新たな仲間
オベハはキョトンとした顔で聞いた。
「…ど、どういうことでしょう?」
「この契約書、覚えている?」
「それは…最初にオーウェンさん達と出会った時に、『我儘に付き合う』という…」
「実は、あの時からオーウェンとボクは、オベハさんを引き抜くつもりで動いてたんだよ。まぁ、ゴーシュは迷惑かかるからって最後まで反対してたけどね」
「は、はぁ…」
「オーウェンが旅をしているのにはいくつか目的があるんだけど、どれもヒントが無いものばかりでね。もちろん、ボク独自の情報網も駆使しているんだけど、それでもなかなか手がかりが掴めないのさ」
「…つまり私の『予見』なら、何か手がかりが掴めるかもしれないと?」
「そういう事だよ。もちろん成し遂げた時の謝礼金は期待してもらっていいし、オベハさんが望めばティアマン共和国へちょくちょく戻ることもできる。50億はオベハさんの当面のレンタル料も含めてという所かな」
「そんな大金を払って…オーウェンさん達は、一体何を探そうとしているのですか?」
「それはちゃんと返事を聞いてからだよ。…オベハさん、一緒に来てくれるよね?」
ティンカーに聞かれて、オベハは少し間を置いて口を開いた。
「いいでしょう、契約書まで書いてしまっているのです。御恩に報いるためこのオベハ、オーウェンさんが目的を果たすまで誠心誠意をもって付き従う事をお約束しましょう」
オベハの言葉に、オーウェンは安心したように言った。
「心強いぞ、オベハ殿」
「お役に立てるかわかりませんが、力になれるよう精一杯頑張りますよ」
「助かる。俺にとって、この戦で得られた最大の戦果はオベハ殿だ」
と言うとオーウェンはニコッと笑ってみせる。オベハはオーウェンの言葉に感無量になったようで、目を潤ませながら「こんな気持ちは初めてです!一生ついていきますッ、オーウェンさn…いや、オーウェン様ぁ!」と無意識に叫んでいた。
ーーーーー
オーウェン達は、ゴビノーを立ち去る前に王城へと入る。全ての権限をゴルトンに委譲するという名目での訪問だったが、実際はオーウェン達が話し合いをしている隙に手薄になった城内へとナギが侵入し、地下牢に閉じ込められているメイの母親を救出するのが目的だった。
実際、オーウェン達を見ようと民衆が多く集まり、多くの兵士がその警備に駆り出されたおかげで、ナギはあっさりとメイの母親を救出する事が出来た。ティア軍国でメイの母がメイやラパンと感動の再会を果たすと、ナギは自分のことのように号泣して喜んでいた。
その後、ティアマン共和国へと戻ったオーウェン達は、オベハの引き継ぎが終わるのを待つ。1週間程で引き継ぎが終わり、いよいよオーウェン達がティアマン共和国を離れる日が近づいてきた。荷造りをするオベハに、オーウェンが話しかける。
「引き継ぎは、随分手際良く済んだようだな」
「ええ、ラパンさんが優秀な人で本当良かったですよ。彼は人族にも理解がありますし、この国で親子で暮らせる事をとても喜んでいましたから」
「そうか、それは何よりだ」
「それと、メイさんからオーウェンさんに言伝も預かってますよ。『報酬はバニーガールの奉仕です、私が大人になったら受け取りに来てくださいね♡』だそうです」
「メイさん、バニーガールが何なのか調べていたのか。というか…メイさんって何歳だ?」
「確か14歳くらいだったかと…奉仕ってなんの事でしょう?」
「わからん。…とりあえず、わかったとだけ伝えておいてくれ」
「はい、そのように伝えておきましょう」
そう言うと、オベハは荷造りを淡々と続けていた。
ーーー
翌日、オーウェン達が船に乗り込んでいると、後ろから「おーい!」と多くの声がする。振り返ると、そこにはメイの一家だけでなく、町の人々や冒険者達が総出で見送りに来ていた。
「エルフの兄ちゃん、疑って悪かったな!」と靴屋の店主。
「俺達も無礼な事を言って、本当すまなかった!」と憲兵達。
「ナギさーん!また遊びに来てねー!オーウェンさーん、報酬受け取りにくるの、絶対に忘れないでくださいねー!」とメイ。
『オーウェン様ぁ、またいつか飲みましょう!』と冒険者達も口々に叫ぶ側で、モヒカン男と試験官の男は、泣きすぎて声すら出ていなかった。オーウェンが不思議そうに見つめながらオベハに尋ねる。
「皆…急にどうしたんだ?」
「町の人達も冒険者達も、オーウェンさんの活躍を聞いて感動したようですよ。多くの冒険者の方々は、手薄になったティアマンの警備をしてくれていたみたいですが、中には傭兵として参加していた人も居たみたいですから」
「そう言えば…あのモヒカン男と試験官の男、西の砦を守った500人の中に居た気もするな」
『…いや、そこはちゃんと覚えておいてあげなさいよ!?』
とツッコむティンカー達を他所に、オーウェンは大きく手を振って言った。
「いつかまた会う時までには、俺も酒が飲めるようようになっているだろう!色々と騒がせたが、俺は面白かったぞ!さらばだ!」
その言葉に港からは大歓声が上がる。そしてオーウェン達の船が見えなくなるまで、人々は手を振り続けていた。しばらくして船の姿が見えなくなった頃、徐々に帰っていく人達の中の誰かがポツリと呟いた。
「オーウェンさんって酒飲めなかったのか?」
「確かに『血塗られた晩餐会』の時、すぐに乱闘が始まったから酒飲んでる姿は見なかったな。…っていうかエルフだから、ぶっちゃけ何歳かわかんなくね?」
その会話を聞いたメイは、冒険者ギルドに戻るとこっそりオーウェンの登録情報を確認する。自分より3歳も年下のオーウェンに、あんなマセた真似をした事に気付き、メイは声にならない悲鳴をあげた。
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一方、船に乗ったオーウェン達は、食堂でご飯を食べながら今後の話し合いをしていた。
「それで…次はどこに向かうんだ?」
「オベハさんの『予見』も使いながら考えていくことになるけど、まずはボクの故郷に行っていいかな?2年以上も工房を任せっぱなしにしているし、父ちゃんにピシェールやパルードゥへの店舗拡大の話と、7000億近い債権の回収を依頼しておきたいんだよ」
「そうか、ならゴーシュの故郷にも寄っていこう。2人を育ててくれた家族の方々に、俺も挨拶しておきたいしな」
とオーウェンが言うと、ゴーシュは気恥ずかしそうにしながらも「…食べ物いっぱい買って行かなくちゃ」と尻尾を振っていた。その様子を嬉しそうに見ながら、オーウェンが続ける。
「ナギは?何処か気になる所はないか?」
「…メイさんから教えてもらったんだけど、私の毛並みと毛色は特殊みたいでこれまで見た猫耳族とは違うんだって。冒険者ギルドの登録者に猫耳族が多い地域がいくつかあるから、そこに行ってみれば出自がわかるかもってこの地図を渡してくれたわ」
「それなら、オベハ殿に見てもらった方が良いな。行き先に関して予見があれば、候補地もある程度絞れるだろう。お願いできるか、オベハ殿?」
「もちろんですよ、オーウェンさん。それと私も気になる事を言ってもいいですか?」
「あぁ、構わない」
「ゴルトン公爵からオーウェンさんが頂いた果実を見せてもらったあの日、私は予見を見ました。大聖堂の中でたくさんの信者が唱える祈りの言葉が聴こえてきたのですが、今までに聞いたことのない言葉で意味はわかりませんでした。ですが、最後は確かこう言っていたと思います…『ソロ ディビニィタ ティ ヴェネディカ』と」
その言葉を聞いたティンカーが驚いた表情をして言った。
「…オーウェン、前にドロシーさんにイヤリングを送った時の話を覚えている?」
「…確か、どこぞの教祖からちょろまかした神玉と呼ばれる珍しい石を入れたと言っていたな」
「うん。あの時、とある宗教国家から依頼されたって話をしたでしょ。さっきの言葉はその宗教の祈りの終わりにつける言葉なんだよ。正しくは『Solo divinità ti benedica』、『唯一神の御加護がありますように』という意味なのさ」
「なるほどな…あの果実に関わっている可能性があるなら、訪ねる他あるまい。それで、何という国なんだ?」
とオーウェンが聞くとティンカーは少し躊躇いながら言った。
「ユニコ神聖国、通称“パンドラの国”だよ」