ユニコ神聖国
オーウェン達は迷宮スキルを使い、ユニコ神聖国へと向かう。ユニコ神聖国へ渡る船着場で、ティンカーが小声で説明を始めた。
〜〜〜ファブリカ商工国からはるか南にある離島に、ユニコ神聖国は存在する。その主体であるフズィオン教は比較的大きな新興宗教で、冒険者の中にもちらほら信者がいるため公には滅多な事は言えないが、単なる宗教団体というわけではない。そもそもユニコ神聖国は、現王が改宗するまでは別の名で、小さいながらも立派な君主制国家であった。しかし、フズィオン教の教祖であるスポルカシオーネによる現王の改宗以降、法律も国の名も悉く変えられてしまい、完全な宗教国家となってしまった。さらにその影響力は徐々に拡大しており、伝統宗教の代表格であるアルモニア教の信者が多い国々にもフズィオン教の教会が勝手に建てられ、信者同士のいざこざが見られるようになってきた。〜〜〜
「アルモニアは調和を是としているのに対して、フズィオンは融合を是としてる。他宗派の信者を改宗させる目的のフズィオンに対して、アルモニア側は指を咥えて何も出来ない状態が続いていてね。アルモニア側にも過激派と呼ばれる派閥が出来始めているのさ」
「なるほどな」
ティンカーの説明にオーウェンが頷いていると、船員がやってきて言った。
「キミ達も聖地巡礼者かい?」
「いえ、フズィオン教の方に一度観光に行ってみると良いと薦められたんですよ。ボク達は冒険者なので、色々な所を旅するのが好きでして」
とティンカーが適当に返事すると、船員はなおも質問を続けてきた。
「そうなんだ、それって何処の教会のヒトだったか覚えているかい?」
「んー、あちこち回って来ているので…何処で聞いたか覚えてないや、ハハハ…」
「そうなんだ。それで、これまで何処の国を回って来たんだい?」
「ゴビノーとか、ティアマンとか…色々です」
「どれもフズィオンがまだ展開していない国々だね。他には何処を回って来たんだい?」
「えー…」
とティンカーが言葉に詰まりかけた途端、オベハが急に口を開く。
「私も何処だったかまでかは覚えていませんが、彼女は去り際にこう言っていましたよ…『Solo divinità ti benedica』と」
「そっか。なら間違いないね、楽しんでいってよ!」
そう言うと船員は、あっさり何処かへ行ってしまった。
ティンカーが額の汗を拭いながら、オベハに礼を言う。
「助かったよ、オベハさん。…どうやら怪しまれていたみたいだね」
「えぇ、そのようですね。先程から船員達は船に初めて乗る方を見つけては、先ほどのように質問を繰り返しているようです。私は人族に比べて少し耳が良いので、他の方がどう答えているか参考にさせてもらいました」
「急にあんなにしつこく聞かれるとは思ってなかったからさ、油断してたよ。今後、ゴタゴタに巻き込まれないようにするためにも、さっきの言葉を直ぐに言えるようにした方がいいね」
「不本意ですが、そうした方が良さそうですね」
オベハはそう言うと、敬虔な信者のように祈るフリをしてみせた。
ーーーーーー
街の至る所を訪ねるにつれて、オーウェン達一行はうんざりしてきた。というのも出逢う人のほとんどが、オーウェン達がフズィオン教信者でないと分かると、この島に来た動機を聞いてくるか、改宗を勧めてくるかのほぼほぼ2択なのである。宿屋の主人も不意にフズィオン教の聖典を手渡してきたり、食事処でもサービスと言って御守りを渡してきたりと、1日が終わる頃にはオーウェン達はフズィオン教のグッズまみれで、祈りの言葉を自然と言えるようになっていた。
ティンカーがベッドに寝転がりながら呟く。
「…マジ疲れた。ボク達、なんでこんな所に来ちゃったんだろ?お家に帰りたい」
「落ち着けティンカー、あの果実の真相にたどり着くまでの辛抱だ。それにフズィオン教に関わらない部分で言えば、この街の人達もそんなに悪いヤツらではない」
「関わらない部分なんてほとんど無かったじゃないか。ハァ…もっと秘密結社の謎を暴くみたいなのをイメージしてたのにな…パンドラの国と言われる理由が良くわかったよ」
「関わると面倒という意味で“開けてはいけない”ということか。…だが、俺はそれなりに興味を持ったぞ?」
ティンカーがギョッとした顔で、オーウェンを見つめる。
「オーウェン…まさか、改宗するなんて言い出すんじゃないよね?」
「そうじゃない。…同じように生を受け、歩み方に違いはあるが、それなりに苦労や喜びのある人生を、皆が過ごしている。それぞれの生き方に価値があるのに、何故同じ教典を読み、同じ事を口にしたがるのか…俺には良くわからないのだ」
「オーウェンと違って、多くの人々は迷いの中に生きているんだよ。これまでの自分の生き方は正しかったのか、この選択は間違っていないのか…不安でしょうがないのさ。だから、同じように悩むヒトと集まって、同じ本を読んで、同じ祈りの言葉を口ずさむ…。そうする事で、一体感や連帯感を感じて安心するんだと思うよ」
「俺も迷うことくらいあるぞ…たいていの答えは自分の中にあるがな」
「フフ、オーウェンは皆の前に立つ存在だからね。そんな感じで…いいのさ」
そう言うとティンカーは、静かに寝息をたてていた。気が付くとナギやオベハ、ゴーシュもすっかり寝息を立てている。オーウェンは1人1人に布団をかけながらポツリと呟いた。
「…俺は恵まれているという事かもしれないな」
ーーーーーー
翌日、オーウェン達はユニコ神聖国で最も有名な大聖堂へと向かう。中へ入ると、多くの信者が祈りの言葉を口ずさんでおり、その先には神を模した石像が建っていた。しばらくすると、スポルカシオーネが信徒の担ぐ神輿に乗って現れた。
スポルカシオーネは、堂々とした話し方で信者達に呼びかける。
「敬虔な神の子供達よ、今日も神は其方達の事を憂いておる。誠実で居られるか、謙虚で居られるか、献身的で居られるか…そして正しく人の道を歩めているかどうか、神はただただ其方達を見守ってくださっているのだ…無料でな。其方達は神の奇跡を身に感じたことがあるか?無いという者…誠実で謙虚であるはずのフズィオン信者の其方達が、何故奇跡を感じる事が出来ないか?それは…献身が足りないからだッ!神が人々を想い日々心を痛めておられるというのに、其方達は当たり前のように食事を取り、当たり前のように綺麗な服を着て、当たり前のように眠る…それは本当に献身的と言えるか?もう一度、己の生活を振り返るといい。そして神の奇跡を感じた事がある者達よ…。それは献身が神に届いたからこそ、神は其方達の呼びかけに応じてくれているのだ。もっともっと献身せよ!そして共に世界を支えよう、人々を苦しみから救おう…神はそうお前達に伝えるために、こうして私をここに立たせてくれているのだ!」
スポルカシオーネの言葉を聞き信者達が思い思いに語り始める。
「あぁ、神よ…。貴方が心を痛めている時に、私達だけが安らかな日々を過ごしていた事をどうかお許しください…」
「俺は、この前酒を一杯だけ飲んでしまった。神様は酒も飲まずに俺たちの事を見守ってくれてるって言うのに…。俺はなんて罪深い男なんだ…反省しなければ」
「仕事が忙しいあまり、お昼のお祈りを2回も忘れてしまいました。あぁ、神様…私はなんて非道い事をしてしまったのかしら」
などと言い合う信者達の言葉を、スポルカシオーネが手を挙げて遮る。
「恐れるでない、神の子供達よ!言ったであろう…神はいつでも其方達を見守ってくださっていると。誠実さ、謙虚さ、献身的であること…これさえ守って生き抜けば、神は必ずや其方達をその御身の前まで連れていってくださる。…さぁ、今日も奇跡を目の当たりにした者達の話を聞き、自身の生き方の糧にしようじゃないか!」
『オォオー!』
信者達がスポルカシオーネの言葉に歓声をあげていると、数人の信者達が壇上へと上がって話を始めた。
「俺は昔から酒ばかり飲んで、医者にももう少しで死ぬって言われてた。だが、フズィオン教に入信して酒に使っていた金をお布施する様にしたら、今ではこの通りピンピンしてるのさ!酒が無い生活なんてありえないって思ってたが、今の俺には神様のご加護がついてる!もう酒を飲みたいって気持ちも湧かなくなったんだぜ!俺でさえ神は見捨てなかった…だからきっと皆にも幸せはすぐに訪れるって、俺は信じている。俺の話は以上だ、Solo divinità ti benedica!」
『オォオー、Solo divinità ti benedica!」
その話を聞いていたオーウェンが「…酒やめたから健康になっただけじゃ無いのか?」と言うと、周囲の信者達が蔑むような目で一瞥する。ティンカーが「まだ初心者なもんで…」などと言い訳をすると、信者達は舌打ちしながらも壇上へと視線を向けた。壇上では次の信者の女性が話し始める。
「…アタシは悪い男につかまって、借金を背負わされて身体まで売ったのに捨てられたわ。毎日毎日死ぬ事ばかり考えていたけど、スポルカシオーネ様が言ってくれたの…アタシの身体は綺麗だって。そうしたら自分に自信が湧いてきて、今では自分が皆に愛を与えられる仕事に就いているんだって、堂々と言えるようになったわ!神様は、私の心ごと綺麗にしてくれたのよ!あぁ、こんな奇跡が貴方達にも訪れますように!Solo divinità ti benedica!」
『オォオー、Solo divinità ti benedica!」
「身体を売るのはやめなかったんだね…ってか、スポルカシオーネって客だったんじゃ?」とティンカーが呟くと、信者達は鬼のような剣幕でオーウェン達を睨む。オベハが慌てて、「信仰心の足りない子供のいう事ですから…」とフォローすると、信者達は青筋を立てながらも壇上へ再び視線を向けた。壇上に出てきた若者が話し始める。
「俺、売れないバンドマンなんすけど、この前小銭拾ったんすよ!そしたら目の前にちょうどいい感じにお布施箱あって、何となく入れたら周りの人達にすっげぇ褒められたんすよ!んで、有名になりてぇなぁとか言ってたら、こうやって皆の前に出れて有名になれたんすよ!マジ神様ってすげぇって思いました、Solo divinità ti benedica!」
『お、オォー… Solo divinità ti benedica!』
「…いや、今のエピソード微妙だなって、皆絶対思っただろ」とオーウェン達がツッコむと、流石に痺れを切らした信者達が怒鳴ってきた。
「さっきから何なのよ!アンタ達!」
「いい加減にしろよ!空気読めねぇのかよ!?」
「小銭拾って目の前にお布施箱あったら、もうそれで奇跡だろ!?」
などと周囲から怒鳴られ、信者達の視線が自然とオーウェン達に集まる。
すると、スポルカシオーネが手を挙げて言った。
「何やら騒がしいな…そこの者達をここに連れて参れ!」