Death Run
粗方の試合が終わり、いよいよメインの試合を告げるファンファーレが鳴り響くと、会場は観客達の声でビリビリと震えるほどに盛り上がった。解説者達が「いやぁ、大歓声ですねぇ」などと話す中、競走馬が続々と入場してくる。現代の一般的な競馬と違って攻撃も妨害もなんでも許されているからだろうか、剣や槍、弓を背負い厳つい甲冑を着た騎士達が続々と入場してくると、観客席からはファンのものと思われる黄色い歓声が飛び交った。競技場へ向かう通路で、ゴーシュがオーウェンに話しかける。
「…いよいよ、僕達の番だね」
「なんだ、ゴーシュ…緊張しているのか?」
「まさか!僕達は、死と隣り合わせの戦場をいくつも駆け抜けてきたんだ、早く走ればいいだけのレースに緊張するわけないじゃん」
と言いつつも、ゴーシュの動作はまるでロボットのようだった。
オーウェンが、ギクシャクしたゴーシュの動きを見てツッコむ。
「…左右の前脚と後脚が一緒に出ているが」
「…もぅ、ホント意地悪なんだから!認めるよ!そ、そりゃ、多少は緊張するよ!あんな大歓声の中で走った事なんて無いんだからさ、仕方ないじゃん!」
「そうだな…だが、お前の言った通り、俺達はいくつもの戦場を駆け抜けてきた。眼前の敵を屠り、明日に繋がる活路を見出す力が、俺たちにはある」
「…オーウェン」
「それに…俺は何より楽しみなのさ、全力のお前と共に走れることがな」
そう言ってオーウェンがゴーシュに笑いかけると、ゴーシュの足並みも自然と普段通りに戻っていく。
「…そうだね。なんか父さんの事とか思い出して、変に力んじゃってたかも。ありがと」
「あぁ」
そう言うとオーウェンを乗せたゴーシュは、先程までとはうってかわって軽快な足取りで競技場へと向かっていくのだった。
ーーーーーー
会場では熱気に包まれた観客達を煽るように、放送席の声が響いている。
「いやぁ、まさかこんなビッグゲームが生きている内に見られるなんて…こりゃ、たまりませんねぇ!」
「会場に入り切れなかった方達もいるみたいで、外にはいくつか巨大スクリーンを用意して、即席の会場まで作ってるなんて聞いてますから…如何に、このレースが注目されているかがわかるかと思います」
「聞く話によれば、ジョーコ公爵様の用意された競走馬は、昨年惜しくも途中リタイアしたケンタウロスの息子さんという事で色んな意味で注目を集めているようですが、どう思われますか?」
「まぁ、そうですねぇ…まぁそれなりに頑張って頂けたらと、…えぇ。怪我しないようにね…えぇ。ハハハ」
「やはり、去年のレースを直接見ているだけに、コメントしづらいというのは否めませんね。ハハハ」
などと解説者達の談笑を聞き、観客達の中からもヤジが飛ぶ。
「俺はアイツの親父に500万もかけてたっつーのに、あんな何も無ェ所で転びやがってよ!?馬鹿かっつーんだ!」
「しかも言い訳してたしな、あれはマジで冷めたわ」
「あれ以来、ケンタウロスはハズレ扱いだからな。ジョーコ公爵様には申し訳ないが今回、俺は全部スコンメッサ氏の馬券だけ買ったわ。外の賭場でも全部スコンメッサ氏に賭けたしな」
などと観客達が言い合っていると、巨大スクリーンにオーウェン達の姿が映し出された。その煌びやかさを見て、会場が徐々に静かになっていく。
〜〜〜巨大スクリーンには、キラキラと輝く白金の鎧に身を包んだオーウェンとゴーシュが映し出されており、その見事な立ち姿は何処かの王子様を思わせるような美しさだった。また鎧の隙間から見えるゴーシュの赤黒い毛並みが写り込み、時折血のように赤く美しい光を放つと、観客達は感嘆の声を漏らした。この鎧はティンカーが急拵えで作ったものなのだが、実際の目的はキラキラと反射させる事で術師に視認されにくくするものであった。だが、性分のせいか金字で模様まで彫り込むこだわり様であり、出来上がった鎧はぱっと見でも最高級の物とわかるレベルの美しさである。〜〜〜
皆が静かに見守る中、オーウェン達は静かにコース上へと移動する。他の選手達が、オーウェン達の立ち振る舞いに圧倒されて近付けないでいると、思い出したかの様に解説者達が説明を始める。
「えぇー…失礼しました、はい。それでは、改めて今回のレースについて説明していきましょう。今回の勝負はジョーコ公爵様からスコンメッサ氏へ勝負のお誘いがあり、競馬で勝負ということになりました。公正にするため、行われるルールと条件はスコンメッサ氏にあるわけですねぇ。そして、スコンメッサ氏が今回選んだのは…『Death Run』です!」
解説者の言葉に、観客達が再び盛り上がりを見せる。
〜〜〜Death Runとは、文字通り行動不能になるまで走り続けた距離によって順位をつけるものである。皆がイメージするようなゴールラインは、ジョーコの競馬場にも勿論設けられているのだが、これまではあまり機能しないことが多かった。理由は単純で、騎士同士の戦闘で競走馬はゴールに辿り着く前に行動不能となる場合が多かったからである。近年は怪我の多さからルールが見直されるようになり、戦闘を禁止する特別ルールを設けたレースも開催される様になったが、馬上でぶつかり合う格闘技要素も含んだ旧ルールは未だに根強い人気を誇っていた。その数ある旧ルールのレースの中でも、最も盛り上がるのがDeath Runである。ゆっくり走りスタミナを温存しながらタイマンに持ち込むのも良し、集団で1人ずつ潰して行くのも良しと、レース展開が読めなさすぎるのが売りだった。ちなみに周回数に制限は無いが、先頭の競走馬が2周回るまでに1人も脱落者が出なかった場合は、そのままゴールラインを切った順が順位となる。〜〜〜
解説者の声を聞いていたオーウェンが、ゴーシュに小声で話しかけた。
「…ティンカーの予想通りだな」
「そうだね、ルールブック見ながら『派手で盛り上がって勝敗がわかりやすいものを選ぶと思うよ』って言ってたもんね」
すると先程まで気圧されていた他の選手達が、オーウェン達に向かって言い放った。
「おいおい、聞いたか?Death Runだってよ!お前らもう終わりだぜ、ハハハ」
「お前の親父もDeath Runで俺達が潰してやったのさ。親子共々潰されるってどんな気持ちぃ?ねぇ、どんな気持ちぃ?ギャハハ」
「やめろよ、お前ら。ビビり過ぎて棄権しちまったら可哀想だろ…集まったお客さん達がよぉ!アーッハッハ」
オーウェンとゴーシュは特に反応することなく、指定されたゲートへと向かう。オーウェン達を含め全部で24頭の競走馬がゲートに並ぶと、次の瞬間、勢いよくゲートが開かれた。スコンメッサの息がかかった多くの選手達が、オーウェン達の行く手を阻もうと幅寄せしてきたのだが、気がつくとスタートして5秒も経たないうちに、オーウェン達は既に2位と50m程差をつけて先頭を走っていた。その後もどんどん距離は離れていき、他の選手達が半周する前に1周し終えるゴーシュ。他の選手達がやっと1周を終える頃にはその背中をオーウェン達が捉える形となっていた。
一方、観覧席では何が起こっているのかわからないといった状況だった。あまりに見事で速いゴーシュの走りに、レースの決着が付いていないにも関わらず思わず馬券を握りつぶしてしまう者までいる。そして、VIPルームでは感涙に咽び泣くディールと、怒鳴り散らすスコンメッサの対照的な姿が見られた。スコンメッサが大声で、灰ローブの男に怒鳴り散らす。
「馬鹿者ッ!さっさとやれ!何のためにお前を雇っていると思ってるんだ!?」
「眩しくて速すぎて、捉えられないのです!」
「そこを何とかするのが貴様の仕事だろうが、この馬鹿タレがぁッ!」
などと最早隠す気も無いほどに声を荒げるスコンメッサを見て、ディールが笑いながら言った。
「こんなVIPルームから見ているだけの彼に何をやらせようって言うんだ、スコンメッサ殿?」
「う…うるさいっ!貴様には関係ないわぁッ!」
「…見苦しい男だ。勝敗はもう決したも同然だろう…」
「フハハ…フハハハ…まだだ。まだ、勝負は着いていねぇのさ!!」
そう言うとスコンメッサは不適に笑った。