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金持ちという生き方

ゴーシュがディール公爵にこの国を訪れた理由について話している間、オーウェンとティンカーはスカウトマンから借りた映像を見直していた。ふと、オーウェンが疑問を呈する。


「ヴェッキオさん、一般席からは走っている馬達はどう見えますか?」

「並んで走っている様子が見えますが、混雑している時は見えづらいでしょうね。競馬場はカジノと違って通常グレードの方々も参加できるようになっているので、凄く混むんですよ」

「そうですか…。ティンカー、今のところをもう一度巻き戻してスローで見せてくれ」

「ゴーシュのパパさんが躓く所だね…何か気になる所でもあった?」

「映像からは、多くの馬達がゴーシュの親父さんを囲むようにひしめき合って走っているのがわかる。そして、一般席は見た通りたくさんの客達でごった返しているわけだが…果たしてその中からゴーシュの親父さんだけに、正確に方術をかける事は可能か?」

「…まず無理だね。そこにいる人達全員にかけるなら術を空間に残して来ればいいけど、特定の誰かにだけ術をかけ続けるなら正確にその人だけ直視し続けないと」

「あぁ、その通りだ。そして、競馬場にはゴーシュの親父さんを()()()()()()()()()()が1箇所だけある」

「…まさか…」

ハッとした表情のティンカーに、オーウェンはドヤ顔で言った。


「そう、術者がいた場所は…VIPルームだ」

「凄いよ、オーウェン!いつ、思い付いたの!?」

ティンカーの驚きの声に、ゴーシュやディール公爵も集まって来た。


「どうしたの、ティンカー?」

ティンカーがオーウェンの名推理を聞かせると、ゴーシュも尊敬の眼差しで見つめる。するとヴェッキオが横槍を入れた。


「でも、VIPルームにも多くのお客様が入られるはずですよ?その中から見つけ出すのも大変だと思いますが…」

「…」

一瞬にして肩をすくめてしゅんとするオーウェン。しかしそこでディール公爵が「いや…今回の場合はその名推理の通りだ」と関心した顔で言った。


「どういうことでしょうか、ディール様?」

「覚えていないのか、ヴェッキオ?この試合は、俺とあの男があるカジノを賭けたビッグゲームだったんだ。あの時、VIPルームに居たのは俺以外にあの男とその付き人達だけさ」

「あ…あの男ですかッ!?」

「あぁ、あの男だ…」

「まさか、あの男が全てに関わっていたなんて…」

「あぁ…だがあの男なら頷けるというものだ…」

すると、「あの男」をドヤ顔で連発されることに痺れを切らしたオーウェン達が揃ってツッコむ。


『…ンあの男って誰ッ!?』

オーウェン達の食い付きの良さに、ニヤリと笑みをこぼしてヴェッキオは言った。


「オーウェン様達が会いたがっていた人物…20年前にスポルカをこの街から追い出し、以来この国に居座り続けてディール公爵様に成り代わろうと企む男…、スコンメッサ・ヴェッテですよ」

ーーーーーー


「つまり、スコンメッサの資産額は去年の大会以降、一気にディール公爵さんに追い付きつつある…そう言うことかな?」

「その通りだ、ティンカー君。考えてみれば20年前にヤツが通常グレードの設立に反対したのも、カジノ自体を衰退させて活気を失ったこの国を奪うつもりだったのかもしれないな。まぁ、結局は自分の懐も寂しくなったのを感じて、ヴェッキオの時には反対出来なかったんだろうが…」

「スコンメッサは、どうしてここまでこの国に固執するんだろうね?お金なら十分持ってるだろうに」

ティンカーが不思議そうに首を捻っていると、オーウェンが言った。


「…簡単な事だ、お金以外のものがここにあるからだ」

「お金以外のものって?」

「“贅沢”や“優越感”など様々あるが…、最も固執しているのは『数字』だろう」

「!…なるほど、『数字』か」

と納得するティンカーの側で、ヴェッキオがわからないといった顔で尋ねた。


「オーウェン様、何故『数字』なんでしょうか?」

「何処の国でもそうですが、所持している金額はステータスの一種です。この国ではその傾向がより強く、人々は常に自分のランクを意識せざるを得ません。入国のために500万コルナを支払い、ドレスコードに身を包んだその時から、ハイグレードのホテルやカジノで過ごしている間まで、四六時中似たような考えの人間に囲まれれば当然のことでしょう。得てしてそういう人々は、『より上位者(ランカー)らしくあろう』と無意識に振る舞いはじめます。そうなれば、後は勝手に競い合いが始まるだけです。はべらせている女の数、身につけた装飾品の数、そしてベットエリアに置くことの出来るカジノチップの数を、隣に座った者に見せつけるのです…『俺はお前より上位にいるのだ』と」

「…」

黙り込むヴェッキオを余所にオーウェンは続ける。


「差がついている間は問題ありませんが、やがてある程度の金額を超えればそれも感じられなくなります。『金持ちの1人』と見做され、金持ち同士で五十歩百歩(ごじゅっぽひゃっぽ)の儲け自慢をする日々が続き、誰よりも多く稼いできた数字が意味を成さなくなる…そうなれば、次に目指す数字は今まで蔑ろにしてきた小さな数字…『1番』です。彼はその『1』という数字に何十年も固執し、この国に居座り続けているのですよ」

オーウェンの説明を聞いていたディール公爵が、感慨深そうに頷いて言った。


「…なるほどな、あの男が俺に張り合おうとする理由が良くわかったわ。かく言う俺も…いつからか1番の座が脅かされている事に、焦りと苛立ちを感じていた。俺もまた『数字』に固執していた1人なのかもしれないな。…出来るならもう一度、勝利を純粋に喜んでいられた頃に戻りたいものだ」

「そうですか。…では、俺が貴方を最初で最後の大勝負が行われるテーブル(試合場)へと(いざな)ってあげましょう」


そう言うとオーウェンは、ディール公爵に向き直って言った。


「貴方の持っている全てを、この俺とゴーシュにかけて頂きたい」

ーーーーーー


それから2週間ほど経ったある日、スコンメッサはディール公爵から1通の手紙を受け取る。手紙には、競馬で互いの全財産を賭けたビッグゲームを受けるつもりがあるかとの旨が書かれていた。スコンメッサは、鼻で笑いながら言った。


「ふん…あの男、とうとうワシが自身の総資産に追いつきかけている事に焦って大勝負に出よったわ。しかも、よりによってワシが最も力を入れている競馬で勝負ときた…馬鹿なヤツめ、ただ抜かれるのを待っていれば、全てを失うこともなかっただろうに」


はべらせた女達の胸を(まさぐ)りながらスコンメッサが呼び鈴を鳴らすと、灰色のローブを来た男はすぐに部屋の影から歩み出てきた。


「お呼びでしょうか、スコンメッサ様…」

「また、お前の力を借りる時がきたぞ。あぁ、ディール公爵の落胆した姿をもう一度この目で見られるとは…フフ、ゾクゾクしてくるわ。…わかっているな、1年前のあのケンタウロスのように、ヤツの競走馬を潰してやれ」

「…わかりました」

そう言うと灰ローブの男は部屋を去っていく。スコンメッサはその後ろ姿を見ながら自信満々に呟いた。


「フフフ、ようやくこの国の全てを手に入れる時が来たわ。金も女も、全ー部(ぜぇーんぶ)がワシのモノだ!フフ…フハハ…フハハハハ!」

といかにも悪そうなスコンメッサの笑い声が、屋敷中に鳴り響いていた。



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