灰ローブの男
少し広めの荷馬車を買い、オーウェン達はジョーコ公国を出る。ティンカーは、満足そうにステータス画面の金額を見て言った。
「やっぱりお金があるのと無いのでは、気持ちの余裕が違うよねぇ。でも…いいのかい、オーウェン?こんなにもらっちゃって」
「あぁ。元々は、テーブルにチップを置いただけで入ってきた金だからな」
「そっか、じゃあ遠慮なく受け取っちゃうね!でも…オーウェンがあんなにギャンブルに強いんならもう少しジョーコ公国に居ても良かったかもね?フフフ」
「俺は、スコンメッサを引き摺り出そうと必死だっただけだ。目的を果たした今、最早ジョーコ公国に用はない。それにそのまま居たら、今度は俺達がジョーコ公爵に目を付けられることになっただろう」
「確かにね。このタイミングがいい引き際だったのかもね」
などとオーウェン達が話をしていると、オベハが汗をかきながら訊ねた。
「あのー…本人を目の前にして言うのも何ですが…この灰ローブの方、どうするんです?」
〜〜〜あのビッグゲームの後、スコンメッサと共に灰ローブの男は捕らえられそうになったのだが、ティンカーは自分が雇った間者だと偽って強引に荷馬車へと乗せた。ディールは少し怪しんでいたが、オーウェン達に世話になったという思いもあり、次回以降の入国制限をかける程度で留めてくれた。そうして今、灰ローブの男は訳もわからないまま荷馬車に乗せられ、肩身が狭そうに膝を抱えているのである。〜〜〜
ティンカーは、思い出した様に話しかける。
「あぁ、そう言えばそうだった。…キミ、プレリ出身でしょ?」
ティンカーの言葉に男がビクッと身体を震わせ、しきりにオーウェンを見つめていた。ティンカーが質問を続ける。
「翠の騎士団のヒト達ってさぁ、無責任だよね?鎧買ってもらえなかったからって、国を捨てて逃げちゃうなんて」
「…勝手なことを言うな!」
そう言って立ち上がった拍子に、男のフードが外れる。濃い翠色の髪をしたエルフの姿を見てナギやオベハが驚くなか、ティンカーはため息を吐いて言った。
「…やっぱり翠の騎士団のヒトか。上手とまでは言えないけど、一応方術の基礎を理解しているようだったしね。…キミ、名前は?」
「…」
黙り込む灰ローブの男に、オーウェンが呼びかける。
「俺はオーウェン・モンタギュー。ヴァルド王家に正式に認可された『鳳雛隊』隊長をしている。今はある事件について国外に調査に来ているのだが、…お前の名を聞かせてくれないか?」
「…兵隊長様でございましたか!?これは失礼を致しました、私の名はアルヴィン・フォレスト。『翠の鳳』の兵士です、…オーウェン様は、『紅の鳳』のアウグスト様の血縁の方で御座いますか?」
「アウグスト・モンタギューは俺の父だ。それより聞かせてくれ、アルヴィンはジョーコ公国で何をしていた?」
オーウェンの問いにアルヴィンは少し間を置いて話し始めた。
「私はスコンメッサに雇われて…法術でイカサマを行いながらお金を稼いでいました。プレリはどうでしたか?…我々の稼ぎは、少しでも役に立っておりましたでしょうか?」
「…プレリに稼ぎを送っていたのか?」
「ええ、月に50万ほど…」
「残念ながら、俺達がフルール様の下を訪れるまで、プレリは財政難でその日食べる物も自分達で集めて来なければいけないほどに困窮していた。…大方、スコンメッサに騙されていたのだろう」
「そんな…、それじゃあ今、フルール様達は?」
「安心しろ。そこに居るティンカーの手助けもあり、プレリは今生まれ変わりつつある。王城や王都も作り、集まってきた民達も以前より生き生きとしていた。いずれは、プレリ国内だけでなく聖アールヴズ連合国や他国に食糧を供給できるほどの農業大国となるだろう」
「そうだったのですか、良かった…。ティンカー殿、先程は失礼いたしました」
謝るアルヴィンに、ティンカーは「問題ない」と片手をあげて見せた。オーウェンが話を続ける。
「何故プレリを離れた?プレリはヴァルド同様に西側は魔物の森に接している。いくら方術を使えるといってもフルール様を1人残すことに不安を覚えなかったのか?」
「不安も何も…我々に出稼ぎに出るよう頼まれたのは、フルール様自身ですよ?」
「…どういうことだ?」
訝しむオーウェンに対し、アルヴィンが話し始めた。
〜〜〜10年ほど前、アルヴィン達が日課の巡回をしていると急にフルールが1人で現れた。フルールは、プレリの財政難が深刻になってきた事を涙ながらに話した。自国が豊かでないことは知っていたが、それでも牛や馬を売買する事である程度生計を立てられていると思っていた兵達が動揺すると、フルールは兵達に国外で出稼ぎをする様にお願いしてきたと言う。プレリの警護はどうするのかと騎士団長が尋ねると、他国へ応援を頼んでいるため大丈夫だと言われ、それならばと皆は納得した。フルールに導かれて兵達はヴァルドの国境へ向かっていたはずだったが、いつのまにかフルールを見失い、兵達はこれまでに見たことのない森の中を歩いていた。そして気がつくと聖アールヴズ連合国から遠く離れたこの土地へと移動していたと言うのである。〜〜〜
「すぐに引き返しましたが、我々が通ってきた森を見つける事は出来ませんでした。意味がわからないまま、我々は大陸を彷徨い、騎士団長の命令のもと情報収集のために各地へと散りました。私はたまたまジョーコ公国に近い街で情報収集をしていたところ、スコンメッサに目をつけられたのです。彼はエルフの国を知っていると言っていたので…」
すると、話を聞いていたティンカーがアルヴィンに訊ねた。
「それって本当にフルール様だったの?フルール様はそんな話していなかったけど」
「えぇ、あれは確かにフルール様でした。魔術や方術を使われたのなら、いくら我々でも気付きますよ」
「まぁ確かにそうだろうけど…」
と訝しむティンカーにオーウェンが訊ねた。
「ティンカー、人の真似を出来る魔族というものはいるか?」
「魔族かどうかは知らないけど、そういう性質を持った化け物のことは知っているよ。ドッペルゲンガーって言うんだ」
〜〜〜ドッペルゲンガーは古くから知られている魔族で、ヒト族の姿に化ける事が出来る。力も魔力もそれほど強くない彼らだが、一度化けてしまえば本人以外は誰も気付く事が出来ないほど完璧に変身する事が出来る。髪の毛一本一本のクセからホクロの位置まで全て完璧な模倣を一瞬で行えるため、周囲の者は誰も目の前にいる者がドッペルゲンガーだと疑うことはない。そしてそのステータスさえも偽装されるため、高レベルの鑑定スキルなしでは見抜く事も困難なのである。〜〜〜
「…って言う感じの化け物なんだけど、それがどうしたの?」
「アルヴィン達がいつの間にかこの土地へと移動していたのは、恐らく迷宮スキルによるものだと思う」
「確かにそれなら辻褄は合うけど…でもあり得ないと思うよ?これまで魔創迷宮を攻略したヒトはオーウェンの他に聞いた事ないし」
「あぁ…だが攻略していなくても出来る者達がいる。迷宮を作ったヤツらなら、それが出来るんだ」
「!…そっか、盲点だったよ。そのフルール様に化けたドッペルゲンガーに連れられて、アルヴィン達はこの大陸へと着いたんだね?」
「憶測ではあるがな…。おそらく、ソイツはアルヴィン達を追い出した後にフルール様に成り代わって良からぬ事をしようと企んでいたのだろう。だが、予想よりも早い段階でフルール様が方術を国全体にかけてしまい、未遂になってしまったというところかもしれん」
2人の会話を聞いていたアルヴィンは焦った様子で言った。
「なんと言う事だ、早くフルール様に危機を知らせなければならないのに」
「あぁ、それは心配しなくていいよ。ボクから彼女に伝えておくから」
そういうと、ティンカーは“マジックフォン”を取り出してフルールと話し始めた。楽しげに話すティンカーの様子を見てアルヴィンがオーウェンに訊ねる。
「あんな不思議な道具を使ってフルール様と親しげに話しているなんて…ティンカー殿は何者なんですか?」
「あぁ、彼はあの有名なティンカーブランドの創業者であり…そして、フルール様の婚約者だ」
オーウェンの言葉を聞いたアルヴィンは石のように硬直したまま気を失っていた。