カジノ
翌日、オーウェン達はカジノを転々としながらスポルカシオーネの痕跡を探す。だが、20年という歳月はそれを酷く困難なものにしていた。結局、何も情報を得られないまま3日ほど経った次の日、オベハがオーウェン達を起こして言った。
「『予見』がありました。昨日まで回った所よりも少し古っぽい印象のあるカジノに、当時を良く知る老紳士のディーラーがいるようです。その人の名前は店名と同じで、たしか…ヴェッキオと名乗っていました」
「そんな店名のカジノってあったっけ?」
と言いながらゴーシュが地図を広げると、ティンカーが隅々まで見渡してピタリと動きを止めた。
「なるほど、見つからないわけだよ」
「どういうこと?」
「ボク達は昨日まで、高グレードから最高グレードのカジノばっかり回ってたけど、ヴェッキオは通常グレードにあるのさ」
そう言ってティンカーは、通常グレード地域の一角にある「ヴェッキオ」の文字を指差した。
ーーー
オーウェン達がヴェッキオに入ると、そこは多くの客で賑わっていた。オベハはくるくると辺りを見渡していたが、やがて部屋の隅に座る男を指差して言った。
「いました、私が夢で見たのはあの方です」
白髪混じりの髪をオールバックにした丸メガネのディーラーが、若手のディーラー達に指導しながら談笑している。オーウェンは真っ直ぐその男の前まで進むと、躊躇することなく話しかけた。
「私はオーウェンと言います。ヴェッキオ殿とお話がしたいのですが」
「私がヴェッキオですよ、オーウェン様。何処かでお会いした事がありましたかな?」
「いいえ。ですが、長年この国でディーラーをしている方だと聞きまして」
「確かに、私はディーラーとしては最古参かもしれませんね」
〜〜〜ヴェッキオは以前は最高グレードのカジノでディーラーをしていたが、13年前から後輩ディーラーの指導も含めて通常グレードのカジノ運営を任されたとの事である。当時、通常グレードという地域は存在しておらず、ジョーコ公国への敷居は今以上に高かった。また、大富豪ばかり相手にしていたせいか、客を差別化したり金銭感覚のおかしなディーラーも多く、カジノ全体の雰囲気もあまり良くなかった。ヴェッキオ自身もジョーコを離れ、他国で小さなカジノ経営でもしようかと考えていた時、後輩ディーラーの1人が通常グレードの地域を設けてはどうかと言い始めた。〜〜〜
「彼は当時から、離れていく客足を既に感じとっていたようでしてね。どうすれば客に無理が来ないように、長く楽しんで貰えるかと考えていたようです。私も興味はありましたが…当時はそんな事に気を回す者は、私と彼の他に誰も居なかったので、しばらく彼を泳がせてみることにしたのです。すると、富豪の1人が彼にゲームを提案しました。『もしワシに勝てたら、お前の望みが叶うようにしてやる』と。そして、彼はその提案に乗った結果、全財産を失ってこの街を去りました。それから5年程経ち、客足が目に見えて減ってきたタイミングで私は彼と同じように通常グレードの地域を設けることを提案し、すんなりとここのカジノを任されることになったのです」
「時の運というものだね…、ヴェッキオさんが長らくディーラーを続けられている理由がわかった気がするよ」
とティンカーが感心したように話すと、ヴェッキオは微笑んで言った。
「恐れ入ります。昔から勝負勘というものが働く方でしてね。ここで若い子達が研修出来るようになったお陰で、今では多くのディーラーがお客様の金銭感覚に見合ったゲームを提供できるようになりました。…でも、彼には悪い事をしたなぁと今でも度々思い出すのですよ」
しみじみとした表情で話すヴェッキオに、オーウェンが訊ねる。
「ちなみに、その男の名前は?」
「私達は『ポーカー』と呼んでましたが、確か…スポルカ・スィヨンという名ですよ」
「!…彼がその後どうなったか分かりますか?」
「さぁ、どうでしょう?私は彼が勝負に負けた所までしか見ていませんから…。あ、でも彼と勝負した富豪なら知っているかもしれませんね」
「その富豪は今もこの国に?」
「えぇ…というか、彼は入国して以来、一度もこの国を離れた事がありません。大勝負に強い人なんですよ」
「どこに行けば会えますか?」
「彼の目に留まらなければ、会う事は難しいでしょうね。以前はカジノに入り浸っていましたが、最近はもっぱら競馬場に居るはずです。馬主になって今まで以上に儲けているようでしてね、最近ではこの国の君主に、経営の方針について意見をするくらいになってしまいました。他の国と違って、ジョーコでは保有している資産額がそのまま権力になります…彼の資産額は20兆とも30兆とも言われていて、この国は今にも2分されようとしているのですよ」
「…そうですか」
オーウェンがそう言って黙り込むと、ヴェッキオはニコッと表情を変えて言った。
「さて…せっかくカジノに来られたのに話し込んでばかりでは、面白くありませんね。運良くここには耄碌しかけたディーラーが居ますが…どうです、遊んで行かれませんか?」
「あいにくこれまで賭け事をした事が無いもので、ルールがわからないのですよ」
「そうでしたか。それでは、僭越ながらこの私がそれぞれのゲームを詳しく解説していきましょう」
そう言うとヴェッキオは、オーウェン達を連れて各テーブルを回ってゲームについて解説を始めた。
「カジノでよく見るテーブルゲームは大きく分けてカード、ダイス、ルーレットの3種類です。ここでは何処にでもあるカードゲームの中でバカラを遊んでみましょうか。バカラは簡単に言えば、ディーラーが配る2組のカードの山のどちらが勝つかを予想して賭けるゲームです。カードの山はそれぞれ『プレイヤー』と『バンカー』と呼ばれ、最初に2枚、条件によっては3枚目のカードが配られます。配られたカードを足し算して下一桁が9に近いカードの山に賭けていれば、オーウェンさん達の勝ちになります。絵柄や10は0扱いにして計算してくださいね」
「…それ以外の場所にベットしている客もいますね」
「ええ、あちらはサイドベットという賭け方ですね。『ペア』は最初に配られた2枚のカードが同じ数字であることにかけるんです。プレイヤー側がペアになるかバンカー側がペアになるか、どちらか一方かはたまた両方か、賭ける所によって配当は変わってきます。『タイ』はプレイヤー側とバンカー側が同じ数字で引き分けることに賭けるといった感じですが、どちらも確率が低いのであまり出るものではありません。他にもテーブルによって色々な種類のサイドベットがありますが、まずは気にせず遊んでみましょう。勝負には流れというものがあります、ディーラーの側にあるこれまでの戦績記録表を参考にしてみてください」
そう言うとヴェッキオは、どうぞどうぞと勧める素振りをした。オーウェンはティンカー達の方へ向き直って訊ねる。
「誰かやりたいヤツはいるか?…ティンカーは?」
「ボクは商人だからね、確実に勝てる勝負しかしないんだ」
「…ゴーシュは?」
「ボクも一応ティンカーの商売の手伝いをしているからね、こういうスリリングな感覚はあまり覚え無い方がいいかな…」
「ナギはどうだ?」
「今まで色々ツイていないから…やめといた方がいいと思う」
「オベハ殿は?」
「私は大一番の賭け以外は、からっきしダメでしてね。遠慮しておきますよ」
「そうか…なら、俺がやろう」
そう言うと、オーウェンは持っていたブラックチップ10枚を「プレイヤーのペア」にトンと置いた。ティンカー達がズッコケて、ヴェッキオが苦笑する。立ち上がったティンカーが呆れ顔で言った。
「…オーウェン、話聞いてた?ペアは確率が低いんだよ?1枚1万コルナのブラックチップをそんな場所に10枚も賭けちゃってどうすんのさ!?」
「でも、出ないわけじゃ無いんだろ?なら賭けてみるのもいいじゃないか?」
「…もう好きにしなよ。…すっぽんぽんにされても知らないからね」
ナギやオベハがオロオロする中、ゲームが始まる。プレイヤーに配られた2枚は…両方とも7のカードだった。テーブルに座っていた客達が騒つく中、状況が掴めていないオーウェンがディーラーに訊ねる。
「どうだ?俺は勝ったのか?」
「え…えぇ。プレイヤーペアは配当が12倍なので…」
と言いながらディーラーが、オーウェンの前にブラウンチップ2枚とイエローチップ1枚とブラックチップを10枚置いた。オーウェンがブラウンチップとイエローチップをティンカーに見せて言った。
「3枚増えたぞ」
「あのさ、オーウェン…そのブラウンチップ1枚はブラックチップ50枚分と同じ価値があって、イエローチップ1枚はブラックチップ10枚分なんだよ」
「そうなのか…とにかく増えたな」
『増え過ぎだよっ!』
と皆が突っ込むのを他所に、オーウェンはその後もちょくちょくと勝ち続け、1時間程で総額200万コルナ分のカジノチップを稼いだ。周囲の客が唖然とする中、オーウェンがふぅと一息吐いて言った。
「少し単調になってきたな。…ヴェッキオさん?」
そう言って見つめた先には、顔を青くするヴェッキオの姿があった。