ジョーコ公国
その後、オーウェン達は周囲で聞き込みを続けるが、スポルカシオーネに関する情報はどれも眉唾ものの話ばかりだった。やれ天上から降りてきただの、やれ海が割れて出てきただの、普通に考えればあり得ない話ばかりだったが、その中に1つ気になる話があった。
〜〜〜話してくれた商人の男は、もう何十年も前からユニコ神聖国と他国の間で商売をしているのだが…ちょうど20年ほど前のことだろうか、話がやたら上手い男を積荷と一緒に乗せた事があるとのことだった。カジノや競馬場があるジョーコという国で、一文無しになったその男に懇願されて仕方なく荷馬車に乗せたが、不思議とその男の話に聞き入り、数ヶ月の旅路が初めて面白いと思えたらしい。ユニコ神聖国に向かう途中の村でその男とは別れたらしいが、その男の手には当時は珍しかったフズィオン教の聖典が握られていた。男は村で誰かと待ち合わせをしている様子だったが、相手が誰かまでは話してくれなかった。その男とは2度と会うことはなかったが、それから10年ほど経って現在のユニコ神聖国が誕生した頃、王の改宗祝いでユニコ神聖国の大聖堂に入る機会があり、壇上にいた教祖がその話の上手い男に似ていると商人の男は思ったのだという。〜〜〜
「まぁ、あっしの見間違いだろうと思いますわ。あの男はお世辞にも立派な法衣を着れるような人物には見えませんでしたんで、ハハハ。それでは」
そう言うと商人はオーウェン達の前を去っていった。ティンカーが首を傾げていう。
「今の話ってスポルカシオーネの事かな?」
「どうだろうな…。だが、ほかに有力そうな話も無いからな。商人の男は、別れた村が何処だったか覚えていないようだった。なら、今はジョーコに向かうしかあるまい」
「そうだね。…あ〜ぁ、スポルカシオーネが生きていれば、もっとスムーズだったんだろうけどなぁ」
ティンカーの愚痴を聞きつつ、オーウェン達はジョーコへ向かった。
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〜〜〜ジョーコ公国は、言ってしまえばギャンブル大国である。あらゆる賭け事が許されており、条件さえ守れば誰でもディーラーとして場を仕切る事が出来るため、多くの貴族達はもちろん、裕福な商人から各国の著名人まで、多くの人々が集まって賑わっていた。代わりに取り締まりも強く、条件に合致しない違法賭博はすぐに禁固刑となり、一度逮捕歴が付くと入国さえ制限されるという徹底ぶりである。そのため、ある程度のクリーンさが保証された派手な賭博が、あちこちで行われていた。ちなみに条件とは次の5つである。
1.勝敗が命に関わる賭け事をしてはいけない。(結果として死に至ったものは処罰の対象にならない)
2.賭け事を始める前に、ディーラーは賭け金の10%を国に納めること。(ただし下限は10万コルナ)
3.ディーラー候補が複数いる場合、最も拠出額の多い者がディーラーになること。
4.イカサマは基本的に禁止。(明らかにイカサマが立証できない場合は処罰の対象にならない)
5.イカサマがあったと確認された場合、指摘した者に対し最高配当額の75%を支払う事。(支払いの請求期限は5年以内)
なお条件を破った場合は禁固刑が主であるが、著しく法を乱したとみなされる場合は最悪死刑になる事もあるため要注意とのことである。〜〜〜
ティンカーが、ジョーコ公国の門番から話を聞いて戻ってくる。
「身分証の提示は必要ないけど、入国には身元保証金として1人あたり500万コルナ支払わなければいけないみたい。身元保証金は1度払えば何度でも出入り出来るみたいだよ」
「ということは、5人いるから2500万コルナ必要だな」
「それと、ジョーコ国内では常にドレスコードがあるんだって。地域もグレードがあるから、グレードにあった服装をお願いしますって言われたよ」
「鎧はダメなのか?」
「うん、武器の携帯も競技に参加する選手やボディーガードのような立場の人以外は、基本的に許可していないんだって。ボディーガードがいない場合は、ジョーコ公国公認のボディーガードを雇うようにってさ」
「しかし、何処かに出かける度に着替えていたら疲れてしまうぞ」
「あぁ、その点は大丈夫だよ」
そう言うとティンカーは、一瞬で服を着替えてみせた。ゴーシュやオベハも何事もないかのように、いつのまにかフォーマルな礼服に身を包んでいる。オーウェンとナギが驚いていると、ティンカーが説明を続けた。
「ステータス画面には指定装備って書かれた項目があるんだ。ここでは事前に装備を登録しておくことで、一瞬で着替える事が可能だよ。商売人はもちろん、政治家も急な来客に対応できるように使いこなしてる人が多いかな。冒険者でも高ランクのヒト達は、状況によって装備を一瞬で変えたりしてることもあるよ。まぁ、身体や服の汚れは落ちたりしないから、洗濯やお風呂は必要だけどね」
「そんな便利な機能があったのか…」
と言いながら、オーウェンが何も登録していない装備欄をいじっているとティンカーが続けた。
「指定できる通常枠は5つくらいかな。自分の職種が増えると指定枠も増える仕様でね、ボクは今全部で8種類くらい登録してるかな。ちなみに装備が未設定のままの場合や設定した装備が手元に無い場合、着替えるというアイコンを押すと、その部分はすっぽんぽんになっちゃうから注意してね」
とティンカーが言い終わる前に、オーウェンが「未設定の装備に着替える」を選択する。途端に先程まで来ていたコートや鎧が一瞬にして消え、オーウェンが生まれたての姿で出現した。ナギが赤くなって顔を伏せる中、ティンカーは表情を変えずに言った。
「…そう、そんな感じ。…勉強になったね」
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オーウェン達はジョーコへ入り、それぞれの地域を出入り出来るようにランクにあった服装を揃える。ナギはこれまでに一度も着たことがないドレスを、オーウェンから次々に手渡されて目を輝かせていた。オーウェンもタキシードや燕尾服などを買い揃えるが、その美しさからかどこに行ってもヒトが集まってくるため、追加で口元を隠すマスク付きのマントまで購入しなければならなかった。
ティンカーがふぅっとため息を吐いて言う。
「そんなもんまで使わないといけないなんて…整い過ぎているってのも大変だね」
「人前に出る時は顔を隠すよう、昔からシャル様達に散々言われ続けてきたからな…今更、気にはしないさ」
「相変わらず尻に敷かれるタイプなんだから…まぁいいや。そろそろホテルへ向かおうか、明日は聴き込みも兼ねてあっちこっち回らなきゃいけないしさ」
そう言うとティンカーは、高グレードの街に向かって歩き出した。
〜〜〜余談だが、ジョーコ公国は通常グレード、高グレード、最高グレードと3種類の地域に分かれており、ハイレートのカジノへ入場出来るのは高グレードと最高グレードに指定された地域にあるホテルに泊まっている者のみである。もちろんオーウェン達は最高グレードのホテルにも泊まる事は出来たが、高グレードのホテル客でもカジノ側はそれなりに丁寧に対応してくれるため、オーウェン達は高グレードのホテルを選んだ。と言っても、高グレードのホテルでさえ1泊10万コルナ程かかるため、ナギやオベハはオーウェンの懐を気にして早々にこの国を立ち去りたい様子だった。ちなみに通常グレードはいわゆる小金持ちを相手にするために作られたような場所であり、割と稼いだ冒険者や地方で少しだけ裕福な暮らしをしている者が、ジョーコ公国を訪れた記念に泊まれるようにしたような場所である。〜〜〜
オーウェンが周囲を見渡して言った。
「…他国と違って、物乞いをする者達も居ないようだな」
「門番さんが言うには、この国には金持ちと役割を持ったヒト以外は居ないんだってさ。そういうヒト達が住み着かないように、徹底して管理してるって言ってたよ」
「…貧しい者を入れずに金持ちだけを集めて治安を良くしているから、武器の携帯も必要ないと言い切るわけか」
「そういうことみたいだね」
会話をしているうちに、オーウェン達はホテルへ着く。ルクススほどではないが、ゴージャスなシャンデリアや絨毯が敷き詰められたロビーの様子に、ナギは萎縮していた。その後、オーウェン達はホテル内のレストランでコース料理を堪能するのだが、テーブルマナーを知らないナギは置物のように動けなくなっていた。オーウェンが「俺の真似をすれば良い」と一つずつ教えてくれたお陰で、何とか食事を済ませる事が出来たナギだったが、余程気疲れしていたのだろうか。部屋へ戻ってしばらくすると、大きなベッドで小さく丸くなって眠っていた。
(考えてみれば、ナギにとってはあまり居心地の良い場所ではないのかもしれないな…)
などと考えながら、オーウェンがナギの頭を優しく撫でる。ナギは変わらず寝息をたてていたが、尻尾はクネクネとしきりに動いていた。