ゴーシュの帰郷
翌日、オーウェン達はゴーシュの故郷である「キロン」へと旅立つ。ガンダルフは「気をつけてな」と気丈に振る舞っていたが、その目には薄らと涙が滲んでいた。オーウェンがティンカーに尋ねる。
「もう少し、ゆっくりしても良かったんじゃ無いのか?移動は“迷宮スキル”で出来るんだから」
「んー、そうしたいのも山々だけどさ。そしたら今度は離れる時が辛いから…。だからゆっくりするのは、また今度に取っておくよ」
「そうか…。良い家族だな、皆がお前を大切にしていた」
「えへへ…あのキスをする癖はどうにかして欲しいんだけどね」
そう言うとティンカーは、上を向いて少し無口になった。
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「キロン」はファブリカ商工国より北西の方角にある。本来なら雪山歩きが出来るような装備を揃えて向かう所だが、迷宮スキルで瞬時に移動できるオーウェン達にとっては不要な事だった。オーウェンが村の様子を見て言う。
「ゴーシュの故郷は、なんというか…秘境といった雰囲気だな」
「変に気を遣わずに、ストレートに田舎だって言ってくれていいよ。実際、かなりの田舎だしね」
そう言うとゴーシュは、少し駆け足で村へ入っていった。周囲を見渡しながらゴーシュが呟く。
「…離れて5年くらい経つけど、やっぱ変わらないなぁ」
「確か、ゴーシュには兄弟が居たな?」
「うん。5人兄妹で、ボクは3男なんだよ。しばらく会ってないから、皆大きくなってるだろうね」
とゴーシュが言うと、ティンカーがすかさず「ゴーシュほどじゃ無いと思うけどね」と付け加えた。すると森の方から出てきたケンタウロス2人が、ゴーシュの方へ駆け寄ってきた。
「ゴーシュ?ゴーシュじゃねぇか、久しぶりだな!」
「サン兄!トール兄!元気だった?」
「あぁ。お前が働いてくれてるお陰で、食料に困る事は無くなったんだ。サティやヘレンはむしろ体重が増えすぎなんじゃないかって、逆に気にしてるくらいさ。ハハハ」
「そっか!良かった、皆が困ってなくて」
「っつーか、ゴーシュもかなり大きくなってるな。サン兄、普通に抜かれてるじゃん。…そっちのヒト達は?」
トールに訊ねられて、ゴーシュがオーウェン達の紹介をする。
「ティンカーは知っているよね。こっちからナギ、オベハさん、そしてオーウェン。皆、僕の友達だよ」
「へぇ〜、あの引っ込み思案のゴーシュに友達が出来るなんて…すっごい成長してんじゃん」
「…それって褒めてるの?」
とゴーシュがジト目をしていると、オーウェンがフードを取って言った。
「はじめまして、オーウェンです」
「…」
「…どうかしましたか?」
「あ、いや…綺麗すぎてビックリしちまって…。…エルフってこんなに綺麗な顔してるんだな」
などと話している所に、ケンタウロスの女子が2人駆け付ける。
「サン兄、トール兄!お昼出来たってお母さんが…ゴーシュ兄!?なんでここに居るの?…もしかして、お仕事クビになった?」
「ハハ、違うよ。無理言って旅の途中で寄らせてもらったんだ。色々お土産もあるから、先に持っていきな」
「ホント?良かったぁ…お兄って不器用だから、とうとう追い出されちゃったのかって心配に…」
と言いかけたサティが、オーウェンの方を見て石のように固まる。釣られてヘレンもオーウェンの方を見て、石のように固まった。サティがカタコトになりながらゴーシュに訊ねる。
「オ、オニイチャ…こチらの、ちょーゼツにカッコいい方は、ド、ドちら様?」
「あぁ、彼はオーウェン。ボクの友達だよ」
「お、オーウェン様…」
そう言ってサティとヘレンは、急にしおらしくなった。オーウェンが挨拶をすると、2人は「キャァ♡」と黄色い悲鳴をあげて家へと戻っていく。不思議そうに見つめるオーウェンがふとゴーシュの方を見ると、ゴーシュが訝しむようにこちらを見つめていた。オーウェンはとりあえず褒めておくかとゴーシュに言葉をかける。
「可愛らしい妹さん達だな」
「い、言っておくけど、妹達はまだ子供だから!いくらオーウェンでも、今、手を出しちゃダメなんだからね!」
「…お前は俺を何だと思ってるんだ」
ナンパ野郎扱いされて、オーウェンはしばらく落ち込んでいた。
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その後、オーウェン達はゴーシュの家へ向かった。ゴーシュが、これまでに各地で買い集めた特産品などを机に並べる。
「これがティアマンで買った魚の缶詰めで、こっちがティアで買ったハーブ漬けの干し肉。お父さんにはネージュで作った“ニホン酒”、母さんにはプレリで作られた革細工のバッグ、サティとヘレンにはヴァルドで買った精霊の御守り、サン兄とトール兄にはエルフ中等学院認定の弓矢だよ。あとは…」
「こんなにたくさん買ってきてくれて、母さん嬉しいわ。…でも、ゴーシュに負担になってないかしら?」
「僕は大丈夫だよ、それなりに貯金も出来てるから」
などと話していると、扉が開き身体の大きいケンタウロスが入ってくる。
「ただいま…って、ゴーシュ!戻っていたのか!?」
「父さん!」
「随分大きくなったな…5年も経てば、無理もないか。すまんなぁ、出稼ぎにまで出てもらって」
「僕が望んだ事だから大丈夫だよ。…それより脚、怪我してない?どうしたの?」
「あぁ…これはな…」
そう言うと、ゴーシュの父親は経緯を話し始めた。
〜〜〜1年ほど前、このキロンに突然スカウトマンが来た。話によれば、なんでも人族の王国では競馬というものが流行っており、屈強なケンタウロスをスカウトしに来たというのだった。順位によっては賞金が貰えるだけでなく契約選手として雇用してもらえると聞き、ゴーシュの父は二つ返事で承諾する。その後、ゴーシュの父はそこそこの成績を納め正式に選手として採用されたのだが、デビュー戦で他の選手から妨害行為を受け負傷した。結局、ゴーシュの父親はその傷が原因で以前のように速く走る事が出来なくなり解雇となった。〜〜〜
「レース中に攻撃される事は良くあるが、あの時は急に脚を取られてな。…確かにぬかるんで居たと思ったんだが、レース後に確認したら何処にも異常は無かった。結局、言い分は通らず、俺が嘘をついたような感じになってな。居心地が悪くなった所に解雇を言い渡されたもんで、さっさと辞めてきたってわけだ」
そう言うとゴーシュの父親は苦笑いしながら頬を掻いた。すると、話を聞いたティンカーが真剣な顔で聞いた。
「それって、本当にゴーシュのパパさんの勘違いなのかな?ケンタウロスのヒト達って、脚下にヒト一倍気をつけてるでしょ?」
「俺もそのつもりだったんだがなぁ…だが、証拠は何も見つからなかったのさ。魔法を使った形跡も無くてな」
「魔法を使わなくたって、ぬかるみは作れるよ?」
そう言ってティンカーが方術を使うと、たちまち家の床がぬかるみ始めた。
パニックを起こすゴーシュの家族に、ティンカーが続ける。
「落ち着いて。これは方術…実際には床がぬかるんでいるように感じさせているだけなんだ」
「このヌルヌルが幻想だと言うのか?すごく滑るんだが!?」
「正しくは脚が滑っているという間違った感覚を、認識させているだけだよ。その証拠にオーウェンとボクとゴーシュは全然問題なく歩けているでしょ?」
「ほ、本当だ…。ならまさか、あのぬかるみは…」
「方術を使われた可能性が高いね、ちなみにゴーシュのパパさんが競馬に参加した国って何処かな?」
「ここから東にあるジョーコという人族の国だ」
ティンカーが地図を広げて言った。
「最初に着いた港町のある国の隣国だね。…オーウェン、ある程度片付いたらその国に行ってみない?」
「…気になるのか、その方術使いが?」
「使った方術自体はそんなにレベルの高いものじゃないけどさ、走っているケンタウロスにピンポイントで方術をかけられた事が気になるんだ」
「確かに、腕前としては素人では無さそうだな。いいだろう、帰る前に寄っていくか」
「ありがと、オーウェン。そう言うわけで、ゴーシュのパパさんの疑いはボク達が代わりに調べてあげるよ」
ティンカーがそう言うと、ゴーシュの両親は深々と頭を下げて礼を言った。
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翌日、ゴーシュの村を出てオーウェン達はユニコ神聖国へと向かう。ゴーシュが家族と別れを惜しむ中、サティとヘレンはゴーシュよりも先に、オーウェンに花束を渡して別れを惜しんでいた。向かっている道中で、ゴーシュがティンカーに声をかけた。
「ティンカー、ありがとね」
「良いんだよ。昔はあんなに自信満々だったゴーシュのパパさんが、すごく落ち込んでるように見えたからさ…なんとかしてあげたいって思ったのさ。それにボクの予想通りなら、これは単なるイカサマ話じゃないはずだよ」
「どういうこと?」
「フルール様が出版した方術の指南書は初級編までだったよね。でも、大勢ヒトがいる中で特定のヒトだけに方術をかける方法を習うのは中級以降なのさ。だから、その方術使いは少なくとも、中級以上の方術を習える環境に居た可能性が高いんだ」
「それってつまり…」
「そう、その方術使いはフルール様に関わりのある人物の可能性が高いってことさ」