スノド村
その後、必死になって謝るアルヴィンを落ちつかせつつ、オーウェン達はティアマン共和国から初めて上陸した港町へと移動した。
ティンカーが港を指差して言う。
「ここから別の大陸にある港を経由していけばブルイン王国に入れるはずだよ。…と言っても、こちらから定期的に船が出ているわけじゃないし、聖アールヴズ連合国に向かう船も、行き先を公表しないようにしているから、ちゃんと乗れるかはわかんないけど。…本当に1人で帰るつもり?」
「えぇ。皆様は任務の途中のようですし、これ以上負担をかけるわけにはいきません。帰り方がわかっただけでも十分有難いです」
「そっか、じゃあ…気をつけてね」
というティンカーに、アルヴィンは深々と頭を下げた。オーウェンが大量の金貨を詰めた袋をアルヴィンに手渡して言う。
「餞別だ、長旅で困らぬよう持っていけ」
「!…こんなに頂くわけには!」
「スコンメッサから絞りとった金のほんの一部だ、構わず使ってくれていい」
「…本当に、ありがとうございました!」
「気にするな… 道中の無事を祈念している。それでは」
そういうと、オーウェン達は港町を離れていく。アルヴィンはいつまでも、オーウェン達に向かって頭を下げていた。
ーーーーーーー
港町で聴き込みをして得た情報などをもとにスノド村の位置を予測し、オーウェン達は迷宮スキルで移動する。何度も使い込んでいるおかげなのか、迷宮スキルで移動出来る距離も、以前より延びているようだった。
「迷宮スキルの使い方も、前よりだいぶスムーズになったね」
「人前で使わなければならない事も多々あったから、気付かれないようにしたいと思ってな。迷宮内部の移動距離を、極端に短くしたりして試している最中だ。以前、教えてもらったアニメからヒントを得たのだが…不思議な道具を使う機械の…なんといったか、あのアニメは?」
「『デレえもん』の“あちこちドア”の事かな?」
「それだ、そのイメージに近い」
「なるほどね、確かに部屋とかを作る必要が無ければ、最短距離で突っ切った方が効率良いもんね。…でも、オーウェンがアニメを観てたというのも意外だね」
「ジョーコでホテルに居る時は特に何もする事が無くてな、シアタールームでティンカーに勧められたものを適当に観ていた。あのアニメは登場人物も限られて、1話ずつで完結するから見易かったぞ」
「フフ、あのアニメはボクも好きなんだ。良かったよ、気に入ってくれたみたいで」
ティンカーは共通の話題が出来たことが余程嬉しかったのか、その後もあれこれと話していた。30分ほど経っただろうか、ゴーシュが2人に呼びかける。
「オーウェン、ティンカー。ちょっと来て」
「どうした、ゴーシュ?」
「あそこに幾つか廃屋が見えるよ。たぶんスノド村じゃないかな?」
「かもしれんな、まずは俺とティンカーで確認してこよう。ゴーシュはナギ達とここで待っていてくれ…数十年前とは言え、疫病の原因が残っている可能性もあるからな」
「わかった、気を付けてね」
「あぁ」
そう言うとオーウェンはティンカーを引き連れて村の方へと歩いていった。
ティンカーの鑑定・解析スキルを駆使しながら徐々に安全ゾーンを広め、廃屋に残っていたスケルトンやゾンビといった魔物を、オーウェンが排除しながら進んでいく。粗方、脅威を排除したオーウェン達に、ゴーシュ達が合流して言った。
「何も無かったようだね」
「あぁ、特に変わったものは見つからなかった…また、振り出しに戻ってしまったな」
「しょうがないよ、順調に進むことばかりじゃないから」
「…そうだな」
そう言いつつも、オーウェンは肩を落としていた。すると、オベハがポツリと呟く。
「…教会のような大きな施設はありましたか?」
「そこまで大きくは無いが、教会はあったぞ。だが全部調べたが、何も残っていなかった」
「焼け焦げたりしていましたか?」
「いや…普通に中にアンデッドが湧いていただけで、建物自体は形を保っていた」
「…私も観に行きたいのですが?」
「あぁ、構わん。いいだろう」
そう言うとオーウェン達は村外れにある小さな教会へと移動した。
中に入るとオベハは見渡すようにして言う。
「…おかしいですね」
「何がだ?」
「小さな村ですが、建物の数を見ればそれなりの人口はあったと思います。多くの方が亡くなった場合は、遺体安置所が必要ですから、村から離れたこの建物がベストだったと思うのですが…無いんですよ」
「無いって…何が?」
「燃やされた後です。疫病の正体が掴めないまま、遺体を放置するのは危険ですからね。魔物化を防ぐ目的でも、普通は建物ごと燃やされてもおかしくありません」
「なるほど…たしかに、そうだな」
「…それに何処からかわかりませんが、薬品のような異臭がします」
「そうなのか?…獣人族だからこそ感じ取れる臭いがあるのかもしれないな」
などとオーウェン達が話していると、ナギが急に動きを止めて耳を済ませ始めた。
ゴーシュがその様子に気付き、声をかける。
「…ナギ?」
「静かに…!…何か物音が聞こえる」
そう言ってナギは、床に耳をつけた。オーウェンも真似してみるが、何も聞き取る事はできない。しかし、ナギは床を指差して言い放った。
「間違いない、床の下から音がする」
「…魔物か?」
「どうかしら、一定のリズムを打っているように聞こえるけど…」
「…何処かに入り口があるのかもしれんな、手当たり次第に探してみるぞ」
オーウェン達はオルガンや椅子など手当たり次第に退けて確かめて行く。いつのまにか日が傾き、辺りは薄暗くなっていた。すると、ナギが壁に立てかけられた神像の足下に、隠し扉を見つける。ティンカーが解析を使用し罠がない事を確認すると、オーウェンはゆっくりと扉を開けた。扉の先には螺旋状の階段があり、その先からは微かにコツコツと音が聞こえる。オーウェンはティンカー達を残し、1人道なりに進んでいった。
ーーーー
薄暗い通路の奥には、大きな円卓の置かれた部屋があった。壁にかけられた振り子時計が、何十年も放置されて埃まみれになっているにも関わらず、コツコツと音を立てて時間を刻み続けている。
(ゼンマイのような物は見当たらない…。魔法の類で動いているのだろうか?)
などと考えつつ、オーウェンは周囲を見渡す。ひび割れた盃がいくつか落ちており、何かを飲んだ形跡があるが肝心のモノは見当たらない。ふと円卓の中央にある灰皿に目が向かう。紙が燃やされた跡があるのだが、その紙は何かを包んでいるようだった。オーウェンが取り上げ、紙をゆっくりと開く。紙の中には、萎れた何かが数本入っている。剥がれた爪が一緒に包まれている事から、オーウェンはそれが何かの指だった事を知った。広げた紙は一部焼け残っており、そこには血で何かが書き込まれていた。オーウェンが、光魔法を使用しながら文字を読む。
〜〜〜千切りし小指で、契りを結ぶ。表は裏に飲み込まれ、裏は表に成り代わる。理の外より現れし『唯一神』が理を壊す時、世界はようやく一つとなるであろう〜〜〜
(…『唯一神』とはフズィオン教のいう唯一神のことだろうか?)
その文字を見てしばらく動きを止めていたオーウェンだったが、急に部屋に広がる静けさに気付き、辺りを見回す。時計がいつの間にか止まり、開け放っていたはずのドアが閉じられている。不穏な空気を感じつつ、周囲を警戒するオーウェン。すると背後から冷気を感じ、オーウェンは飛び退きながら方天画戟を構えた。青々と光り揺らぐ魔素の塊が、徐々にヒトの形へと変化していく。同時に部屋の壁の至る所から軋む音が聞こえ始め、柱や天井がビキビキと音を立てて崩れ始めた。
「まさか、崩れようとしているのか…マズいな」
そう呟くとオーウェンはドアを蹴破り、全速力で通路を駆け抜けていく。青いヒト形の光も追いかけてくる状況で、オーウェンは上の階にいるティンカー達に向かって呼びかけた。
「皆、外に出ろ!建物が崩れるぞ!」
「!?」
オーウェンの言葉に皆が固まる中、ゴーシュだけが状況を把握し、3人を掴んで建物の外へと猛ダッシュした。階段を駆け上がってきたオーウェンも入り口に向かって全力で跳躍すると、間一髪で崩壊から逃げ切る事が出来た。オーウェンが肩で息をしながらゴーシュに訊ねる。
「ハァハァ…皆、無事か?」
「僕達は大丈夫だけど…。一体何があったの、オーウェン?」
オーウェンが階下での出来事を話そうとした時、ゴーシュの背中に乗っていたティンカーが真っ青になりながらオーウェンの後ろを指差して言った。
「オーウェン、後ろ!!アレは…レイスだ!」