本番直前
本番まであと3日。
ナサニエルが立てた盛大なフラグは…今のところ、無事に回収されていない。
領民達から「お子様達のご入学をご領主様と共にお祝いしたい」と請願を受け、アウグストは大会開催日を含めた3日間に限り領内の関税と消費税を免除した。その結果、会場の近くから街の広場にかけて既に多くの露店が立ち並び、大勢の客で溢れ賑やかになっている。
また、「せっかくのお祝いなのだし、皆にもオーウェン達の成長を見てほしいわ」と母エレノアの粋な計らいで領民達にも大会の様子が見えるよう、街の広場にはいくつかの浮遊する大型ディスプレイが設置された。元々高かったエレノアの人気はこれを受けて爆上がりし、酒場では何かにつけて「麗しのダイアモンドに!」という乾杯の音頭が叫ばれた。
所変わって---
大会に合わせて公爵家や王家の方々がモンタギュー領へと向かう、そんな中に一際豪華な馬車があった。多忙な国王陛下の名代である王妃クロエ、および双子の第一王女シャルロッテと第二王女イザベルが乗る馬車である。
「お母様、ベル、あちらをご覧になって!とても可愛らしいお花が咲いているわ!何という名前かしら?」
「…シャルロッテ、無闇に席を立ってはいけません。転んで怪我でもしたらどうするのです?」
「…はーい、お母様。…ベル?顔色が優れないわ、大丈夫?」
「シャル姉様ぁ…外の景色を見てたせいか、少し…酔ったみたいですぅ」
「大変だわ、お母様!少し馬車を止めて休みましょう?ベル、私の膝に横になって休みなさい」
「…有り難うございますぅ」
などと2人は終始、仲の良い様子だった。
〜〜〜シャルロッテとイザベルは顔立ちこそ似ているが性格は全く違う。シャルロッテは明るく、積極的で色んな事に興味が尽きず、やや先走ってしまう人柄なのに対し、イザベルは物静かで、慎重に物事を進めるが、弱気な性格から優柔不断になってしまうことも度々あった。しかし、そんな二人は互いの長所と短所を良く知っているためかとても仲が良く、どこに行くときも大体一緒といった調子である。〜〜〜
暫く休憩した後、馬車は再びゆっくりと走り出した。
膝の上で項垂れているベルの紫色の髪を撫でながら、「そんなにがっかりしなくても良いわ、今度あのお花を見つけたら、私がベルに取ってきてあげるわ」とシャルロッテが優しく話しかける。その様子を微笑ましく見守るクロエ。
3人を乗せた馬車はその後も順調に進み、夕刻前にはモンタギュー家の城へ到着した。
アウグストがエレノアやセス達と共に出迎える。
「王妃殿下並びに王女殿下、遠路遥々お越しいただき誠に有難う御座います。長旅でお疲れになられたかと思いますゆえ、歓待出来る喜びをお伝えするのは後に致しましょう。さぁ、どうぞこちらへ」
そう言って、アウグストはこの城で最も豪華な応接間へ案内した。
「アウグスト、此度の歓迎、国王陛下の名代としてこのクロエがお礼します。陛下も其方の子息を直接ご覧になりたかったようですが、ご多忙ゆえに私達が来ました。陛下より『無理を言って気苦労かけてすまなかった、この礼はいずれする』と言付かっています。私も感謝していますよ」
「勿体なきお言葉、忝のう御座います」
などと、会話をしているとシャルロッテが会話に入ってくる。
「アウグスト侯爵、ここはとても綺麗な所ですわね。近くの街にも人がたくさん居てお祭りのようだったわ。明日イザベルを連れて散策したいのですけれど、宜しいかしら?」
「勿論で御座います、シャルロッテ様。クロエ王妃殿下に許して頂ければ、是非私が領内をご案内いたしましょう」
そういうと、シャルロッテはクロエに上目遣いをして、微笑んで見せた。
「全くこの子ったら…アウグスト、娘達を頼みますね」
「お任せください」というアウグストの側で、「やったわ!」などとシャルロッテとイザベルが喜び合っていた。
「そう言えば、アウグスト侯爵。こちらへくる途中、とても可愛らしいお花が見えたのよ。花びらが虹色のように見えたわ、何というお花なのかしら?」
橙色の髪をくるくると捻じりながら、シャルロッテが言った。
「領内の動植物ならほとんど把握しているつもりなのですが…虹色の花びらというのは存じ上げません。あるいは、新種かもしれません。その時は是非、シャルロッテ様に縁ある名前をお付けいたしましょう」
「本当?とても嬉しいわ!王都に帰るまでに是非探さなきゃ!」
〜〜〜一方、オーウェン達は…
闘技会場近くで野営をし、鍛錬を続けていた。1年近く休まず鍛錬を続けてきた彼らだが、ここ数日は各地のお祭りムードにソワソワしていた。「街のみんなが楽しそうなのに、これじゃ集中できないよぉ」と女子達からのクレームもあり、本番までの残り2日は鍛錬を昼までとし、午後は自由行動とした。
鍛錬が終わるや否や、我先にと浴室へ急ぐ者達。
「なんか食べに行こうぜ!」
「広場のディスプレイ見たー?顔とか変に映っちゃったらどうしよ、ヤバーイ」
「…甲冑だし、兜被るし、顔とかわかんなくない?」
だの言いながら駆けていく仲間達を背にオーウェンは本番で使用する備品チェックをしていた。
(それぞれのチームに色分けされた甲冑と兜…よし。弓や矢、剣も…数は足りているな。流鏑馬の的になる古い鎧は今のうちに会場近くに運んでおくか…)
などと考えながら、鎧を詰め込んだ箱を持ち上げると側からナサニエルが手を差し伸べてきた。
「手伝うぜ!」
「あぁ、助かる」
「全く…アイツら浮かれすぎだろ…」
「お前は行かなくていいのか?」
「俺は一回気を抜くと、気合い入れるのに時間かかんだよ。このまま気を張ってる方が調子いいんだ」
「そうか」
〜〜〜ナサニエルはこの1年、オーウェンの側で本当に頑張った。オーウェンに追いつこうと必死に努力して努力して…やっと気付くことが出来た。…オーウェンの化け物染みた努力の才能に。始めは、悔しい…妬ましい…負けたくないという気持ちだけだった。だが、ある時オーウェンに剣を指導してもらって、自分が酷く小さなプライドに必死にしがみ付いていた事を悟らされた。
(オーウェンは自身への評価を気にしない、自分の正しいと思った事にただひたすら真っ直ぐだ…)
心を入れ替えたナサニエルは、それ以来オーウェンの右腕となれるよう共に鍛錬を重ねた。そして、オーウェンと良く話すようになって、その危うさにも気付いた。
(…コイツ、他人の顔色をうかがうことが一切無ェ…。気難しい貴族社会では、いつか足をすくわれかねない、俺がしっかりしてやんなきゃ!)
そうして、ナサニエルは徐々にオーウェンの補佐を買って出るようになった〜〜〜
ナサニエルがポツリと呟く。
「…俺がしっかり助けてやんねぇとな…」
「ん?何か言った?」
「な、なんでもねぇよ。っつか、ほら、この箱は俺が運んでってやるから。お前は他にやる事あんだろ」
「ちょっと重いぞ、大丈夫か?」
「任せろって、俺だってこのくらいー…ッ!?」
オーウェンが徐々に力を抜いていくと、その重さにナサニエルの足がガクガクと震えだした。
「ごめ…オーウェ…ン、ちょ…ちょと無理…」
「古びているとは言え、鎧が10体も入っているからな。無理すんな」
そう言うと、再びオーウェンがひょいと持ち上げてくれた。
「ふぅ、助かった…。…っつか、オーウェン。お前マジどんな筋力しているんだよ?」
「いや、俺もちょっと重いと思ってたぞ?」
「ちょっとどころじゃねぇよ!!大人2人でも無理があるぞッ!?」
「…そんなに?」
「…そう感じてねぇトコがさらにヤバいわ…。まぁ、でもあんなゴッツいものも軽々振り回せるのも納得だわ」
そう言って、ナサニエルは武器庫の端に目を遣る。
ーそこには、異様な形の矛があった。普通の矛と違い、その穂先に月牙と呼ばれる横刃が左右対称に2枚取り付けられているー
「あぁ、『方天画戟』…ねッ!」とオーウェンがドヤるが、ナサニエルはあっさり流した。
「…何キロあるんだよ、アレ。お前の身長の2倍近い長さあるし。あんなの振り回してんのってオーガくらいだろ」
確かにスラッとスマートな体付きのエルフよりも、筋骨隆々のオーガが握った方がよっぽど様になる武器である。オーウェンもこの1年でさらに逞しくなったが、それでもまだギリギリ細マッチョと呼べるかどうかというところである。
「じゃぁ…オーガに負けないくらい鍛えてみせるッ!」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃ無ェよ…まぁいいや、さっさと運ぶぞ。あ、言っとくけど、本番でアレ使うの絶対無しだからな」
「わかった、わかった。ほら、さっさと運ぶぞ」
そう言いながらオーウェンは小声で「アレじゃなくて、方天画戟…ね…」と呟いた。
ブックマークが増える度に励みになっています、これからもオーウェン達を見守って頂ければ幸いです。