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信じるもの

数人の信者達に連れられて、オーウェン達は壇上へと上がる。スポルカシオーネはオーウェン達の前に立つと、信者達に聞こえるように言った。


「神の子供達よ、そう怒るでない。彼らは、ただ知らな過ぎるだけなのだ…神の存在も、神の愛も、自分達が如何に傲慢な存在かもな」


スポルカシオーネの言葉を聞き、信者達は同情のため息を漏らす。先程までの余裕の無さは何処へ行ったか、オーウェン達を見つめる信者達の目には、自信に満ちた光があった。スポルカシオーネがうんうんと頷き、オーウェン達に話しかけてくる。


「安心せよ、其方(そなた)達がこの地に足を運んだのは、紛れもなく神の思し召しというものだ。神は其方達に促してくれているのだ…自分の罪を皆の前で告白し、矮小な自分を認め、フズィオン教の仲間となって、世界を守る1人となる事をな。さぁ、其方がこれまで積み重ねてきた罪を語ってみせるのだ」

「…特に無い」

「ン無いわけないであろう!生きていれば、何かしら悪いことの1つや2つ、した覚えがあるはずであろうがッ!そのように傲慢な態度で生きておったから、神がこの地まで其方達を導いてくれたのだ!その有り難さに気付いていないことが、何よりの証拠だ!」


スポルカシオーネが必死になってフズィオン教の素晴らしさを説いている間、オーウェンは何となくゼウスの事を思い出していた。ウサギさん林檎を出して知恵を授けてくれたゼウス、ティンカーとゴーシュの喧嘩を心配そうに見つめていたゼウス、そしてこの人生をめいいっぱい楽しんでこいと言って笑顔で送り出してくれたゼウス…、1ヶ月足らずの短い間ではあったが、彼の優しさを知るには十分な日々だった。オーウェンの足は、自然と壇上の中央へと進み始める。スポルカシオーネは自分の説教が通じたと思い、満足感に浸っていた。オーウェンが少し間をおいて話し始める。


「俺は…俺の知っている彼は、何かを求めることは無かった。信じる者も信じない者も、皆自分にとっては可愛い子供達だと言ってくれた」

オーウェンの言葉に信者達が耳を傾ける。


「彼は言ってくれた。与えられたこの人生を、めいいっぱい楽しんでこい…と。お前達も知ってるように、人生はいい事ばかりじゃ無い。自分の愚かさで招いた苦しみも、向けられた悪意から生まれる哀しみも…尽きるものではない。それでも彼がそう言ってくれたのは…たぶんだが、つらい気持ちも哀しい気持ちも時間が経ち思い出になれば、楽しかった思い出や嬉しかった思い出と同じくらい大切な思い出に変わると…そう伝えたかったのかもしれない。だから…俺は、めいいっぱい我儘(わがまま)にこの世界を生きる事にした。理想に向かって突き進むなどという当たり前の正しさに流されず、ただ俺の思うがままに…時には死ぬ気で努力をして時には困難から逃げ出したりしてな。そしていつの日か、もう一度彼に出会う時は言いたいのだ…『俺は、まだまだ満足してない』と」

『…』


信者達はオーウェンの言葉に混乱していた。自由に生きていいと言ってくれる神がいるものなのか、苦しみや哀しみは乗り越えなければいけない試練では無いのか、違う神を信じている自分達も救ってくださるのか…などと考え始めた信者達がざわつき始めると、スポルカシオーネは焦ってオーウェンを壇上から引きずり下ろそうとした。すると羽織っていただけのコートが引っ張られて、オーウェンの神々しい姿が露わになる。信者達の大多数はその恐ろしいまでに整った顔立ちとプロポーションに固まり、中には失神する者達まで居た。オーウェンは気にせず話を続ける。


「お前たちの信じる神はどうかわからんが、俺の知っている彼は、こんな俺を観て今日も愛おしそうに笑ってくれていると思う… そんな大らかな存在だ。俺の話はこのくらいだ」

「ま、待ってください!貴方様の宗派は一体どちらなのでしょうか?」

「俺は特定の宗派には属していない。ただ彼に会った事がある、それだけだ」

とオーウェンが言うと、信者達はハッとした顔をして言った。


「という事は、…天使様だ!」

「天使様〜ッ!こっちを向いて〜!」

「天使様ー、ワシらに奇跡を起こしてくだせぇ!」

などと信者達が叫ぶとオーウェンはキョトンとした顔で言った。


「俺はただのエルフだ、天使などではない」

「じゃ、じゃあ一体なんてお呼びすればいいんで?」

「俺の名はオーウェンだ」

オーウェンの言葉を聞いて信者達がまたも呟き始めた。


「聞いたか?天使様の名前はオーウェン様だと!」

「オーウェン様〜!こっちを向いて〜!」

「あぁ…偉大なる神から遣わされた大天使、オーウェン様!」

などという声が大きくなり、次第には『オーウェンコール』が始まる始末である。結局、信者達をティンカー達がなだめて家へと帰す間、オーウェンは信者達から握手を求められ、大聖堂はさながらアイドルの握手会場のような雰囲気になっていた。


信者達が居なくなった大聖堂で、座り込んだスポルカシオーネにオーウェンが近寄る。「あ、天使様…」と無意識に呟いた後、スポルカシオーネは首をブンブンと横に振って言った。


「じゃなくて…ま、まったく、其方達のせいでせっかくの集会が台無しだ」

「そんなつもりでは無かったのだがな…ところでスポルカシオーネ氏よ、この果実に見覚えはあるか?」

「…なんだ、その毒々しい果実は?」

「知らないのか?」

「知らんわ、そんなもん。…大体なんで俺が知っていると思ったんだ?」

と言うスポルカシオーネに、ティンカーがカマをかける。


「フズィオン教信者を名乗る商人から、売り付けられたって相談があってね。見た目通り、どうやら毒があるみたいだから教えてあげようと、販売元をしらみ潰しに探している所なんだよ」

「んー、そう言われてもな…俺にはわからん」

「そっか…オベハさんの思い違いでフズィオン教とは関連ないのかなぁ…」

ティンカーが肩を落とすと、スポルカシオーネが少し考えて言った。


「俺は知らねぇが…他の教祖なら知っているかも知れんな」

「他の教祖って…フズィオン教には教祖が何人もいるの?」

「当たり前だ、一人で布教してここまで広がるわけないだろ。大体、俺だって喋りが上手いだけでこんな地位になってんだから」

「…なんか信者帰ったら、途端にキャラ崩壊したね」

「疲れるんだよ…俺も自分の事でいろいろ大変なのに、他人の悩みを聞く時間を設けなきゃなんねぇんだから」

「…なんだろ、急に親近感湧いてくるな」

などと言うティンカーを他所に、オーウェンが話を戻す。


「つまりフズィオン教には幾人かの教祖が率いる派閥がある、そう言うことか?」

「あぁ、俺も単に教祖を名乗っていいと言われただけさ。実際にはフズィオン教の『神玉』だって、上から依頼された時にちょろっと見せてもらえたくらいだ。こうやって信者を増やして、いつか神玉でやりたい放題しようと頑張ってきたのに…ポッと現れたお前らに邪魔されちまってな。…あ、そういえば教祖の1人に学者風のヤツが居たな。名前までは覚えてねぇけどな…ふぅ、今日はなんか疲れた。俺はもう帰って休むが、お前たちもすぐにこの島を出て行ってくれ。仕事の邪魔だからな」

「あぁ、そうすると約束しよう」

そう言って立ち去ろうとするオーウェンにスポルカシオーネが訊ねる。


「…なぁ、お、オーウェンさ…ま。こんな口だけの俺でも、その神様って方は愛してくれんの…かな?」

「言っただろう、彼は大らかな方なんだ。それに、お前の説法で救われた人達も少なからずいる…お前は口だけじゃ無いと思うぞ」

「へへ、そっか…。なんか、そっちの神様の方が気楽でいいや。俺もいっそ改宗しようかな…なんてな」

そう言うとスポルカシオーネは、寂しそうに笑って大聖堂を出て行った。


その日の午後の船で、オーウェン達は元の大陸へと戻る。翌日、宿屋で朝食をとっていると、どうやらスポルカシオーネが亡くなったようだという話が聞こえてきた。不思議な事に、スポルカシオーネの遺体は見つからなかった。ただ、大量の血液と頭皮の一部が床に残っていた事から死亡したと推定されたとのことだった。頭皮の一部が焼け爛れていたと聞き、ナギが呟く。


「…ブルインで見た間者達の死に方に似ているわ」

「あぁ、俺もそう思う。どうやらフズィオン教は『帝国』と呼ばれる連中と繋がりがあるといって間違いないようだ」

オーウェンが悔しそうに歯軋りをする。ティンカーがため息を吐きながら言った。


「フズィオン教の始祖を見つけられれば何か分かるだろうけど、教祖は何人もいるって言うし特定には時間がかかりそうだね」

「スポルカシオーネがユニコ神聖国を建国するまで、何処でどう生きてきたかを調べる必要があるな。他の教祖とやらにも話を聞いて共通したエピソードを見つける事ができれば、始祖につながる手がかりになるだろう」

するとオベハが少し自信なさげな表情で言った。


「あの…今更ですが、ユニコ神聖国の大聖堂は夢で見た大聖堂の景色と少し違っていたと思います。あの船員の話では、信者達は聖地巡礼をするということでした。その聖地の中に夢と合致する所があれば…」

「そこがこの果実にゆかりのある場所と言うことか」

「恐らくですが…」

「なるほど。いずれにしても一筋縄では行かないようだ」

そう言うとオーウェンは大きなため息を吐いた。

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