼んだぞ!くそっ…やぶ蛇になってしまった」
と呟きながらオーウェンは、レイスを引きつけようと逃げ回る。レイスはしつこくオーウェンを追いかけていたが、なかなか追いつけない事に業を煮やしたのか、急にターゲットをティンカー達へと変えた。迫り来るレイスにナギやオベハが悲鳴を上げ、ゴーシュが皆を守ろうと上から覆い被さる。
ティンカーが描きかけの魔法陣の上に座り込み「…万事休す…か」と呟いた、その時である。オーウェンが口を覆っていた布を取り、レイスの前へと割り込んだ。レイスが次々にオーウェンの鼻や口から身体の中へと入っていく。
「オーウェン!?何やっているんだよッ!?」
泣き叫ぶティンカー達の前で、レイスが全て身体へと入り込むと、オーウェンの顔はみるみる青ざめていった。苦しさのあまり、オーウェンが膝をつき倒れ込む。全身に大量の汗をかき、喘ぐような呼吸をするオーウェンの下に、ティンカー達が駆け寄った。
「オーウェン、…どうしてボク達を庇うようなことをッ?」
「知らん…身体が…勝手に動いた…ハァ…ハァ」
「死なないでよ、オーウェン!…死んじゃダメだッ!」
「こんな状況で…無茶を言うな…、ティンカー…頼みがある。ハァ…ハァ…シャル様達の…ことだ」
「イヤだよ、オーウェン!聞きたくないよ!」
「時間が…無い。伝えて…くれ…、約束を守れなくて…済まなかったと」
「…オーウェンッ」
ティンカーの呼びかけが聞こえていないのか、オーウェンは焦点の合わない目で1人1人に声をかける。
「オベハ殿…無理を言って付いてきてもらったのに…すまない。これからもティンカー達に…協力してやってくれ」
「…も、もちろんですよ、オーウェンさん!」
「ナギ…いつか、お前の家族が…見つかることを願っている」
「…ヤだよぉ、オーウェン…」
「ゴーシュ…出来るなら、もっとお前の背中に乗っていたかった。皆を…守ってやってくれ」
「…あぁ、お任せください。殿」
「そして、ティンカー…いつも苦労ばかりかけたな。もう少しだけ…頼らせてもらうぞ」
「全く、調子良いんだから…もちろんですよ、殿」
皆にメッセージを伝えて満足したのか、オーウェンは深くため息を吐いた。
「あぁ…身体がだんだんと…楽になってきた。これが…普通に迎える死…というもの…か」
『…ッ、オーウェン!』
皆が叫んでオーウェンにしがみつくなか、オーウェンはそっと目を閉じて動かなくなった。その顔からは、もはや苦しさは感じ取れず、青ざめた顔もすっかり元の色白の肌に戻っている。ティンカー達は泣きながら、オーウェンの身体にいつまでもしがみついていた…
のだが、…しばらくして、不意にオーウェンが言った。
「あー…。…ティンカー、俺はもう死んでるのか?」
「オーウェン!?大丈夫なの?」
「…わからん。さっきの息苦しさで、流石に死んだなと思ったんだが…一体どうなってる?」
「ぼ、ボクにもわからないよ。…ちょっと待ってて、鑑定してみるから」
そう言うとティンカーは、オーウェンの隅々まで見つめて言った。
「オーウェン…レイスが完璧に消えてる。今のオーウェンは、完全に正常な状態だよ!」
「やはり、そうか。何か急に身体が軽くなって、前と同じ…いや、前以上に元気が湧いてくるのだが」
「オーウェンの魔力値が急に上がっている…なんでだろ」
そう言うとティンカーは、更に解析を使用して状況を整理していく。その結果、ティンカーは1つの結論へとたどり着いた。
「凄いよ、オーウェン!オーウェンの身体は、ずっと健康体なんだ!」
「まぁ…若いし、それなりに健康なんだろうなとは思っていたが…」
「そうじゃ無いよ、オーウェン!オーウェンには…状態異常から回復する力が備わってるんだよ!」
〜〜〜さて、覚えているだろうか…オーウェンが転生する際になんと言ったか。彼は、単に長生きを望んだのでは無く、「強靭で健康な身体」を望んだ。その願いの結果、オーウェンの身体にはあらゆる状態異常に対して、それを除去する強力な免疫のような機構が備わっていた。またそれだけでは無く、傷を負った側から一瞬で元の状態に戻す能力も常に備わっている事も判明した。その証拠にオーウェンはこれまで何度も魔物と死闘を繰り広げてきたにも関わらず、身体には傷跡ひとつ付いていない。つまりこの男、即死するような余程の攻撃でなければ、死なないどころか傷さえ付かない身体の造りをしているのであった。〜〜〜
「つまり、オーウェンの身体に入ったレイスは、免疫機構による浄化に対抗しようと状態異常魔法を使い続けた結果、過度に魔力を使い過ぎて完全に消滅したんだ。そして体内で拡散した魔素を身体が取り込むように働いた結果、オーウェンの魔力値が急上昇したんだろうね」
鑑定と解析の結果をティンカーが説明すると、皆が地べたに倒れ込む。
「…もうダメかと思いましたよ、オーウェンさん」と驚きの白さになったオベハ。
「…バカぁ、オーウェンのバカぁあ…」と泣きじゃくるナギ。
「ほんと…人騒がせなんですから、殿は」と口調が戻らないゴーシュ。
「凄い…チートすぎるよ、オーウェン!」と言いながら、どこか満足気に微笑むティンカー。
そんな皆を見渡して、オーウェンは気恥ずかしそうに言った。
「心配かけて…すまなかったな。また、しばらく苦労をかけそうだが…いいか?」
すると皆は、オーウェンに抱きつきながら叫んだ。
『もぅ、しょうがないなぁ!』
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その後、オーウェンはティンカー達に地下室で見つけた数本の指とそれを包んだ紙を見せる。ティンカーが文章を読んだ後に、指を1つ1つ摘み上げて見ながら言った。
「んー、どうやらヒトの指みたいだけど。もしかして…、あぁ、やっぱりそうか」
そういうと、ティンカーは1本の指を拾い上げて見せた。
「鑑定によれば、これがスポルカシオーネ(スポルカ・スィヨン)の指だね。この文章から推測するに、彼らは指を捧げて何か契約の儀式をしたみたい。世界を一つにする『唯一神』や表裏の所はわからないけど、ちゃんとカルト集団らしい事してたようだね」
「地下の部屋には杯も幾つか落ちていた、そっちは拾う時間が無かったがな」
「いずれにしても、良い手がかりを見つけてくれたよ。他の指も鑑定したら、名前が分かったし。後は、この名前の持ち主達を探していけば良いしね」
「そうか…、命をかけた甲斐があったということか」
オーウェンが冗談混じりで言うと、ティンカーがジト目で睨んで言った。
「今回はたまたまゼウス様のおかげで大丈夫だっただけなんだから!…次からあんな無茶したら、怒るからね!」
「あぁ…心配かけて済まなかったな」
オーウェンはそう言うと、申し訳なさそうな、それでいて何処か嬉しそうな顔で笑った。