モデル
ガンダルフの書斎をノックすると、中からガンダルフの声が聞こえた。
「誰だ?」
「ボクだよ、父ちゃん。入っていい?」
「…ティンカーかッ?ガハハ、勿論だ!さっさと入ってくれ」
ドアを開けると、ガンダルフが嬉しそうに駆け寄ってきてティンカーの頬にキスをする。
「ガハハ、俺の可愛い一人息子が帰ってきたぞ!」
「父ちゃん、友達も一緒なんだからやめてよっ!」
「いいじゃねぇか!お友達もきっとお家では似たような事されてるんだからな、ガハハ」
ガンダルフが笑いながら、オーウェン達の方を見渡す。
「ほぅ、エルフと友達になれたのなら大したもんだ。おっと、気を悪くしないでくれよ?エルフとドワーフが仲が悪いのは、今に始まったことじゃねぇからな」
そう言うとガンダルフは、オーウェンに向かってニヤリと笑いかけた。オーウェンは意にも介さず、深くお辞儀をして言った。
「オーウェンです。お会いできて光栄です、ガンダルフさん」
「なんでぇ、エルフにしては礼儀を知っているようだな?ガハハ」
「父ちゃん!オーウェンに失礼でしょ!」
「すまんすまん。冒険者稼業のエルフを見ると、ついつい揶揄っちまうのさ。許してくれよ、オーウェン。しかし、エルフってぇヤツはどいつもこいつも顔が綺麗なもんだが、お前さんはズバ抜けて整ってるな。俺が見てきた生物の中で俺の次にハンサムだ…なんつってな、ガハハ!」
テンションの高いガンダルフを見て、ナギがポツリと「ティンカーも将来はあんな感じになるのかな?」と呟くと、ティンカーは「絶対ヤダ!」と全力で否定して見せた。
ーーーーーー
ティンカーがこれまでの旅の話をガンダルフに話すと、ようやく落ち着きを取り戻したガンダルフが、茶を啜りながら口を開いた。
「ほぅ、色々頑張って来たようだな。プレリ産の穀物やネージュ産の酒も中々の品質だ、余剰が出来たらウチの販路に回してくれ。エルフ印のロゴマークを入れて、他と差別化を計ればきっと売れるぞ」
「うん、わかった。それと…これは父ちゃんにあげる」
「なんだ、この書類は?」
「ここにくる前に、ピシェールとゴビノーの戦争を仲裁して得た戦後賠償に関する誓約書だよ。総額7000億分の借用書とピシェール、ベカス、パルードゥにおける経済活動の優遇を約束してもらってあるんだ」
「何!?戦争の仲裁屋まで始めたのか?」
「違うよ、今回はたまたまメリットがあったからそうしただけ。お金を搾り取ったのも、彼らが安易にまた戦争を起こせなくするための枷だから」
「なるほど。しかし…危ない真似だけはするんじゃねぇぞ。父ちゃんにとって、お前に勝る大事なものは無ぇんだからな」
と言いながらも、ガンダルフは誓約書を綺麗に封筒に包むと、金庫の奥へとしっかり仕舞い込んだ。ガンダルフの背中にティンカーが話しかける。
「そう言えば、ヴィトルから聞いたよ?父ちゃんから、騎士像の作製依頼を無茶振りされたって」
「だって、仕方ねぇだろ?他の職人達は、全員ダメ出し食らっちまったんだ…別の仕事も上手くやれるのは、お前を除いたらヴィトルくらいしかいねぇじゃねぇか」
「いっそ、断っちゃえばいいのに…」
「いや、そうはいかねぇ!『依頼は絶対に断らねぇ、威圧には絶対屈しねぇ』、それがここファブリカで働く者の流儀ってヤツさ」
「厄介な流儀なんだから…その厄介な依頼のために、オーウェンがモデルになってくれるんだってさ」
「ほぉ…オーウェンは本当に変わってるな。少なくとも、大陸で出会って来たエルフ共なら『何故私がそのような事をしなければいけない?』などと、いちいち小言を言うだろうに」
「まぁ厳つい男が多い冒険者の中で、エルフは魔法や弓ばっかで身体の線が細いし色白で顔も綺麗だからね。そういうヒトは、チヤホヤされて天狗になりやすいんじゃない?」
「そう言えばさっきから気になっていたが、オーウェンは割とがっしりした体格だな」
そう言うとガンダルフはオーウェンをジッと見つめていた。
「鍛錬は欠かさないようにしているので、多少は…」
とオーウェンが受け答えをしていると、ドアをノックしてヴィトルが入って来た。
「失礼しやす。オーウェンさん、準備出来たんで下に来てくれねぇか?」
「わかりました」
そう言うとヴィトルがオーウェンを連れて工房へと向かっていく。「せっかくだからボク達も見学しに行こうか」とティンカーが言うとガンダルフも頷き、一行は皆で工房へオーウェン達を追いかけていった。
ーーーーーー
「じゃあ、オーウェンさん。これを着てみてくれ」
そう言うとヴィトルは大袈裟な装飾の入った鎧を手渡した。オーウェンが着替えて出てくると、一同から「おぉ〜」と声が上がる。それもそのはず、何でも着こなせるオーウェンだが、これまではシンプルな鎧とロングコート姿ばかりだった。だが煌びやかな鎧を来たオーウェンは、まるで御伽噺に出る王子様のように輝いている。皆が恍惚とした表情で見つめるなか、ヴィトルだけが納得していないようだった。
「…なんか違うな。せっかくのオーウェンさんの良さが隠されちまう。もう少し体のラインが出るようなもんがいいな…こっちの革製のヤツにするか」
などと言いながらヴィトルが新しい鎧を渡す。オーウェンは言われた通り着てみるが、ヴィトルはどうも納得いかないようである。その後も色々と鎧を試してみるが、どれもヴィトルのイメージには合わないようだった。ティンカー達もそろそろ退屈してきたという頃、不意にヴィトルがオーウェンに言った。
「オーウェンさん、着ている物を全部脱いでくれないか?」
「…たしか、注文は騎士像では?」
「そうなんだが、どれを着せてもウチにある鎧がオーウェンさんに負けちまうんだ。こうなりゃ、最低限の装備で騎士らしさを出すしかねぇ」
「…全裸は最低限の装備すらしてないと思うんですが?」
「このロングソードを使って大事なところを隠しつつ、騎士らしさを表現する。身体の前にロングソードを立ててくれ、ちょうど陰部が隠れるようにな」
「それなら、前貼りだけでも…」
「いいや、それじゃあリアルさが出ねぇ!ロングソードの後ろに隠れる男の象徴、見えそうで見えないこの焦らし感こそ、あの御婦人を満足させられる要素だと思うのさ」
「そ…そうですか」
そう言うとオーウェンがおもむろに服を脱ぎ始めた。
オーウェンが下着を脱ぐと、その下から凶暴な男の象徴が出現する。皆が顔を赤らめつつ見守る中、ヴィトルの指示通りにオーウェンがポーズを取る。
やっとポーズが決まり、ヴィトルがデッサンをして構想を煮詰めきる頃には夕方になっていた。いつの間にか席を外していたティンカー達が戻ってくると、ヴィトルがちょうどオーウェンに終わりを告げた所だった。
「いや〜、オーウェンさん。いいモデルっぷりだった。1ミリも動かずこんなに長時間ポーズを取っていられるなんて流石だぜ。出来上がるのは半年から1年くらいかかるが、これだけじっくり観察できたんだ。もう十分だぜ、ありがとうな」
「満足してもらえたようで良かったです、良い作品になる事を願ってますよ」
「あぁ、絶対にあの御婦人を満足させてやる…いや、絶対に満足するさ。なにせモデルがいいからな」
そう言ってヴィトルが満足そうに笑っていると、ティンカーが話しかけた。
「どうやら終わったみたいだね」
「あぁ、ティンカー坊っちゃん!色んな角度からデッサンしていたもんで、こんなに時間がかかっちまいやした。でも、これでいい彫像が作れますよ」
「…でも、ヴィトルがこんなに時間かかるなんて珍しいね。普段なら少し眺めるだけで、そっくりに作れるのに」
「整いすぎて逆に難しいんですよ。普通なら多少どこかに欠点があるもんですが、オーウェンさんには何処にもそんな要素が無ぇんですよ。それに、この『男の象徴』の部分を上手く隠すポーズにも苦労しました。足が長いもんですから普通のロングソードだと股の方まで長さが足りなくてバッチリ見えちゃうんですよ。なので、ロングソードよりも大きめの剣でなんとか隠しました。どうです、違和感ないでしょ?」
そう言ってヴィトルはデッサンをティンカーに見せるが、そこにはオーウェンの男の象徴が細かく、そして堂々とデッサンされていた。
「まぁ…いいんじゃない?」
適当に返事をするティンカーの後ろで、ナギが顔を真っ赤にしたまま動けなくなっていたが、誰もそれに触れようとはしなかった。