ティンカーの故郷
ティアマン共和国を出て2ヶ月、オーウェン達はティンカーの国がある大陸に到着した。だが、ティンカー達の国はさらにその内陸部に位置しており、普通に馬車に乗れば半年以上もかかってしまう。オベハが難しい顔をしながら、地図を広げて言った。
「地図によれば、ティンカーさんの国はここから西北西の方向ですが…ユニコ神聖国はここから南南西に進んだ離れ島のようですね。ティンカーさんやゴーシュさんの故郷に寄ってとなれば…このままでは年内にユニコ神聖国に辿り着くのは難しいですよ?」
「確かにボク達がオーウェンを探しに向かった時は、この港に着くまでゴーシュの足でも半年くらいだったもんね。でも、ボク達にはオーウェンが居るから」
「…オーウェンさんのローラーコースターですか?」
「そうじゃなくて、オーウェンには特殊なスキルがあるんだよ。ね、オーウェン?」
とティンカーが嬉しそうに言うと、オーウェンが“迷宮スキル”について話をした。オベハが驚いた表情を浮かべつつ、愚痴をこぼす。
「そんな便利なスキルを持っておられたのですか?言ってくださいよ〜、それならローラーコースターのような絶叫系アトラクションに乗らずに済みましたのに…ひょっとして西の砦から急に現れたのも、そのスキルででしょうか?」
「あぁ、そうだ。だが使用する際には、移動したい所までの距離をある程度把握しておく必要がある。それにあまり人目につくのも良くない、そういった理由で使用を控えていた」
「なるほど。しかし凄いですね、転移門のようにただ通ってくるだけじゃなく、その中に住むことも出来るということはですよ?言い換えれば、自分の支配できる世界を独自に持っているということですから、他人にバレたら利用しようと近付いてくるヒトも多いでしょう」
とオベハが言うと、ティンカーは深刻そうな顔をして言った。
「ホント…こんな貴重なスキルが周囲にバレたら、せっかくボクの計画してる引きこもりライフが崩れてしまうからね」
「おやおや…どうやら、1番身近に利用しようと企んでるヒトがいるみたいですね」
とオベハが言うと、皆は苦笑していた。
オーウェンが人気の無い森の中で“迷宮スキル”を使い、一行は瞬時にティンカーの国近くの森へと移動する。半年以上かかる距離を一瞬で移動した事に改めて驚くオベハとナギを余所に、ティンカーが高い壁に囲まれた街を指さして言った。
「やっと帰って来れた。あの煙が立ち上っている所がボクの国、ファブリカ商工国だよ」
〜〜〜ファブリカ商工国は、都市国家の一つである。農業の発達に伴い食糧を自給出来るようになった都市国家は、自分達の富を増やすために戦争を繰り返しやがて現代同様の領域国家へと発展していく。多くの商人達は商売をやりやすくするために為政者に金銭を払う事で優遇される方法を選ぶのだが、せっかく富を蓄えても戦争のためにと多額の献金を要求されたり、国が戦争に負けてしまえば戦争に加担した罪で財産を没収されるということもあった。そのような国家間のしがらみに左右されず、ひたすら商業と工業の発展に専念出来るように作られた都市国家、それがファブリカ商工国である。ティンカーの父親であるガンダルフは、いち早くこの構想を思い付き商人や職人達のまとめ役になった。広大な土地を開拓し、無償で建物と生産道具の提供をする見返りに、受注と販売の管理の全てをガンダルフ商会が独占するという方法でガンダルフは莫大な富を得ることが出来た。簡潔に言えばグローバル企業だけで疑似国家を作り、しがらみなく多数の国々相手に商売をしているようなものである。臨時に徴収される税もなく、売れば売るほど、作れば作るほど職人達が儲かる仕組みに多くの商人や職人達が飛び付いた。さらにティンカーがティンカーブランドを設立した後は、多くの腕利きの職人達が弟子になろうとファブリカへやってきた。こうして今やファブリカ商工国は、ガンダルフ商会のバックアップで押しも押されもせぬ都市国家となっていた。〜〜〜
オーウェン達はティンカーの案内でガンダルフ商会の建物の前へと来ていた。オベハが建物を見渡しながら言う。
「いくつも建物が建ち並んでいますが、どれも大きいですねぇ。…どれが、ガンダルフ商会の物でしょうか?」
「建物は全部ウチに関わりがあるものさ。来て、こっちがガンダルフ商会の事務所だよ」
そう言ってティンカーが指を差す先には一際大きな建物があった。ナギがティンカーをジッと見つめて言った。
「…ティンカーって、もしかして“お坊ちゃん”?」
「まぁ、世間的にはそうかもしれないね。でも環境のおかげとは言え、ボク自身が稼いだお金もかなりのモンだよ。200年くらいは遊んで暮らせるほど稼いでいるからね」
ティンカーの発言にナギが唖然としていると、建物の方から何やら男が大騒ぎで出てきた。
「坊っちゃん!?ティンカー坊っちゃんでねぇですか!!」
「久しぶりだね、ヴィトル!元気してた?」
「えぇ!戻ってきてくれたんですか?」
「旅の途中で色々と手土産ができたから、ちょっと立ち寄ったんだ。とうちゃんは居るかな?」
「えぇ、居ますよ。相変わらずの人使いの荒さですぁ、ハハハ」
とヴィトルが笑いながら続ける。
「ゴーシュも元気そうだな?また身体大きくなったんじゃねぇか?」
「ヴィトルさんも相変わらずで安心したよ」
とゴーシュが言うとヴィトルは嬉しそうにガハハと笑って見せた。
「それで…そちらの方々は?」
「旅の仲間達だよ。そう言えば、以前ベルンハルトの話していたエルフの話覚えてる?彼がそのオーウェンだよ」
ティンカーに紹介されてオーウェンがヴィトルの前に立って自己紹介をした。
「初めまして、オーウェンと言います」
「おぉ、アンタがあの男気あふれるエルフか!なるほど、たしかに坊っちゃんと同い年には見えねぇし、エルフらしからぬ体格をしていやがる!こりゃ顔もオーガのように…」
そう言いかけたヴィトルにオーウェンがフードを取ってみせると、ヴィトルはピタリと口を噤む。
「どうかしましたか?」
と尋ねるオーウェンの顔を見たままヴィトルが固まっていると、ティンカーが苦笑いで補足した。
「ヴィトルはさ、綺麗なものやバランスが取れているものを見ると、観察するのにいっぱいいっぱいになっちゃうんだ。その代わり、見たものを再現する能力が高くてね。ボクに依頼された仕事でも造型を担当できるくらい実力がある職人なんだよ」
「…あぁ、急に黙ってしまって済まねぇ。…話には聞いていたが、まさかこんなに整っているとは」
そう言うと、ヴィトルはまた押し黙ってオーウェンをジロジロと観察し始めた。オーウェンにポーズを取らせては「おぉ」と、小さく声をあげていたヴィトルが決心したように言った。
「…オーウェンさん、彫像のモデルになってくれねぇか?」
「私がですか?」
「あぁ。ティンカー坊っちゃんが旅に出たあと、ガンダルフ商会にある貴族の御婦人から彫像の依頼があったのさ。『自慢の庭園に飾れるような、凛々しい騎士像が欲しい』ってな。うちには彫刻師もたくさん居るから、そこら辺の冒険者をモデルにして色々作ったんだが…どうも彼女の審査が厳しくてな。なにせ一度ダメな事があると、その職人には一切頼まないと言うタイプの人で、最終的にはこの俺に依頼が回ってきたんだ。俺は彫刻師じゃねぇから断りたかったんだが…アンタを見て気が変わった。アンタならきっと…いや、絶対彼女も満足してくれるだろう!」
とヴィトルが鼻息荒く言うと、ティンカーが苦笑いしながら言った。
「ハハハ、父ちゃんの無茶ぶりでヴィトルも苦労してたみたいだね。オーウェン、申し訳ないけど後で少しだけヴィトルに付き合ってくれないかな?」
「別に構わないが…」
オーウェンがそう答えると、ヴィトルはガッツポーズをしながら嬉し泣きをしていた。ティンカーはそんなヴィトルの様子を嬉しそうに見ていたが、思い出したように言った。
「さぁ、とりあえずヴィトルの問題も解決したようだし…父ちゃんに会いに行こっか」
そう言うとティンカーは慣れた様子で事務所へと入っていった。